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埼玉県市役所事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
埼玉県市役所事件
事件番号
さいたま地裁 − 平成16年(ワ)第998号
当事者
その他本訴原告 個人2名 A、B

その他反訴被告 個人2名 C、D

その他本訴被告(反訴原告) 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年11月25日
判決決定区分
本訴 却下
事件の概要
 本件の当事者は、いずれもU市の職員である。

 反訴原告(昭和48年生、以下「原告」)は、平成9年4月、U市に技師として採用され、平成14年4月、企画財政部自治振興顆勤務となった女性である。反訴被告(以下{被告})C(昭和21年生)は、平成14年4月当時、原告の所属する企画財政部次長、被告D(昭和23年生)は、当時同部自治振興課長、本訴原告Bは同課主幹として、それぞれ原告の直属の上司の立場にあった者である。

 被告Cは、平成14年5月下旬頃、原告と2人だけで出張した際、車内で原告の異動について自分が関与したかのような話をした後、突然原告の右手を上から重ねるようにして握った。同年6月4日、被告Cは原告と2人だけで出張した際、帰路と反対方向を車で進行させ、車内において原告の右手を左手で重ねるようにして握った。更に被告Cと原告は、同月中に4回2人だけで出張し、被告Cが車内で原告の右手を左手で上から重ねるようにして握り、次いでその手を原告の太股に置き、そのまま原告の膝の方に手を伸ばしたところ、原告は被告Cの手を払いのけ、「やめてください」と抗議した。その直後の同月28日、原告は被告Dから担当を外れるよう命じられたが、原告はこれに納得せず、組合書記長に相談した。

 平成15年1月、被告Cのセクハラ行為についての匿名の手紙を受けて、総務部長は被告Cから事情聴取したが、被告Cはセクハラ行為を否定した。被告Dは被告Cから事情を聞いて、同月9日午後7時頃、原告をレストランに連れて行き、制服を着用するように言った後、セクハラについて騒ぐと今後仕事をする上で不利益を受けることになる旨告げた。

 一方、組合書記長はその後も原告から相談を受けたことから、同年4月2日、セクハラ相談員に対し苦情相談を行ったところ、これを知った被告Dは、同月5日(土)午後6時半頃、原告をレストランに連れて行き、セクハラ苦情処理委員会が招集されたら大変なことになると言って、取下げの依頼を求め、原告はその場で書記長に取下げを依頼した。被告Dは、その後被告Cのところに原告を連れて行き、本訴原告A及びBも交えて会ったが、そこで被告Cはセクハラがなかったことを原告に対し認めるよう要求した。更に同月7日、被告Cは原告に対し、セクハラ行為について口止めを行った。
 原告は、平成15年9月4日、簡易裁判所に対し、U市、市長、本訴原告ら、被告及び企画財政部長を相手方として調停を申し立てセクハラ行為やそのもみ消し行為について謝罪を求めたが、平成16年3月14日、この調停を取り下げた。また、取下げに先立つ同年2月26日、原告はセクハラ苦情処理委員会に苦情相談をしたところ、本訴原告らは、原告から公然と不法行為の疑いがかけられており、名誉回復が図られるべきであるとして、原告の損害賠償請求権及び謝罪の作為請求権の不存在の確認を求めて提訴した(本訴)。これに対し原告は、本訴原告ら及び被告らを相手方として、不法行為に基づき300万円の損害賠償を支払うよう請求した(反訴)。その後原告は、本訴原告A、Bに対する関係で反訴を取り下げたため、反訴の相手方は被告C及び被告Dの2人となった。
主文
1 本訴原告A及び本訴原告Bの訴えをいずれも却下する。

2(1)反訴被告Cは、反訴原告に対し、120万円及びこれに対する平成15年9月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を(ただしうち60万円及びこれに対する平成15年9月4日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で反訴被告Dと連帯して)支払え。

(2)反訴原告の反訴被告に対するその余の請求を棄却する。

3(1)反訴被告Dは、反訴被告Cと連帯して、反訴原告に対し、60万円及びこれに対する平成15年9月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 (2)反訴原告の反訴被告Dに対するその余の請求を棄却する。 

4 訴訟費用は、本訴事件及び反訴事件に生じた費用を通算し、これを15分し、その各2を本訴原告らの負担とし、その4を反訴被告Cの負担とし、その3を反訴被告Dの負担とし、その余を反訴原告の負担とする。
5 この判決は、第2(1)項及び第3(1)項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 原告は、本訴原告らに対する調停及び訴訟をいずれも取り下げており、また、原告の苦情相談に関するセクハラ苦情処理委員会の調査は、専ら職場としてのU市におけるセクハラ防止を目的としており、その調査結果も職場における指導・助言及び任命権者による懲戒処分の根拠として用いられるに止まり、本訴原告らと原告間の民事上の権利関係とは直接的な結びつきを有するものとは認められない。本訴原告らの求める確認の訴えは、ひっきょう、権利関係の存否や法的地位の問題ではなく、事実の存否についての確認を求めることに帰するから、本訴原告らの訴えは確認の利益を欠くものと言わざるを得ない。

