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S生命保険休職命令無効確認等請求事件

事件の分類
その他
事件名
S生命保険休職命令無効確認等請求事件
事件番号
東京地裁八王子支部 − 平成5年(ワ)第1819号
当事者
原告 個人1名
被告 S生命保険会社
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1994年05月25日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告は、昭和49年7月に被告に雇用され、八王子支社において業務に従事していた女性であり、平成3年2月、肩や腕の痛み、不眠等の自覚症状、握力の低下、筋肉の硬結等の所見から頸肩腕症候群と診断され、同月25日から同年4月21日まで有給休暇を取得した後傷病欠勤した。
 平成4年4月24日、原告は同年5月1日から就労可能(半日勤務、毎週水曜日は休業、1ヶ月間の経過観察を条件)の診断を受け、診断書を被告に提出したが、被告は就業規則にいう「治癒」に該当しないとして原告の出勤を認めなかった。同年8月、原告は同年9月1日から全日勤務が可能であるとの診断書を受け、これを被告に提出したが、被告は団交の席上、原告が週3回理学療法に通うと主張したため、全日勤務が可能とはいえないとして同日からの就労を拒否し、全日勤務が可能になった場合は診断書若しくは原告の確認書を提出するよう求めたので、原告は同月24日、全日勤務が可能であるとの確認書を被告に提出した。その後被告は、原告に対し同年12月1日から出勤するよう通知し、同日原告は復職した。復職直後、医師が原告に対し、過度の緊張等身体への影響から症状再燃を招くことがあり、衣服や椅子について配慮を要すると診断したところ、被告は原告が治癒していないとして、就業規則に基づき平成5年3月1日から6ヶ月間の休職を通知した(第1回休職命令)。これに対し原告は、地裁に対し賃金仮払い仮処分命令を申し立て、地裁はこれを認める決定をした。被告は原告に対し、平成5年8月23日付け通知書で、原告が通常勤務が可能である状態にはないとして、引き続き同年9月1日から1年間の休職とする旨通知した(第2回休職命令)。これに対し原告は、本件休職命令の無効確認及び未払い賃金の支払い並びに労働権侵害による慰謝料180万円を請求した。
主文
1 被告の原告に対する、平成5年2月26日付けの同年3月1日から6ヶ月間の休職命令及び同年8月23日付けの同年9月1日から1年間の休職命令は、いずれも無効であることを確認する。

2 被告は、原告に対し、金362万8240円及び平成6年6月20日、同年7月20日、同年8月20日及び同年9月20日限り、それぞれ金25万9160円を支払え。

3 原告のその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用はこれを5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決第2項は、仮に執行することができる。
判決要旨
 被告は、原告の頸肩腕障害の症状の再燃及び増悪可能性がないとはいえないことを理由に、通常勤務に耐えられないものと判断し、その結果、就業規則48条1項5(本人の帰責事由により業務上必要な資格を失うなど、該当業務に従事させることが不適当と認めた場合)及び同項6(その他前各号に準ずるやむを得ない理由があると会社が認めた場合)に該当するとして、原告を休職処分にしたものであると認められる。しかし、右頸肩腕障害の症状の再燃及び増悪の可能性が存在するとしても、それは原告の責めに帰すべき事由に起因するものとはいえないから、右症状の再燃等の可能性の存在が前記就業規則48条1項5の休職事由に該当しないことは明らかである。

 被告においては、職員が業務外及び通勤災害以外の傷病によって欠勤するときは、まず傷病欠勤の扱いをし、その期間内に治癒しないときに初めて病気休職を命ずるものとされていること、休職命令は退職金、定期昇給等につき具体的な不利益を与えるものであることを併せ考えると、厳格に解釈すべく、本件の場合にも、原告の傷病が治癒しておらず、症状の再燃及び増悪可能性があるとしても、それが病気休職の場合と実質的に同視できる程度に通常勤務に相当程度の支障をきたすものである場合に、初めて6の休職事由に該当するものというべきである。そこで原告の症状が病気休職の場合と同視できるほどの状況にあったのか否かについて検討すると、医師は職場の人間関係について配慮してもらうよう診断書を作成したものに過ぎず、全日勤務すると頸肩腕障害の症状が再燃するという意味ではないと述べていること等からすると、平成5年3月1日の時点で、原告に通常勤務に相当程度の支障を来すほどの頸肩腕障害の再燃ないし増悪の可能性があったものと認めるに足りない。そして、原告は被告に復帰後は、週1回程度、しかも就業時間外に通院していただけであり、第1回休職命令が出されるまでの約4ヶ月間全日勤務を行っており、この間頸肩腕障害の症状につき特に悪化するようなことがなかったことに加えて、平均的な仕事量の業務についていたこと、同年3月3日付け診断書においては、全日勤務に何ら支障のない旨が述べられていること等を総合すると、原告の同年3月1日の時点における頸肩腕障害の症状及び勤務状況は、被告において通常勤務を行うことに相当程度の支障を来すほどのものではないから、就業規則48条1項1の病気休職事由と同視することはできず、同項6の休職事由には該当しないものと認めることができる。以上より、第1回休職命令時において、原告には休職事由が存在しなかったものと認められる。

 第1回休職命令時において、原告に休職事由が存在しない以上、第2回休職命令時における休職事由は、その後の事情の変化等のない限り存在しないところ、本件においては、同年8月25日付け診断書によれば、むしろ原告の症状が改善した旨述べられているから、やはり第2回休職命令時においても、原告には休職事由が存在しないものと認められる。
 原告は労働権の侵害を主張するが、「労働権」の権利の具体的内容が不明確であり、法的保護に値する権利であるということはできない。仮に原告の主張が就労請求権の侵害を意味するとしても、使用者は賃金を支払う限り、提供された労働力を使用するか否かは自由であって、労働受領義務はなく、労使間に特約がある場合や特別の技能者である場合を除いて、労働者に就労請求権はないものと考えられるから、本件における原告にも就労請求権はないものと認められる。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例666号54頁
その他特記事項