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育児休業取得保母解雇救済命令取消請求事件

事件の分類
解雇妊娠・出産・育児休業・介護休業等
事件名
育児休業取得保母解雇救済命令取消請求事件
事件番号
横浜地裁 − 昭和58年(行ウ)第15号
当事者
原告個人1名

被告神奈川県地方労働委員会
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1987年10月29日
判決決定区分
棄却(確定)
事件の概要
 原告は、保育所を経営していた昭和55年8月、その雇用する保母Aから産前産後休業明けの同年9月8日から10月25日まで育児休業取得の申し入れを受け、これを許可したが、その後Aは同年9月8日、主任保母に対し昭和56年3月25日まで育児休業を認めるように原告に伝えることを要求し、更に昭和55年10月8日、内容証明郵便により育児休業期間を昭和56年7月14日まで延長するよう申し出た。原告は、Aの育児休業延長の申請は唐突かつ計画性のないものであること、臨時の代替職員を確保することができないことから、これを許可しなかったところ、Aは不許可のまま育児休業を取得したため、原告は、「勤務成績又は能率が著しく劣り業務に適しない」としてAを解雇した。Aはこの解雇を不当として、原告を相手方として被告に対し、不当労働行為救済の申立てを行った。

 原告の就業規則には、「義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に関する法律」(育児休業法)に基づく申請があった場合に休職を命ずることがある旨規定しているところ、被告は同規定は育児休業法17条の規定に基づき定められたものであり、育児休業の許可に当たって国及び地方公共団体の運営する社会福祉施設等の保母と別異に解釈すべき理由はないとして、原告は育児休業の申請があったときは、臨時的任用が著しく困難であった場合を除き、育児休業を許可するよう努めなければならないとの解釈に立って、本件解雇を不当労働行為として救済を命じるとともに、409万3121円のバックペイを命じた。
 原告は、育児休業を許可するか否かは使用者の自由裁量であるのに、被告は就業規則の解釈を誤った違法があるとして、本件命令の取消しを求めた。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 国及び地方公共団体の運営する社会福祉施設の保母で、その1歳に満たない子を養育するものは、当該子の養育のため、任命権者に対し、育児休業の許可を申請することができ(育児休業法3条1項)、任命権者は、右申請があったときは、同法15条1項に規定する臨時的任用が著しく困難な事情がある場合を除き、育児休業の許可をしなければならない(同法3条2項)。すなわち、国公立の社会福祉施設で働く保母の申請する育児休業については、法は任命権者に対し原則的許可を義務付けているのである。

 一方、私立の社会福祉施設に働く保母については、施設の運営者は育児休業法に規定する育児休業に準じて、保母の育児休業に関し「必要な措置を講ずるよう努めなければならない」とされている(同法17条)。すなわち、私立の社会福祉施設については、国公立の社会福祉施設とは異なり、育児休業の原則的許可を義務付けているわけではなく、育児休業に必要な措置を講ずる努力を義務付けているに過ぎないのである。しかしながら、その努力目標は育児休業法に規定する育児休業制度に準じた措置でなければならないから、臨時的任用が著しく困難な事情がある場合を除いて育児休業の申請を許可する措置が努力目標でなければならないと解するを相当とする。本件就業規則は、育児休業法に基づく申請があった場合に休職を命ずることがある旨規定しているが、同規定は育児休業法17条にいう育児休業に必要な措置を講ずる努力義務に副って制定されたものと認めることができるから、本件就業規則の「休職を命ずることがある」旨の規定も、育児休業法の規定する育児休業制度に準じた制度を採用したものと認めるべきで、単に原告の自由裁量によって育児休業の許否が決せられるものと解することは困難であるといわざるを得ない。したがって、本件命令が、就業規則の規定の趣旨を「育児休業法3条2項に準じて育児休業の申請があったときは、臨時的任用が著しく困難な事情がある場合を除き、育児休業を許可するよう努めなければならない」と解したことは正当であって、何ら違法はない。

 原告は、昭和55年10月以降職業安定所に問い合わせたり、市や社会福祉協議会に問い合わせ、あるいは県作成の臨時職員名簿に基づいて臨時の代替職員を探したこと、労働組合幹部から教えられた諸団体に連絡を取り代替職員を探したが、いずれもこれを確保できなかったことが認められ、臨時の代替職員の確保は決して容易なものではなかったと認めざるを得ない。しかしながら、育児休業を不許可とするには臨時の職員の確保が著しく困難な事情がある場合でなければならないと解すべきところ、原告は当初からAの育児休業に否定的な態度を取り、職業安定所に対し正式に紹介を依頼することを中止するなど、臨時の代替職員の確保に積極的でなかったと認められる上、原告は昭和55年4月2日、BをAの産休代替職員として臨機採用したが、同年10月1日退職した保母Cの後任として正規職員として採用したことが認められる。産休代替職員を臨時職員から正規職員に登用しておきながら、その補充としての臨時職員の採用が困難であることを理由に育児休業の延長を許可しないのは、Aに対して酷であると言わなければならない。
 原告は、Aの育児休業の申請は唐突かつ無計画であり、かような申請は許可されるべきでないと主張する。Aの育児休業の期間について申し出に変遷があるけれども、その理由は、Aの次男の病状に起因したほか、原告の拒否的態度に反発して就業規則に規定する期間を主張したためであると認められ、Aの申請が唐突であるとも無計画であるとも断じ難いところであって、Aの申請の態度の故に育児休業を不許可とすべき理由とはなし得ないものというべきである。以上によれば、本件命令は臨時の代替職員を確保するのに著しい困難があったとは認め難いところであって,本件命令の措辞に必ずしも適切でない点もなしとしないが、結局その結論においてこれを是認することができる。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
判例時報1312号140頁
その他特記事項