 平成14年4月当時、職制上、原告が出張するとすれば、直属の上司である被告D又は本訴原告Bから命令が出されるはずであり、被告Cが原告に対し、直接出張を命ずること自体が通常ではない。更には、被告Cが原告を同行させる必要性に乏しいことが認められ、被告Cは原告とともに、通常の帰路とは反対方向を通る経路をたどっているが、公務出張中であるにもかかわらず、通常とるべき最短かつ経済的な帰庁経路をとらず、わざわざ遠回りで合理的性を欠く経路を取ったことについて、被告Cは理由を明らかにしていない。

 車中の接触行為について、原告は、被告Cから手を握られた状況について、その際の心理状況も含めて具体的かつ詳細に陳述しているが、これに対し被告Cは、車中で握手したに止まると供述する。しかし、その態様は通常では取り難い体勢であり、そもそも公用で出張中の2人だけでの車中において、配偶者のある相当年齢の離れた女性で、かつ所属の末席の部下の1人に過ぎない原告に対し、握手をして激励をするきっかけとしては、必要性の点も含めて、およそ理解し難いものといわざるを得ない。

 上記検討したところによれば、6月4日の被告Cによるセクハラに関する原告の供述は、具体的かつ心情の点も含めて詳細で、説得力に富んでおり、信用し得るものと見ることができる。一方、被告Cには、供述内容からも納得し難い点が多く見られるほか、本件苦情相談のもみ消し工作に及んでおり、原告の供述と比し、信用性に乏しいものといわざるを得ない。被告Cは、セクハラ行為について原告の作り話である旨主張するところ、原告の供述の信用性を補強する証拠がないこと、原告は被害を受けた日時及び場所について記憶していないことが認められるが、これらの点を考慮しても、原告の6月4日に関する供述の信用性、5月下旬及び6月下旬に関する供述内容及び被告Cも具体的な反論をなし得ていないことなどを併せ考えると、原告のセクハラ被害に関する陳述は信用できるものと認められる。

 平成15年1月9日、被告Dは原告に制服の着用を注意しただけである旨主張するが、制服に関する注意が3回目であるからといって、配偶者のいる原告を、勤務時間外の夜レストランに呼び出し、2人だけで会って話をする理由としては了解し難い。かえって、被告Dがセクハラに関する匿名の手紙の話を被告Cから聞いていることからすれば、これに関連して何らかの意図を持って原告に会いに行ったのではないかと推測される。

 同年4月5日、被告Dは職場の人間関係で問題があったので会うことにしたと供述するが、配偶者もいる女性の原告と2人だけで、休日の夜間に面談することに結びつくのか理解し難いのみならず、職場の人間関係についてどのような問題があったのか具体的な供述はない。また、管理職で上司である被告D及び被告Cと本訴原告らを、勤務時間外にわざわざその場に同席させるというのは、職場内で最も末席の女性職員から単に話しを聞くためにする行為とは事柄の軽重の点等からしておよそ相容れない。以上によれば、被告らの供述は不自然な点が多く、これに対し原告の尋問結果はこれらの情況に合致しており信用でき、同月8日にセクハラ苦情処理委員会が開かれる予定であったことからすると、被告及び本訴原告ら4人が、原告に対し、本件苦情相談の取り下げを依頼させるべく、有形無形の圧力を加えるために原告と面談したとするのが、前記認定経過により合致するものと認められる。

 被告Cの供述を全体として見たとき、本件苦情処理に関して原告に対し、いわゆるもみ消し工作に及んでおり、このような所為をしたことについての合理的な弁解がなされていない点は、逆に被告Cの供述の信用性を否定することに結びつくものというべきである。被告Dは、本件苦情相談の取下げを強要したか否かの核心部分では、原告と相反する供述をしており、これが信用できないことは上記検討の通りである。

 被告Cは、原告に対し、3回にわたり、いずれも車内において、原告の右手を自己の左手で上から重ねるようにして握るなどした事実が認められ、これら各行為は、いずれも、上司部下の権力関係を背景に、原告が容易には抵抗できない状況下で、原告の手をその意に反し握るなどしており、いわゆるセクシャル・ハラスメントであり、原告の人格権を侵害する違法な行為として不法行為に該当する。

 被告Dの各行為は、いずれも相まって、上司と部下という職場における権力関係を背景にして又は将来の職務上何らかの不利益を与えるかのように告げて原告の意思を抑圧し、上司及び市長に対し、自らの意に反する報告をさせ、もって原告が受けたセクハラを解決する機会を奪い、その精神的苦痛を加重させたものであるから、原告の人格権を侵害する違法な行為に当たり被告らの共同不法行為に当たる。
 原告が被告らのセクハラによって被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては、前記認定事実その他本件に現れた一切の事情、特に本件不法行為が執拗に反復してなされたものであること、男女共同参画社会の実現に当たり範となるべき幹部職の公務員が行った不法行為であること、被告Cが中心になっているとはいえ、被告Dにおいても原告の直属の上司としていわゆる第二次的セクハラを防止すべき立場にありながら、これに反する行為に及んでいること等を考慮すれば、損害賠償額は、被告Cについては120万円、被告Dについては60万円が相当である。
適用法規・条文
民法709条、719条
収録文献(出典)
その他特記事項