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H生命保険会社外交員事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- H生命保険会社外交員事件
- 事件番号
- 広島地裁 - 平成16年(ワ)第1817号
- 当事者
- 原告 個人7名 A、B、C、D、E、F、G
被告 個人3名 L、M、N
被告 生命保険会社 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年03月13日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 被告会社は、生命保険等を業とする相互会社であり、被告Lは本事件当時被告会社の三次営業所長、被告Mは同営業所組織長、被告Nは福山支社副長の地位にあった者である。一方、原告らはいずれも当時被告会社三次営業所の保険外交員であった女性である。
平成13年12月14日の忘年会の席で、被告らは原告らに対し次のような行為を行った。
(1)原告C(昭和23年生)に対する行為
被告Lは背後から腰に両足を巻き付け(カニばさみ)、腋の下から両手を回して抱きつき、被告Nも正面から腰を両足で挟み、サンドイッチの状態にした。また被告Mは原告Cに抱きついたところ、拒絶されたため、右足で原告Cの左脚太股を蹴り上げた。
(2)原告F(昭和30年生)に対する行為
被告Lは、背後から脇腹を掴んで握りしめ、正面に回って脇腹を両手で掴んで押し倒し、その顔を舐めた。
(3)原告D(昭和35年生)に対する行為
被告Lは自身の左腕を顎の下、胸の上付近を目がけて打ち付け、その場に転倒させた。
(4)原告A(昭和35年生)に対する行為
被告Lは、背後から羽交い締めにするように抱き込み、カニばさみした。被告Mは原告Aの両脚を広げて抱き込み、股間に自己の陰部付近を数回押しつけた。
(5)原告G(昭和40年生)に対する行為
被告Lは後方から首を両脚で挟み、後に倒した。
(6)原告B(昭和30年生)に対する行為
被告Lは後方から足下に滑り込んでよろめかせ、カニばさみし、逃げようとする原告Bの足首を掴んで自分の方へ引き寄せて、更に腰に両脚を巻き付けて引き倒した。
(7)原告E(昭和48年生)に対する行為
被告Lは背後から肩に両手を回して抱きつき、その状況を撮影させようとし、原告Eがこれを拒否すると、カメラから顔を背けようとしたその顔を力ずくでカメラに向かせ、写真を撮らせた。
被告Lは、原告ら以外の女性職員に対しても、抱きつく、カニばさみをする、首を絞めるなどを行い、女性職員の身体を触ったほか、その状況を写真に撮らせた。一方で、原告らが被告Lを床に押し倒し、その上に乗りかかることもあった。
本件忘年会での出来事について具体的な申し出がなされたのは、平成14年3月29日に原告Bらが管理者と面談した時が初めてであり、被告会社はこれを受けて同年5月9日、事情聴取を行った。この事情聴取では、本件忘年会は騒ぎすぎで品がなく不快に思ったとの意見が多い反面、被告らの行為はセクハラではなく、以前から原告らが中心となって悪ふざけ的行為を行い、本件忘年会でも被告らの行為も受け容れて楽しんでいたなどとの指摘も少なからずあった。被告L及び被告Mは、同月20日の朝礼において、本件忘年会での出来事について原告らに対し謝罪し、被告会社は、同年9月1日、被告Lを福山支社副長に更迭したほか、同年10月31日、被告Lを譴責、被告Mを戒告、被告Nを注意の各処分に付し、翌日被告会社は朝礼において改めて原告らに謝罪した。
原告らは、いずれも、本件忘年会における被告らの行為により、頭痛あるいは不眠、不安等の精神症状を呈するようになり、その治療のためカウンセリングや医師の治療を受けたこと、被告会社は被告Lらの行為について使用者責任を負うものであり、原告らへの事後の適切な対応を怠って精神的苦痛を与えたことを主張し、慰謝料、逸失利益、治療費、カウンセリング料等として、原告Aに対し1554万3396円、原告Bに対し605万円、原告Cに対し1100万円、原告Dに対し440万円、原告Eに対し330万円、原告Fに対し1671万4464円、原告Gに対し797万8718円を請求した。 - 主文
