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コーヒー等飲料セールスマン自宅待機・転勤事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
コーヒー等飲料セールスマン自宅待機・転勤事件
事件番号
静岡地裁 − 昭和60年(ワ)第165号
当事者
原告個人1名

被告N株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1990年03月23日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は、スイスに本部を置くNグループに属し、インスタントコーヒーなどの製造・販売を行う会社であり、原告は昭和37年11月に被告に入社し、昭和47年にスリーエス(セルフ・サービス・ストアー)セールスマンになった者である。

 原告は妻子があったが、浜松駐在当時の昭和55年9月から当時被告に派遣されていたデモンストレーターの女性M(独身)と月3回位の割合で肉体関係を持ち、その関係は昭和56年6月に静岡出張所勤務になった後も続いた。Mは当時肉体関係があった者に対し、原告との関係を告げたところ、この者は昭和58年4月静岡出張所に抗議の電話をかけたほか、原告や所長に会った際、激高してナイフを持ち出すなどした。また同年5月頃、被告の取引先に、「女性の敵!この男性にご注意ください!」との表題の下に原告の名前、勤務先等が記載され、原告が女性ならば誰にでも手を出す男であり、被告は責任を取るつもりがないから、各会社は女性社員に注意を喚起するよう記載した葉書が配布された。これを受けた取引先から被告に対し非難が寄せられるなどしたことから、所長は原告に対し、被告の信用を損なう事態になったことにつき厳しく反省を求めたが、原告は「プライベートな問題である」として反省の色を示さなかった。

 そこで被告は原告にそのままセールス活動を続けさせることは適当でないと判断し、昭和58年6月17日に原告に対して自宅待機命令を発した。しかし原告はこの命令を無視し、多数の部外者と共に出張所に押し掛け、自宅待機が不当であるとするビラをまき、取引先を訪問したりした。被告は、原告が上記のような行動をとり、反省を示さなかったことから、自宅待機期間を継続させたところ、原告は昭和60年4月22日、自宅待機無効確認等を求めて提訴した。そこで被告は同年5月9日に原告に対し転勤命令を通告し、同年6月1日付けで、岡崎市にある東海営業所第一出張所に転勤を命じた。
 これに対し原告は、本件転勤命令は、就労場所を東京販売事務所管内とする労働契約に反すること、労働組合に事前通告していないから労働協約に違反すること、子供が転校を強いられ、横浜に住む病気の父親の面倒を見にくくなることなど家庭生活に重大な支障を来すこと、組合活動を著しく困難とすることから、権利濫用として無効であると主張し、静岡出張所に勤務する権利の確認と、自宅待機、転勤命令等によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料として300万円を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件自宅待機命令について

 原告は、取引先と直接接触するセールスマンであるから、被告の信用を最も大切にしなければならない立場にあったところ、仕事の上で密接な関わり合いがあったデモンストレーターの女性と、仕事上の立場を利用して不倫な関係を取り結ぶに至り、そのことが原因で被告の対外的信用が大きく損なわれ、このため被告としては業務上も多大な迷惑ないし損害を被ったものというべきであるから、原告にそのままセールス活動を続けさせることは業務上適当ではなく、被告が原告に自宅待機を命じたことには、相当の理由があるというべきである。ところで本件自宅待機命令は、約2年間にわたって続いたところ、原告の行為は不倫という社会的非難を免れない行為であり、かつ被告にとって到底看過できない行為であるのにかかわらず、原告は現在に至るまで何ら反省の気持ちを持ち合わせていないのみならず、これが正当である旨の主張を固執する態度をとったため、このままの状態で原告を取引先へ訪問させ、あるいは顧客やデモンストレーターの女性などと応対させるとすれば、被告の男女間の倫理について見識が疑われ、被告の対外的信用を一層損なう結果にもなりかねなかったのであるから、原告に対し長期間自宅待機を命ずる業務上の必要性があったというべきである。

