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越谷市G保育所公務外認定処分取消控訴事件
- 事件の分類
- 職業性疾病
- 事件名
- 越谷市G保育所公務外認定処分取消控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 − 平成元年(行コ98号)第
- 当事者
- 控訴人 地方公務員災害補償基金埼玉県支部長
被控訴人 個人1名 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1991年12月19日
- 判決決定区分
- 認容(原判決取消)
- 事件の概要
- 被控訴人(第1審原告)は、昭和46年4月から越谷市に勤務し、保育業務に従事していた女性である。被控訴人は昭和48年頃から腰痛や肩凝りを感じるようになり、昭和49年に入って症状が悪化したことから診察を受けたところ、「疲労性頸肩腕障害」「疲労性腰痛」の診断を受け、1ヶ月間病休した。その後も症状が改善せず、歩行も困難な状態になったことから、被控訴人は昭和50年8月20日付けで控訴人(第1審被告)に対し、公務災害認定を請求した。これに対し控訴人は、昭和51年4月20日付けで、公務外の認定をしたことから、被控訴人はこの処分を不服として、審査請求、更には再審査請求に及んだが、いずれも棄却された。そこで被控訴人は控訴人の行った公務外認定処分の取消しを求めて提訴した。
第1審では、過労性疾患という形の頸肩腕障害、腰痛は医学会で確立された分類ではないと認めながら、被控訴人が従事していた保母の業務は肩や腰に負担のかかる作業を伴うものであること、被控訴人は保母の業務につくようになってから本件のような症状が現われ、同業務を離れてからは症状が軽減又は消失していること、同僚の中にも同様な症状の現われた者もいること等を挙げ、控訴人が行った公務外の処分を取り消した。そこで、控訴人はこれを不服として控訴したものである。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 被控訴人は「過労性頸肩腕障害」「過労性腰痛症」と診断されたが、これらの病名は診察した医師が被控訴人のような障害ないし症状を意味するものとして独自に用いているものであって、医学会において一般にそのような障害や症状をいうものとして用いられているものではない。また、日本産業衛生学会は、従来「頸肩腕症候群」の名のもとに指摘されていた症状について、職業に起因するものを「頸肩腕障害」と称する旨の提案をし、これを業務により上肢を同一肢位に保持又は反復使用する作業によって神経と筋に疲労を生ずることの結果として起こる機能的あるいは器質的障害と定義したこと、たまたま患者の作業歴等についての調査が行われた場合にのみその診断がされることについては医学的見地から妥当ではないとして容認していないこと、被控訴人を診断した医師は、初診の際に、被控訴人の主訴と事情聴取により、その他の調査をすることなく前記のような診断をしたこと、その診療録には「過労性」を診断した客観的根拠を示す記載も、多角的な診断の結果についての記載もないことが認められる。以上の認定、判断を総合すれば、被控訴人の自覚症状と被控訴人が受けた診断の結果から、直ちに被控訴人が保母の業務に従事したことが原因となってその主張の疾病が生じたものと認めることはできない。被控訴人は、被災者側が疾病の発生と関連する公務に従事していた者であることと被災者に当該疾病が発生したこととを証明すれば、右疾病が公務によるものではないと立証しない限り、公務により発症したものと推定されなければならないと主張する。しかし、当該疾病が、ある公務に従事したときに通常発症するものであることが医学上の経験則から是認されるものであればともかくとして、そうでないのに、一般的に被控訴人主張のような推定をする合理的な根拠を見出すことはできない。
「公務上の災害の認定基準」によれば、「次に掲げる職業病は、当該疾病に係るそれぞれの業務に伴う有害作用の程度が当該疾病を発生させる原因となるに足るものであり、且つ、当該疾病が医学経験則上当該災害によって生ずる疾病に特有な症状を呈した場合は、特に反証のない限り公務上のものとする。」とされ、その職業病のうちに、頸肩腕症候群と腰痛が掲げられており、これによれば、上肢に過度の負担のかかる業務(例えば、せん孔、タイプ、電話交換、キーパンチャー等の業務)に従事した者、重量物を取り扱う業務、腰部に過度の負担を与える不自然な作業姿勢により行う業務その他腰部に過度の負担のかかる業務に従事した者が発症した場合で、その業務に伴う有害作業の程度が当該疾病を発症させる原因となるに足りるもので、当該疾病に特有な症状を呈した場合には、特に反証がない限り、職業病として公務上のものとされること、更に腰痛についてはその認定基準が示されていることが認められる。
被控訴人の従事した保母の業務は、「キーパンチャー等その他上肢の動的筋労作又は静的筋労作を主とする業務」及び業務上の腰痛症が認定される業務のいずれにも該当しないから、被控訴人については、業務起因性の判定基準を参酌して、業務と疾病との相当因果関係の有無を判定するのが相当である。被控訴人の担当業務が保母としての業務であり、その業務における動作の特徴は、立ったままの姿勢で子供らの面倒をみることが多い上に、時にはしゃがんだり、中腰になったりしたままの姿勢を続けたり、身体を左右にねじらせたりするほか、机や椅子を動かしたり、子供を抱き上げて移動させたりすることもあること、これらの動作のうち、頚、肩、腕又は腰に特に負担かかるのは、子供が押入れの布団を出し入れするときに補助し、あるいは子供と一緒にテーブルをセッティングし、掃除するなど物や子供を移動させる作業や腰をかがめてする作業であると見られるが、これらの作業は家庭の主婦のそれと比べて著しい差はないものと認められる。右認定の事実によれば、保母の保育労働そのものは、身体のいろいろな部分を使う混合的、複合的な作業であり、かつ、特定の部位に負担の集中する持続的、強制的動作を伴うことのない断続的な作業であるということができるから、頸肩腕症候群や腰痛症を起こし易い筋労作ではなく、また上肢又は腰部に過度の負担がかかる職種であるということもできない。したがって、保母の業務の態様から、一般的に保母が頸肩腕症候群や腰痛症の起因性が認められる業務であるものということはできない。そして、被控訴人が他の職員より格別に過重な職務量の仕事を担当させられていたことはなかったことが認められ、被控訴人の勤務状況、保母の配置状況、保育所の環境を総合すると、被控訴人の業務をもって、頸肩腕症候群や腰痛症を特に発症させる原因となり得る特異ないしは有害な業務であったと認めることはできない。
保母の業務は、これに従事する者が頸肩腕症候群や腰痛症を発症したときにおいて、業務と疾病との間に相当因果関係のあることが一般に是認される業務であるということができず、また、被控訴人が従事した現実の業務が、これらを発症させるほどの過重なものであったり、その業務につき、それを発症させるほどの特異ないし有害なものというべき事情があったと認めることもできない。のみならず、被控訴人が気管支拡張症を患っていたことから、これが被控訴人の訴える自覚症状に影響を及ぼしていた可能性もあることを考慮すると、仮に被控訴人がその業務に従事したことが、被控訴人の発症と関連があることを全く否定することまではできないとしても、被控訴人の業務は、発症に原因を与えた要因の一つであることの域を出ないものであって、それが相対的にもせよ有力な発症又は増悪の要因であったと認めることは困難である。そうすると、被控訴人が従事した公務と被控訴人の訴える疾病との間に相当因果関係があるものということはできない。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働判例603号11頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
浦和地裁 − 昭和56年(行ウ)第4号 | 認容 | 1989年08月04日 |
東京高裁 − 平成元年(行コ98号) | 認容(原判決取消) | 1991年12月19日 |