- 1 被告らは、各自、原告Aに対し、金220万円、原告Bに対し、金70万円、原告Cに対し、金132万円、原告Dに対し、金70万円、原告Eに対し、金70万円、原告Fに対し、金220万円、原告Gに対し、金70万円及びこれらに対する平成17年1月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その4を原告らの負担とし、その余は被告らの連帯負担とする。
4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 被告ら3名の不法行為の成否及び過失相殺の可否
被告ら3名の本件忘年会における原告らに対する行為は、暴力行為及び性的嫌がらせ行為として原告らの身体的自由、性的自由及び人格権を侵害し不法行為に当たるといえる。しかし、また原告らの多くは、本件忘年会当時かなりの人生経験を経た中高年に達する者であったことからすれば、被告らの行きすぎた行動を諫めるべきであったといえる。ところが原告らは、本件忘年会において、被告らの行為を特に咎めることなく、むしろ嬌声を上げて騒ぎ立て、原告G及び原告Cにおいては被告Lを押し倒すなどしたことが認められ、このような原告らの態度が被告らの感情を高ぶらせ、セクハラ行為を煽る結果となったことは容易に推認される。したがって、原告らにも落ち度があったといえるから、原告らの損害については過失相殺の法理を類推適用するのが相当である。そして、上記のような原告らと被告らの過失内容に加えて、原告らが被告らに同調して騒ぎ立てたのは、宴会の雰囲気を壊してはならないという思いや上司に当たる被告らへの遠慮からであったという側面も否定できないことを併せ考慮すると、被告らの責任は原告らのそれと比較してはるかに重いといえるから、原告らの責任を2割と認め、この限度で損害を減じるのが相当である。
2 被告会社の使用者責任の存否
本件忘年会は、睦会の主催で行われたものではあるが、同会は三次営業所の全員をもって構成され、職員相互の親睦を図ることを目的とした団体であること、睦会の顧問は営業所長とされていること、本件忘年会は被告会社の営業日で、しかも職員の勤務時間内に行われたこと、本件忘年会は営業に関する慰労を兼ねたものであったことなどの各事実を総合すれば、本件忘年会は職員の営業活力を醸成したり職場における人間関係を円滑にすることに資するものとして位置づけられ、被告会社の業務の一部あるいは少なくとも業務に密接に関連する行為として行われたものと認められる。したがって、本件忘年会における被告らの前記不法行為は、被告会社の事業の執行につき行われたものといえる。
3 事後的対応に関する被告会社の債務不履行の成否
原告らは、被告会社が迅速に調査する義務に違反した債務不履行に当たると主張するが、平成14年3月29日当時、別件のセクハラ事案の調査・対応をする必要があったため、4月に一斉に本件忘年会の事情聴取を行うことは困難な状況であり、また調査対象者である営業職員は、新契約締切日の関係で20日以降多忙であったから、この時期の調査は適当でなく、更に5月上旬には連休があったことからすれば、調査開始が5月9日となったことをもって、雇用主として環境保護義務違反があったとまではいえない。
原告らは、調査に当たった者が、事情聴取の際原告らの訴えに真摯に耳を傾けることなく、むしろ被告らを擁護する発言をしている旨主張するが、被告会社は事情聴取の後、同月20日に被告L及び被告Mが本件忘年会について謝罪し、同年7月31日には被告会社として反省の意を述べ、同年10月31日には被告ら3名を懲戒処分に付し、翌日それを原告らに報告し改めて深謝するなど、被告らの行為がセクハラに当たることを認めて会社として謝罪し、被告ら3名に対し適正に処分をしていることなどからすれば、雇用主としての環境保護義務違反があったとまではいえない。また、原告らは、被告会社が被告らを懲戒処分した際、処分の具体的内容及び理由を明らかにしなかったことを理由に適切な処理義務に違反したと主張するが、職場におけるセクハラ事案は、被害者及び関係者のプライバシーに関わる部分があるので、その保護には留意する必要があり、その保護の必要性は、被害者のみならず加害者についても同様である。また、上記処分は被告会社の人事に関することであり、そもそも被告会社がこれを原告らに公表しなければならない義務はない。