2 本件転勤命令について

 原告は、就労場所について、大枠として東京販売事務所管内との黙示の合意が存在し、その枠内で具体的な勤務場所をその都度合意によって決められていた旨主張するが、原告と被告との間にそうした明示の合意はなく、被告における転勤が各事務所管内に限られる状態が続いていたことを認めるに足りる証拠はない。かえって、組合との間の労働協約には「会社は、業務の必要に応じ、組合員を他の事業所、工場、販売事務所又は各地の販売部署に転勤させることがある」との規定があり、当時の労働組合の組合員は、業務の必要に応じて転勤があり得ることについては当然了解していたというべきである。また、昭和58年度以降62年度の期間に限っても、被告のセールスマンについては、販売事務所の枠を超えた転勤の事例がかなり頻繁にあること、原告は当初東京販売事務所においてドライバーとして採用され、昭和47年にスリーエスセールスマンとなり、その後神奈川第一出張所、浜松駐在、静岡出張所に転勤になったことが認められるから、遅くとも原告がスリーエスセールスマンとなった時点において、業務の必要に応じて住居の変更を伴う転勤があり得るし、その範囲は東京事務所管内には限らないとの包括的な合意がなされたものというべきである。

3 権利濫用について

 被告は、上記包括的合意に基づき、業務上の必要から、原告に転勤を命ずることは許されるというべきであるが、労働関係上要請される信義則に照らし、合理的な制約に服することは、自宅待機命令の場合と同様である。原告に対する本件自宅待機命令の解除と本件転勤命令の決定がなされた昭和60年4月の時点でも、原告は不倫行為について何ら反省の気持ちを持ち合わせておらず、原告を葉書事件のことを知っている静岡営業所管内の取引先へ訪問させ、あるいは顧客と応対させることが相当でない状態が続いていたのであるから、原告を他の営業所へ転勤させる業務上の必要性があったというべきである。そして、当時東海営業所第一出張所に所属して三河地区を担当していたエリアセールスマンが退職するため、被告は原告をその後任として同営業所に転勤させることとし、原告に本件転勤命令を通告したもので、本件転勤命令には業務上の必要性があったというべきである。

 原告は、子供の教育上、転校はできるだけ避けるべきであると主張するところ、当時中学生と小学生であった子供達にとって、転校が与える精神的負担は少なくないと思われるが、上記のとおり原告を静岡営業所管内において就業させることができない業務上の強い要請があったのであるから、原告が家族と同居しつつ被告の業務に従事するためには、子供達の転校も止むを得なかったというべきであるし、原告は既に家族とともに岡崎市に転居し、2人の子供は現在それぞれ同地の高校や小学校に元気に通学していることが認められるから、原告を再び静岡に戻し、同営業所において原告を勤務させるとすれば、かえって子供達に再転校という二重の負担を強いることになる。また、原告は、両親の家が横浜にあり、本件転勤命令発令当時、父親が寝たきりの状態であったので、岡崎に転勤すると更に両親の家から遠くなるので不都合である旨主張するが、原告自身、本人尋問において、「父親と同居している家族が面倒を見られないわけでもなかった」「何とかなるといえばなる状態だった」などとも述べているので、差し迫った状態ではなかったのであるし、また原告が横浜へ帰るとしても、岡崎と静岡ではそれほどの違いがないから、本件転勤が原告にとって著しく不都合であるとは認められない。

 原告は、岡崎への転勤は組合活動を著しく困難にするとも主張するが、原告が組合活動のために月3回位の割合で上京するようになったのは、原告が自宅待機を命ぜられた以降のことであって、それ以前は組合の用務で上京するのは多くとも月1回位の割合であったことが認められるので、岡崎に転勤して以降は年2回位しか上京できなくなったとしても、それほどの違いはないともいうことができ、また静岡と岡崎とで組合活動のために上京するのに、それほどの差異はないというべきである。
以上のとおり、本件転勤命令には、業務上の必要性があり、原告が転勤によって被る不利益として挙げる諸事情は、いずれも右業務の必要性と比較してそれほど強度のものではなく、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとはいえないから、本件転勤命令が権利の濫用として無効となるとの原告の主張は失当といわざるを得ない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
その他特記事項