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京都診断器製造会社事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
京都診断器製造会社事件
事件番号
京都地裁 − 平成17年(ワ)第1841号
当事者
原告個人1名

被告個人1名(代表取締役)(被告)

被告Y株式会社(被告会社)
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年04月26日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告会社は、診断器の開発・製造・販売等を業とする会社で、被告はその代表取締役であり、原告(昭和43年生)は、職業安定所紹介により平成16年5月1日に被告会社に正社員として採用され、社長室主任に任命された女性である。

 被告は、平成16年5月6日、原告に対し「君はセックス要員で雇った。社長とセックスするのが君の仕事だ」などと言い、原告がハローワークの条件に書いていないと抗議すると、「そんなこと書いたら誰もきいひんやろ」と回答した。被告はその後も原告に対し、日常的に「君はセックス要員で雇った」「社長のスケジュール管理とセックス管理が秘書の役目だ」などと言って性交渉を要求した。更に、被告は隙を見つけては、原告の胸、尻、太股などを触ったり、抱きつこうとしたり、自分のズボンを脱ごうとしたりした。

 同年11月、被告は原告と1泊の出張をした際、ホテルにおいて原告を自分の部屋に呼び出し、性交渉を要求し、帰りの新幹線の車内で、酒を飲みながら原告に対し「セックスできないなら最初から君を雇わない」「セックスしないなら社長室を退け」「セックスできないなら用はない」などと言い、性交渉を要求し続けた。これに対し原告が、社長室には他に2人の女性がいるのに、なぜ自分だけセックスしなければいけないのか反論すると、被告は「そのために君を選んだ」「90%仕事で頑張っていると認めても、あと10%、肉体関係がないと君はいらない」「セックスが雇用の条件」などと言った。

 平成17年4月、被告は原告に対し「家内とはもうセックスできない。寂しいので君を求めた」「家内の代わりをするだけだから不倫ではない」「君はセックス担当」「セックスした方が役員、給料も上げる」などと言い、性交渉を要求した。また同年5月、被告は原告に対し「これ(男性性器)大変なことになってるで。手で出してくれ」と言ってズボンを脱ごうとし、止める原告に対し「俺を抱いて」「君は社長室の主任、次は課長、役員だ。ただしセックスが条件だ」などと言って性交渉を迫った。更に同年6月、被告は原告に対しホテルで性交渉をすることを業務命令し、原告がこれを断ると、被告は「俺の寵愛を断ったら君はもう終わりだ。辞めろ」「君を雇ったのは抱きたかったからだ」「仕事はセックスが条件だ。しなかったらもう良い」などと罵倒した。原告は被告の態度がいつもより遙かに強硬だったので恐怖を覚え、翌日欠勤したところ、被告は電話で退職を強要した。その翌日原告が出勤すると、被告は「君は仕事はできない。頭がアホや」「セックスだけ」などと言い、性交渉をしない以上用はないと原告を罵倒・恫喝して強硬に退職を迫った。
 原告は、同年6月23日に被告会社を退職したが、被告のセクハラ行為により退職せざるを得なくなったとして、被告及び被告会社に対し、慰謝料1000万円、3年分の逸失利益1092万円、弁護士費用200万円を請求した。
主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して、630万円及びこれに対する平成17年8月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用はこれを10分し、その7を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告が原告に対しセクハラ行為をしたか

 原告は被告からセクハラ行為を受けたと主張し、被告との会話を録音したテープを提出するところ、この信用性について検討すると、被告の原告に対する性的欲求が次第に大きくなり、だんだんと具体的に性交渉を迫るようになる状況、被告の発言内容と原告の対応、その時々の原告の心情等いずれも具体的で迫真性があり、実際に体験したものでなければ語り得ない内容である上、一貫しており、不自然・不合理な点はうかがわれない。