4 原告らの損害
原告らは、いずれも被告らのセクハラ行為により、頭痛あるいは不眠、不安等の精神症状を呈するようになり、その治療のためカウンセリングを受けたと主張する。しかし、被告らが忘年会でしたセクハラ行為は、一回性のその時のみの行為であることやその行為の内容に照らし、それが長期間にわたるカウンセリングが必要なほどの精神的障害を与えたものとは必ずしも考え難い。原告Fは、被告らのセクハラ行為により、うつ病、自律神経失調症に罹患し、治療費を支出したと主張するが、原告Fは本件忘年会以前から、めまい、頭痛、食欲不振等で通院していたこと等からすれば、症状がすべて被告らのセクハラ行為をきっかけに生じたものとは必ずしも考え難いから、その症状と被告らの不法行為との間に相当因果関係があるとは認められない。また、原告Aは、被告らのセクハラ行為により、うつ病、自律神経失調症に罹患し、治療費を支出したと主張するが、被告らのしたセクハラ行為は一回性のものであり、しかも宴会におけるもので原告Aもこれに同調するような姿勢を示していたものであること、原告Aが初めて精神科医の診療を受けたのは本件忘年会から2年以上も経過した後であり、その間の生活体験の中に上記症状発症の原因となる出来事が生起した可能性も否定できないことからすれば、上記のような症状すべてが被告らのセクハラ行為によるものであるとは考え難い。したがって、「関連がある」との医師の意見を考慮しても、原告Aの上記症状と本件忘年会での被告らの不法行為との間に相当因果関係があるとは認められない。
原告らは、被告らのセクハラ行為により精神的苦痛を被り、それに伴い労働意欲が低下し、収入が減少した又は退職を余儀なくされたと主張する。しかし、上記セクハラ行為は、その内容や原告らのこれへの関わり方等にかんがみ、長期間にわたって就労が不能又は困難になるほどの精神的苦痛を与えたものとは必ずしも言い難い。これに加え、平成14年1月に被告会社とT保険との経営統合が事実上白紙撤回となったことにより、被告会社では保険の解約が相次ぎ、原告らの営業成績が低下したことも考慮すると、営業成績の低下と本件セクハラ行為との間の相当因果関係の存在を肯認することは困難である。
被告らの各原告に対するセクハラ行為は、身体的自由、性的自由及び人格権を強く侵害するものであるから、これを慰謝料額の判断において斟酌すべきである。また、被告らのセクハラ行為と、原告らのカウンセリング料、治療費、逸失利益との間に相当因果関係は認められないけれども、原告らの本件忘年会後の苛々感や男性に対する恐怖感、嫌悪感等の精神症状は一定の限度で被告らのセクハラ行為に起因するものであると推認され、この点もまた慰謝料額の判断において斟酌するのが相当である。以上に加えて、原告らの上記精神症状が比較的長期間にわたって存続したことを併せ考慮すると、被告らのセクハラ行為によって被った各原告の精神的苦痛に対する慰謝料は次の通りと認めるのが相当である。
原告A250万円、原告B80万円、原告C150万円、原告D80万円、原告E80万円、原告F250万円、原告G80万円
このうち上記の2割を減じた額が認容額となり、弁護士費用は各原告につき次のとおりと認めるのが相当である。括弧内は損害額の合計。
原告A20万円(220万円)、原告B6万円(70万円)、原告C12万円(132万円)、原告D6万円(70万円)、原告E6万円(70万円)、原告F20万円(220万円)、原告G6万円(70万円) - 適用法規・条文
- 民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- 労働判例943号52頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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