判例データベース
福岡薬局控訴事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 福岡薬局控訴事件
- 事件番号
- 福岡高裁 − 平成17年(ネ)第483号
- 当事者
- 控訴人個人1名A(第1事件1審被告、第3事件1審原告)
控訴人有限会社X薬局(第2事件1審被告)
被控訴人個人1名(第1,2事件1審原告、第3事件1審被告) - 業種
- 卸売・小売業・飲食店
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年03月23日
- 判決決定区分
- 請求棄却、変更、控訴棄却(上告)
- 事件の概要
- 控訴人Aは、本件薬局を含む控訴人会社の代表取締役であり、被控訴人は、控訴人会社に雇用された女性事務員である。被控訴人は、平成13年9月の歓迎会以降控訴人Aからたびたびセクハラ行為を受け、これを職場の同僚に相談したことから、控訴人Aとその妻から一方的に責められた上に不当に解雇されたことによりPTSDを発症したなどと主張し、控訴人らに不法行為に基づく損害賠償各880万円を請求した(第1、2事件)。これに対し控訴人Aは、セクハラ行為を否定するとともに、被控訴人が虚偽の事実を従業員に告げたり、不当提訴したことにより精神的苦痛を受けたとして、被控訴人に対し不法行為に基づく損害賠償100万円を請求した(第3事件)。
第1審では、被控訴人が作成した日記的なノートの記載や被控訴人側の証人の信用性を認め、控訴人Aが被控訴人にキスをしようと迫ったり、指圧マッサージをした行為や性的発言があったことを認め、これらが不法行為に当たると判断した。また、退職は必ずしも被控訴人の意に沿わない結果であるとは断じられないとしつつ、控訴人Aの妻が被控訴人に対してした罵倒等につき、控訴人Aはこれを防ぐべき立場にあったにもかかわらず、妻に荷担して被控訴人を解雇するに至ったとして、控訴人らに対し、慰謝料、弁護士費用合わせて560万円の支払いを命じた。控訴人らは、この結論を不服とするとともに、被控訴人に対する損害賠償が認められなかったことから、控訴するに至った。 - 主文
- 1 原判決主文第1項及び第2項を次のとおり変更する。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 控訴人Aの請求を棄却した部分に対する同控訴人の控訴を棄却する。
4 訴訟費用は、第1,2審とも、第1事件及び第2事件について生じた分はいずれも被控訴人の、第3事件について生じた分は控訴人Aの各負担とする。 - 判決要旨
- 1 控訴人Aの被控訴人に対する不法行為の存否
被控訴人が主張するセクハラ行為の存否については、双方の主張が真っ向から対立しているところ、被控訴人の供述等以外にこれに沿う証拠としては、控訴人Aからセクハラ行為を受けた際のことが記載されているノート及び同僚の証言が挙げられる。
本件ノートには、本件薬局における面接を受けたときから退職に至る平成14年3月までのことを記載されており、控訴人Aの性的言動を示す記載や、控訴人Aから指圧されることを嫌悪している旨など、控訴人Aの言動に対する不快感などを表す文章によって占められており、その記載内容は被控訴人の主張に沿ったものということができる。しかるに、本件ノートには、母親に対する感情、おじの死を巡り思うことなどが記載されたり、自分を励ます趣旨の文言や似顔絵が随所に記載されるなどしており、これが本訴において証拠として提出する目的で事後的に作成されたというには躊躇を覚えざるを得ないが、ここには身内を除くと控訴人Aのことばかり記載されており、当時就職に直面していたほか、両親の離婚問題、友達への悩みの相談などの点の記載がほとんどないこと、控訴人会社の解雇直前で記述が終わり、それ以降の記載が全くないことなど、日記としては異例の形式のものであるとともに、大学の卒業、両親の離婚などに直面していた被控訴人が、自分の気持ちを整理し、自らを鼓舞するために記載したとは考え難いところであって、本件ノートの証明力は必ずしも高いものとはいえず、これにより被控訴人主張のセクハラ行為の事実を推認することはできないものといわざるを得ない。
PTSDを発症するほどのセクハラ行為を受けていたはずの被控訴人が、時給700円で1日4時間勤務のパートタイムの事務員に過ぎなかったにもかかわらず、控訴人会社を辞めなかったというのは不可思議というほかないこと、被控訴人自身、控訴人Aに対し、いわゆるコスプレの店に行ったとき、警官が来たため裸足で逃げ出したとか、スナックで働いていた際客に胸を触られたことがあったとか、女友達とラブホテルを見学に行ったことなどを話した旨供述しているところ、セクハラ被害に苦しんでいた人物が当の加害者であるはずの人物に対してこのような発言をするとは考え難く、被控訴人は市内の著名なリゾートホテルをラブホテルと思っていたなどと供述していることからすると、被控訴人の供述にも拭い去り難い疑問点が散見されるものといわざるを得ず、これにより控訴人Aによるセクハラ行為の存在を推認することは困難というべきである。
また、被控訴人は、控訴人Aのセクハラ行為により平成14年4月から過呼吸の症状を呈するようになったのであり、本件薬局に勤務する前は過呼吸になったことはないと供述するが、母親は1年くらい前から被控訴人が過呼吸の発作があったと医師に説明しているとの診療録への記載があって、被控訴人の供述する発作時期と符合せず、被控訴人の症状が控訴人Aによるセクハラ以外の要因によるものと考える余地があること、控訴人Aが被控訴人の行動を撮影したビデオには、被控訴人が自動車を運転し、勤務先と思われる場所に通うとともに、スーパーで買い物をしている様子が撮影されているが、かかる状況は、セクハラ行為によってPTSDを発症し、日常生活を送ることも困難な状態にあって、その回復の見込みも乏しい旨の医師の証言に符合しないものというべきであることなどからすると、医師の証言等によって控訴人Aが被控訴人に対してセクハラ行為をしていた事実まで推認することはできない。ちなみに、控訴人Aは一貫してセクハラ行為を否定する供述をするが、その内容に特段不自然な点を認めることはできない。
上記のとおり、被控訴人の供述、本件ノート、医師の証言及び診療録等によっても、被控訴人の主張するような、控訴人Aによるセクハラ行為まで認めることはできず、このことは控訴人会社を不当に解雇された旨の被控訴人の主張についても同様である。
2 被控訴人の控訴人Aに対する不法行為の有無
被控訴人は、控訴人会社を辞めた後、体調を崩し病院で数回受診したのち、継続的に治療を受けているものと認められるところ、かかる被控訴人があえて虚偽の事実を作出してまで控訴人らに対する損害賠償請求をすべき理由も合理的に認定しがたいところである上、本件ノートについては、その記載等に疑義があるものの、これが事後的に作成された、事実を捏造したものであるとまでは断ずることはできない。
一般的にセクハラ被害が、セクハラを受けたとされる者の個性や主観に左右される余地があるものというべきことを考慮すると、セクハラ行為が全く存在しなかったことまで証明されているとはいえない本件において、被控訴人が控訴人会社の従業員に対し、控訴人Aからセクハラを受けた旨の話をし、本訴において同趣旨の主張をするなどしても、そのことが控訴人Aに対する不法行為に当たるものとまで認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1247号242頁
- その他特記事項
- 本件は上告されたが取り下げられた。
(注)第1審 2005年3月31日 福岡地裁判決
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
福岡地裁 − 平成16年(ワ)第2165号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2005年03月31日 |
福岡高裁 − 平成17年(ネ)第483号 | 請求棄却、変更、控訴棄却(上告) | 2007年03月23日 |