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東京派遣添乗員事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
東京派遣添乗員事件
事件番号
東京地裁 - 平成15年(ワ)第11332号(本訴)、東京地裁 - 平成15年(ワ)第17163号(反訴)
当事者
原告(反訴被告) 個人1名

被告(反訴原告) 個人1名A

被告株式会社S
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年01月25日
判決決定区分
(本訴)一部認容・一部棄却(控訴)、(反訴)棄却
事件の概要
 被告会社は、主に旅行ツアーの添乗員の派遣を業とする株式会社であり、原告は被告会社との間で、平成9年3月24日雇用契約を締結した女性であり、平成13年頃からは主にM社の添乗員として派遣されるようになった。被告Aは原告の派遣先であるM社の従業員である。

 平成13年5月18日、原告と被告Aは共に食事をしたが、原告はその際道路やレストランなどで、被告Aは原告の背中や腰に手を回したり、キスをしようとしたり、乳房を触ったりしたほか、「好きだ」「僕のヴィーナス」などと言ったりし、その後被告Aは再三原告に対しメールを送信し、共に食事をしたりしたが、同年6月13日、共に食事をした後被告Aは原告をホテルに連れ込み、全裸になった原告の口の中に性器を入れて射精したと主張した。一方被告Aは、同年6月27日頃から自宅に無言電話が何度もかかるようになり、同年8月27日に上司であるB課長宛て「被告Aと結婚するつもりで付き合っていたが彼が結婚しているとわかりショックを受けた、被告Aの子供を妊娠しているから彼に会いたい、被告Aが女性と抱き合って接吻している場面を何度も目撃している」などを記載した手紙が届けられたことから、これらは原告が行ったことであると主張した。

 平成13年9月被告会社の取締役Eは原告からセクハラの話を聞き、原告と共にB課長らと会い、セクハラの件について話合い、同年11月に原告はM社のセクハラ委員会に申立てを行い、その結果被告Aは懲戒処分に付され他部署に配転された。

 被告会社は、本件セクハラの件が起こる以前から原告が協調性に欠け、旅行者からの苦情や派遣先からの苦情があり、専門職である添乗員としての適格性が著しく欠けていることを理由として、平成14年10月31日をもって原告を解雇した。
 原告は、被告Aのセクハラ行為は不法行為を構成するとし、これにより受けた精神的損害を慰謝するため、被告Aに対し慰謝料500万円を請求するとともに、被告会社に対しては均等法21条2項の指針を実施しないこと等が職場環境配慮義務違反に当たり不法行為を構成するほか、不当解雇も不法行為を構成するとして、慰謝料100万円、派遣業務減少による賃金減額分31万6316円、解雇による減収として125万1800円を請求した(本訴)。一方、被告Aは、原告の一連の行為こそ被告Aに対する不法行為に当たるとして、原告に対し慰謝料500万円を請求した(反訴)。
主文
1 本訴被告会社Sは、本訴原告(反訴被告)に対し、140万1800円及びこれに対する平成15年6月6日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 本訴原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

3 本訴被告(反訴原告)の請求を棄却する。

4 訴訟費用は、本訴については、本訴原告(反訴被告)に生じた費用の4分の1と本訴被告会社に生じた費用を同被告の負担とし、本訴原告(反訴被告)に生じたその余の費用と本訴被告(反訴原告)に生じた費用に生じた費用を本訴原告(反訴被告)の負担とし、反訴については、本訴被告(反訴原告)の負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告Aの原告に対する不法行為の成否