 被告らは、業務日誌において原告が被告の体調を気遣う旨記載しているなど、原告の供述には信用性がないと主張するが、職場におけるセクハラは、地位的優劣関係を背景に、加害者に対する抗議をすることができない立場にある被害者に対して行われるものであり、原告は被告に相当気遣いをせざるを得ない立場であったといえるから、業務日誌において原告が被告に対して抗議をしていないことをもって、原告の供述の信用性を左右するものではないというべきである。

 原告は被告と1泊の出張に同行しているが、仕事面で認められれば被告がセクハラ行為をしなくなるのではないかとの期待を持っていた一方、宿泊を伴う出張に同行することに対する不安も抱いていたため、弁護士に相談した、いざとなったら同じホテルに宿泊する仕事上の知人に助けを求めようと思っていた等と具体的に述べ、その供述内容は自然であり、被告は原告を力づくで押さえつけるといった強引なことはしていなかったのであるから、原告が、出張先で被告から性交渉を求められても断れば良いとの考えで同行したとしても不合理とはいえない。また、平成17年4月原告は被告と旅館で昼食を取ったが、本件セクハラ行為の継続中であったとはいえ、被告との関係を円滑にしたいとの気持ちで、被告から性交渉を求められても断れば良いとの考えで同行したとしても不合理ではない。

 以上の通り原告の供述には十分な信用性が認められるのに対し、被告の供述は原告の業務日誌の内容と矛盾するなど信用することができない。また、被告は、旅館で原告と食事を取った後、お互いにどちらからともなくいい雰囲気になり肉体関係を持ったなどと述べるが、社長である被告と一従業員であった原告が、それまで特別に好意を寄せ合っていたわけでもないのに、突如いい雰囲気になって肉体関係に至るという経緯自体にわかに首肯し難い上、本件テープの内容と明らかに矛盾する。そして、被告は原告に対し、本件セクハラ行為を業務時間中に行っており、本件セクハラ行為における発言の内容は職務として性交渉を要求するものであって、最終的に、被告との性交渉を原告が拒否したことを理由として退職を強要している。そうすると、被告会社は、その代表取締役である被告の不法行為につき、会社法350条に基づき責任を負うというべきである。

2 原告の損害について

(1)慰謝料

 本件セクハラ行為は、被告会社の代表者であった被告が、その地位と権限を利用して行ったものであり、原告は再就職に苦労した経験もあったことから、正社員として採用された被告会社において働き続けたいという気持ちで仕事で認められるように努力して、入社直後から本件セクハラ行為に耐え続けてきたが、結局被告の性交渉の要求に応じなかったことを理由として退職に追い込まれたものである。本件セクハラ行為における発言は、原告に対し、職務として性交渉を要求する内容であり、原告の人格を全面的に否定するものであって極めて悪質であること、原告の就職直後から退職まで1年2ヶ月にわたって継続的に行われていること、最終的に原告が性交渉を拒否したことを理由として原告に退職を強要したこと等から、卑劣というほかないものである。その他本件に現れた一切の事情に照らすと、原告が被った精神的苦痛を慰謝するためには300万円をもって相当とする。

(2)逸失利益等
 本件のようなセクハラを受けた場合には、自分の能力に自信をなくし、再就職に対する不安を抱いたり、また同じような目に遭うことを心配して再就職に向けた活動を行いにくくなることは容易に想定し得るから、再就職には一般的に再就職に要する期間よりも長期間を要するというべきである。そうすると、原告は被告会社を退職した後少なくとも3ヶ月間は本件セクハラ行為のために就労できなかったものであり、またその後9ヶ月も通常の3分の1以下の就労しかできなかったと認めるのが相当であり、その間の得べかりし給与は本件セクハラ行為と相当因果関係のある損害であるというべきである。よって、被告会社退職時の原告の年収である364万円を基準として、273万円が原告の被った損害である。また、本件セクハラ行為と相当因果関係のある弁護士費用は、57万円を相当と認める。
適用法規・条文
民法709条、会社法350条
収録文献(出典)
その他特記事項