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重度心身障害児施設公務外認定処分取消請求事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
重度心身障害児施設公務外認定処分取消請求事件
事件番号
東京地裁 − 平成14年(行ウ)第331号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金東京都支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年10月13日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 都立F療育センター(センター)は、重度心身障害児施設であるとともに、医療法に基づく病院であり、都内の重症心身障害児(者)を入所させて、保護、治療、指導、訓練等を行う施設であって、原告は昭和62年4月からセンターに看護師として勤務し、重度心身障害者の成人病棟を担当していた女性である。

 原告は、昭和63年10月17日、研究発表会の報告書を作成するため、深夜勤務の合間に清書作業をし、勤務終了後も残業して清書や印刷などの作業に従事したところ、同日夜帰宅後、激しい痛みを膝に感じた。その後原告は平成元年3月に肝機能障害が見られるなどしたため、診察を受けたところ、同年4月18日に全身性エリテマトーデス(本件疾病)と診断され、同年8月31日センターを退職した。
 原告は本件疾病が公務に起因して発症したものであるとして、平成5年10月5日付けで被告に対し公務災害認定請求をしたが、被告は平成12年6月20日付けで本件疾病につき公務外の災害であると認定した。原告はこれを不服として、審査請求、更には再審査請求を行ったが、いずれも棄却されたため、被告が行った処分の取消しを求めて提訴した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 地公災法26条、28条、29条1項等は、職員が公務上疾病にかかり、一定の障害がある場合に一定の補償をする旨規定しており、疾病の発症を理由とする地公災法の補償は、疾病が公務に起因すると認められることが必要であるが、これが認められるためには、単に疾病の発症と公務との間に事実的因果関係があるというだけではなく、これらの間に相当因果関係があることが必要と解される。そして、疾病の発症と公務との間の相当因果関係は、その疾病が当該公務に内在又は随伴する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。

 全身性エリテマトーデスの発生の機序については、なお原因が特定されておらず、完全に解明されたとはいえない状況にあるが、遺伝的素因に加えて様々な環境因子等が複合的に作用して発症すると言われている。様々な環境因子は複合的に影響するということであり、個々の環境因子がどの程度発症に影響しているのかも明らかでないし、環境因子とされるものの中には、手術、妊娠、出産等その存在が日常的でないものがあるけれども、紫外線やウィルス、外傷など誰もが経験し得る因子も含まれる。まして、身体的負荷及び精神的ストレスが環境因子に含まれるのであるとすれば、これらは仕事以外の日常生活にごく普通に存在するものであるから、仕事を原因とする身体的負荷及び精神的ストレスが発症に影響を与えたかどうかを明確にすることもできない。以上からすれば、公務による身体的負荷及び精神的ストレスと本件疾病の発症との間の相当因果関係の存否は、事実的因果関係の存在を前提として、当該公務が発症の直前において特に過重な負担であったか否か、あるいは発症に至るまでの一定期間において過重な負担が継続、蓄積したと認められるか否か、当該公務が特に過重であると認められることにより、当該公務が様々に考えられる疾病の原因の1つに過ぎないのではなく、他に考えられる原因と比較して発症につき相対的に有力な原因となっていたといえるか否かにより判断するのが相当である。

 全身性エリテマトーデスの発症に関する具体的機序は明らかでないが、発症の原因と考えられる因子が複数存在し、医学的にどの因子が発症と関係しているのかについて具体的に明らかにできない場合に、ある因子が特定の疾病の発症に関係し得る因子であることについて高度の蓋然性をもった証明があり、具体的事実関係の下、その因子が特定の疾病の発症に関係した可能性を否定するに足りる特段の事情が認められないのであれば、一応、その因子と特定の疾病との間に事実的因果関係を認めるのが相当である。原告は、本件疾病を発症した昭和63年頃から平成元年4月頃にかけて、センターにおいて看護婦として重症心身障害者の看護業務を行い、その公務により身体的負荷及び精神的ストレスを受けていたことが認められる。これらが全身性エリテマトーデスの発症に作用する環境因子の1つと位置づけられ、本件においては他に本件疾病の発症に決定的に関係したと思われる環境因子の存在が認められないのであって、結局公務による身体的負荷及び精神的ストレスが本件疾病の発症に関与した可能性も否定できないことからすれば、本件疾病の発症について、公務による身体的負荷及び精神的ストレスが影響を与えたことについては証明がされているというべきである。

 原告は、深夜勤務及び準深夜勤務の回数は、昭和63年7月から平成元年3月まで月約6.8回であるが、深夜勤務だけをみれば月約3.6回であり、次の勤務について配慮がされているほか、原告が長時間残業したような事実は認められない。これらの事実に照らせば、原告には公務による身体的負荷及び精神的ストレスを解消するに足りる休息時間が与えられていたというべきである。限られた人員の中で24時間患者を看護することを職責とする看護婦の職務や我が国の看護婦の職務の実情等に照らし、月8回程度の深夜勤務及び準深夜勤務の回数が過度に多いとも解されないことや、原告が他の同僚職員に比して過重な公務に従事していたとも認められないことも併せて考慮すれば、原告の公務が過重であったと認めることはできず、過重な公務によって生じた疲労や精神的ストレスが蓄積していたと認めることもできない。もっとも原告が膝に激痛を覚えたという10月17日の直前についてみると、深夜勤務の後ほとんど休息をとらないまま研究発表のため公務に従事しており、印刷業務が慣れない作業であったことなどからすれば、こうした研究発表のための作業は原告に強い身体的負荷及び精神的ストレスを与えたと推認できるが、その後は通常の業務に従事し、膝の痛みを感じていないことなどの事実に照らせば、膝の痛みは一過性のものであり、原告が特に過重な公務に従事していたとも認めることはできない。
 以上によれば、公務における過労やストレスが本件疾病発症の因子になっていることを肯定し得るとしても、公務は過重であったとはいえず、他に考えることができる本件疾病の環境要因に比較して、原告の公務が相対的に有力な原因になっていると認めることはできない。したがって、本件疾病と原告の公務との間に相当因果関係を認めることはできないから、公務外認定をした被告の処分に違法性はない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例908号91頁
その他特記事項