 原告は、平成13年5月18日及び同年6月13日に被告Aから意に反する猥褻行為をされ、仕事上の不利益をおそれて逆らえなかった旨供述しているが、第一に被告Aは原告の添乗業務に直接の影響力を及ぼし得る立場になかったし、実際にも原告は被告Aに対し、独身であると嘘をついたこと等について「貴方のような酷い方に初めてお目にかかりました」「今にバチが当たります」などと文書やメールを送っており、これらの記載からすると、原告が被告Aの機嫌を損ねることを全く気にしていなかったことが窺われ、他方「昔、私のアマデウスだった方へ」等の記載部分からは、原告と被告Aが一時個人的に相当親しい間柄にあったことが推認される。第二に同年6月13日の出来事について、原告と同程度の身長の被告Aが、原告を30分ないし40分街中を引きずってホテルに連れ込み、服を無理矢理脱がせることは、相当強い力を加えねばならず、その場合には原告も相当の傷害を負うはずであり、渋谷の繁華街において、被告Aが口論しながら原告を無理やり歩かせてホテルに連れ込んだという点もにわかに信用し難い。第三に原告は和解交渉のために被告Aと2人きりで会い、その際夜に飲食を伴う食事をしているが、猥褻行為の被害者はそのような状況を忌避するのが通常といえる。以上のほか、被告Aの供述のあらましが不自然なものであるともいえないことを併せ考慮すると、被告Aから意に反する猥褻行為をされた旨の原告の供述は信用することができない。

2 原告の被告Aに対する不法行為の成否

 被告Aは、自宅に原告からの無言電話が何度もかかって来るようになったと供述するが、その裏付けとなる証拠は提出されていないから、被告Aの主張は採用できない。平成13年8月に、M社のB課長宛て「被告Aと結婚するつもりで付き合い、彼の子供を妊娠した」旨記載された手紙、「被告Aが階段で女性と抱き合って接吻している場面を何度も目撃している」旨記載された手紙、「子供と一緒に被告Aを呪いながら死んで行く女がいたことを伝えてください。M社の中で弱い立場の添乗員が悪者の餌食にされていることを遺書に書いて公にする」旨記載された手紙、被告A宛ての「貴方を呪いながら死んでいきます。代々貴方の家系を呪い続けてやる」旨記載された手紙がM社に届いたこと、「早く離婚が成立するように祈ってます」「貴様が死ぬまで永遠に呪い続けてやる。私が受けた苦しみを倍にして貴様に返してやる。会社や近所にも貴様の正体が暴かれる日がきっと来る」旨記載された手紙、赤い液体の付着した藁人形が被告Aの自宅に届いたことが認められる。被告Aは、上記手紙類の差出人はいずれも原告であると主張するが、手紙が届いた時期には原告は添乗中であり、手紙の筆跡と原告の筆跡とは一見すると全く異なるように思われることからすると、上記手紙の差出人が原告であると認定するのは困難といわざるを得ない。

 被告Aは、原告によるセクハラ委員会への申立てや本訴請求が不法行為に該当する旨主張するが、原告の主張及び供述が被告Aのそれと全く異なるものとなっているのは、男女それぞれの立場からの事実の受け止め方の違いや、時間の経過による記憶の変容によるところが大きいとも考えられ、原告が被告Aに対する積極的な害意又は重大な過失によって本訴請求を提起したとまでは認められないから、不法行為は成立しない。

3 被告会社の原告に対する不法行為の成否

 使用者は、労働契約に付随する信義則上の義務として、労働者が業務遂行に関連して、その人格的尊厳を損ない労務の提供に重大な支障を来すような事由が発生することを防ぎ、働きやすい環境を整えるべき一般的義務を負っていると解されるが、その義務の内容は労使間の事情に応じて当然に異なるものであり、男女雇用機会均等法21条2項の事業主が配慮すべき事項の指針は使用者に対する努力義務を定めたものに過ぎないから、指針に策定された事項を実施していないことをもって直ちに職場環境配慮義務違反に当たるとする原告の主張は採用しない。原告は、被告会社がセクハラ委員会への申立てに対する協力を拒否したことが職場環境配慮義務違反に当たると主張するが、原告の主張していたセクハラは、派遣会社M社の社員である被告Aと原告との間において、業務とは直接関係のない場面で起こった出来事に関するものである上、セクハラ委員会は被告会社ではなくM社内に設置された機関であって、被告会社に原告のセクハラ委員会への申立手続きに協力すべき義務があるとしても、それはごく限られた範囲に留まるというべきである。そして、被告会社のE取締役が、2度にわたって原告とともにM社側との話合いに同席したこと、M社からセクハラ委員会の所在地を聞いて原告に伝えたこと、平成14年4、5月頃には同委員会に出席して事情聴取に応じたことが認められ、このほかに被告会社が原告やM社から求められた具体的な協力行為を正当な理由なく拒否したというような事情もないことからすれば、被告会社はその立場からなし得る範囲で原告に協力したものと評価することができ、職場環境配慮義務違反があるとは認められない。

