判例データベース
TV局社員ストーカー停職事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- TV局社員ストーカー停職事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成17年(ワ)第19558号
- 当事者
- 原告個人1名
被告X株式会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年04月27日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告は、テレビ放送、放送番組の制作・販売等の事業を行う株式会社であり、原告(昭和41年生)は、平成2年4月、被告に採用され、平成16年6月以降、ソフト事業局情報ライブラリー部で勤務していた者である。
原告は、平成16年8月21日・22日の「愛は地球を救う」の番組制作過程において、ボランティアとして参加していた女子学生A(20歳)と知り合い、同年12月1日、同僚2名と、A及びその友人Bほか1名と共に居酒屋で飲食した。原告は平成17年1月20日、Bを社内見学させた後、共に寿司屋及びパブで飲食した後、突然Bを抱きしめてキスをし、1人暮らしのB宅に今後自分が泊まることを承諾するよう迫った。Bは以後の原告からの連絡を遮断すべくメールアドレスを変更した上で、Aにも変更後の電話番号等を原告に教えないよう頼んだ。原告はBが番号を変更したことを知って憤慨し、Aに対しBの連絡先を教えるよう迫ったが、Aが応じなかったため、電話で恫喝し、母親にも電話した。Bはこうした状況を知り、原告に電話してAへの電話を止めるよう要請したが、原告は激高し、Bにメールを送信したり、Aの自宅へ繰り返し電話をしたりした。このような事態を受け、被害女性らは知合いの社長に相談し、同社長が被告の関連会社の専務に相談したため、被告が上記経緯について知るに至った。
被告は、平成17年2月1日に被害女性らから事情聴取した後、原告と面談し、被害女性らの家族、アルバイト先等への連絡を禁ずるとともに原告の弁明を聴取した。更に同月4日の事情聴取の際には原告は脅しの気持ちがあったことを認め、概ね被害女性らからの聴取内容と同様の弁明をし書面を提出した。被告は同年5月20日付けで原告を懲戒休職処分に付し、更に同年12月1日付けで原告を編成局マーケッティング部に配置転換した。
これに対し原告は、本件は私生活上の事実であり、被告に懲戒権はないこと、これまでの被告の処分に比べて不平等かつ相当性を欠いていること、原告の過去の行為も懲戒事由とする点で二重処罰に当たること、十分な弁明機会が与えられていないこと等から懲戒権の濫用として無効であると主張した。また本件配転命令は原告が本件処分について異議申立及び訴訟提起をしたことに対する報復という不当不純な動機をもってなされたものであり、原告のキャリアを無視した不当なものであって権利の濫用として無効であるとして、配転先で勤務する義務のないことの確認を求めるとともに、原告は処分の掲示によって社会的名誉が侵害され、精神的苦痛が生じたこと、本件配転命令によって精神的苦痛が生じたことを理由として、被告に対し慰謝料200万円、弁護士費用80万円の支払いと謝罪広告の掲示を求めた。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 原告は、番組制作過程で知り合った女子学生らに対し、嫌がっているにもかかわらず性的な言動に及んだ上、同人から接触を拒絶されたにもかかわらず異常な行動を繰り返し、会社の施設を利用し、自分の要求が叶わない場合には何らかの危害を加えることもあり得ることを示唆するかのような強要威迫的言辞を弄し、その家族にまで恐怖心を抱かせ、かつそれが社外の人物にも知れ渡った結果、被告の知るところとなったというのであるから、被告の社会的信用の失墜も招いたことが認められる。成人したばかりの被害女性らにおいて、原告からの執拗な電話やメールによって接触を受け続けた恐怖心が大きなものであったことは想像に難くなく、ボランティアとして知り合った被害女性らに対して上記のような言動をとったことは被告の信用を著しく毀損する行為であるといわざるを得ない。このような原告の言動は、就業規則で規定された服務規律に違反し、「社員としてふさわしくない行為があったとき」「故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとき」に該当するから、本件処分は有効である。