 被告会社は、原告の解雇につい(1)アンケートでの評価が平均値以上でないこと、(2)顧客である各社から、「協調性に欠け大型団体旅行には不向きである」、「原告に不満がある旨のアンケート結果が旅行者から多数寄せられているので原告の派遣を見合わせて欲しい」などのクレームを受けたこと、(3)原告が客に叱られてショックを受けたのでその会社の仕事はしないと述べたので、以後同社の添乗を外したこと、(4)原告が外国ツアーの最中ホテルで足指を骨折したため被告会社に電話で「客を放棄しても帰国する」と怒鳴ったこと、(5)原告は外国ツアーの前日になってキャンセルしたこと(6)平成14年8月に原告はM社の社員が自分に冷たい態度を取ったという理由で、出発前日に添乗に行きたくないと電話し、ファクシミリでM社の仕事は無理、9月のツアーは辞退したい旨被告会社に送信したこと、(7)同年9月の国内ツアーについて、夜中に男性運転手と2人で旅行者を迎えに行かなければならない等事前に聞いていた業務内容と違うと苦情を言い、日当3000円の上乗せで添乗を了承したものの、添乗中に旅行者からクレームが出ていることを伝える文書を支店担当者P宛て送信し、「私は責任をとりかねますので。当然、Pのせいにして逃げます」と記載したこと、同ツアー終了後Pから被告会社宛てに原告の態度についてクレームが寄せられ、EからのPとの話合いの場への呼び出しにもかかわらず出席しなかったことを挙げる。これら被告会社が指摘する原告の勤務態度のうち、(1)は評価が平均値以上でないことをもって解雇事由とすることはできないこと、(2)、(3)の供述は信用できないこと、(4)のような非常事態に直面していたことを考えれば原告の態度は無理もないというべきであること、(5)については、原告は硬膜下血腫を患って手術を受けたことがあるところ、その時と同様の激しいめまいが出発日の数日前から生じていたことからすれば、キャンセルはやむを得ないものであることから、これらを解雇事由とすることはできない。結局問題があると認められるものは、(6)及び(7)のみであり、これらの被告会社に与えた業務上の支障の有無・程度等を考慮すると、本件解雇は客観的に合理的な理由を欠いており、社会通念上相当なものとは認められないから、権利の濫用として無効かつ違法といわざるを得ず、原告に対する不法行為を構成する。

4 損害額

 原告の当初の契約期間は1年間であったが、特段の更新手続きが行われないまま5年半以上が経過しており、本件解雇がなかったならば原告が以後相当期間にわたって被告会社に勤続していた可能性が高いと考えられることからすれば、本件解雇と因果関係のある原告の賃金相当逸失利益は少なくとも原告の主張する125万1800円以上であることが認められる。
 これまで被告会社が本件解雇の理由としてきた内容や、その大半が事実に基づくものとは認められないこと、原告が従事した添乗業務の回数・内容、勤続年数等諸般の事情を考慮すると、本件解雇により原告の被った精神的損害の慰謝料としては15万円が相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例890号42頁
その他特記事項
本件本訴については控訴された。