従業員の私生活上の言動であっても、事業活動に直接関連を有するものや企業の社会的評価の毀損をもたらすものは、企業秩序維持のための懲戒の対象となり得るところ、原告の行為は番組の制作過程で知り合った被害女性らに対する行為である点で事業活動に直接関連を有するものと認められるばかりでなく、被告が職務用に貸与したパソコン端末からEメールを送信するなどして強要威迫行為に及び、被害女性ら本人のみならずその家族にも被告の従業員の迷惑行為が知れ渡ったというのであるから、企業の社会的評価の毀損をもたらすものと認められ、私生活上の事実であるから被告は懲戒権がないとの主張は採用できない。
原告は、女性問題を理由とするこれまでの処分に比べて不平等かつ相当性を欠く処分であると主張するところ、本件訴え提起時までの時点で、女性問題を理由とする処分例は譴責処分1件だけである。この件は飲酒の上たまたま通りかかった女性の顔を覗き込んだという軽犯罪法違反の嫌疑があったものの、飲酒の上での1回限りの行為であり、従業員たる地位を利用した言動でもなく、不起訴になった事案であったことが認められる。他方、原告は、(1)平成13年12月、被告の従業員に対する暴行事件を起こし「今後同様の事件を犯したならば辞表を出す覚悟であると記載した誓約書を提出したこと、(2)平成15年3月、社内規程に違反して自家用車で出勤し、違法駐車をして逃亡し、警察の取り調べでも虚偽の弁明をし、今後就業規則違反があったら解雇されても仕方がない旨の始末書を提出したこと、(3)平成15年7月、被告の従業員に対し体当たりするという暴行事件を起こしたことが認められる。
以上を総合すると、原告の言動は、明らかな犯罪行為ではなく、報道等がされたわけではないものの、(1)看板番組の作過程を通じて知り合った女子大学生を被害者とする点、(2)被告の従業員の地位を利用して、マスコミに興味があるという被害女性らに接触を図った点、(3)17歳も年下の拒絶の意思を表明するBに対しキスを強要した点、(4)被害女性らが原告を避けるようになった後に執拗に連絡をとろうとし、脅迫的言辞を弄するEメールを送信し、その家族にまで多大な恐怖心を与えた点、(5)被告からの聴取に対し当初虚偽の弁明をしていた点、(6)過去に繰り返し暴行事件や社内規律違反を犯して誓約書や始末書などを提出していた点などを考慮すれば、本件処分は、他の懲戒休職処分事例と比較して格別不合理な取扱いをしたものとは認められず、何ら平等原則に反するものではないことが明らかである。
原告は、本件処分について、過去の行為についての二重処罰に当たると主張するところ、過去の行状については、本件処分の量刑を判断する際に情状として考慮したに過ぎず、過去の行為を懲戒事由として懲戒処分をしたものではないことは明らかである。また、原告は、本件処分に際して、十分な弁明の機会が与えられていないと主張するが、被告は平成17年2月1日及び4日の2度にわたり原告から事実経過を聴取し、原告から弁明内容について書面を徴した上で、本件処分の内示を行い、組合からの申出により、組合との覚書に基づく懲戒委員会を開いたが、同委員会を終了させることに組合が同意したため、これを終了させて本件処分をするに至ったことが認められるから、被告は、原告に対し、本件処分をするに当たり、十分に弁明の機会を与えていると認められる。以上に述べたところからすれば、本件処分が懲戒権の濫用によるものであるとの原告の主張は理由がないことは明らかである。
使用者は人事権を有しており、個々の配置転換については、それが人事権の濫用にわたらない限りは有効と認めるべきであると解されるところ、被告においては、毎年7月と12月に定期異動が行われていること、本件配転命令は、本件処分による休職期間中に情報ライブラリー部内の担当職務変更が行われ、同部の人員に余剰が生じたこと、報道局の機材担当者が定年退職することに伴い、その後任としてビデオラウンジ業務を担当していた者を充てることとしたため、その後任に原告を充てることとし、これらを上記定期異動の一環として行ったものであること、本件配転命令により原告の勤務地や賃金額に変更はないことが認められるから、人事権の濫用と認める余地はない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報1979号3頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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