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バレーボール部顧問退職事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
バレーボール部顧問退職事件
事件番号
平成11年(ワ)第442号
当事者
原告個人1名

被告個人2名 A、B

被告K町、G県
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年06月12日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 原告は、昭和57年4月からG県内の中学校の教諭の地位にあり、平成9年6月当時K町立中学校でバレーボール部の顧問を務めていた者である。一方、当時、被告AはK町立中学校校長、被告Bは町教委教育長の地位にあった者である。

 平成9年5月17日、原告はバレーボール部の指導をしていた際、同校2年生の女子生徒にテーピングを施した(本件テーピング行為)ところ、その母親から担任教諭に対して、(1)医者でもないのに治療できるのか、(2)テーピングを行う場所が下半身の微妙なところであるから、前もって親に知らせて欲しかった、(3)たとえ顧問であっても、男の先生にそのような箇所にテーピングして欲しくなかった旨の苦情が述べられたほか、他の女子生徒の母親から、原告によるセクハラがバレーボール部内で行われている等の苦情が述べられた。原告は保護者らとの話合いの中で、淫らな気持ちはなかったとしてセクハラの疑いを否定し、今後テーピングをしないことを約束したが、同年6月2日、被告Aは町教委から、投書を理由に、原告のセクハラ行為に関する調査・報告を指示されるに至った。更に翌日、被告A及び教頭とバレーボール部に所属する女子生徒の保護者14名との間で会合が持たれ、保護者側から、原告が4名の部員に対し、股間、臀部、胸部にセクハラをしていることなどが訴えられ、(1)原告を顧問から外す、(2)原告をバレーボール部員のいる学級の英語の授業担当から外すことが要求された。被告Aはこれらを受け容れて原告に対し自宅待機を命じた。

 被告Aは一連の経過を取りまとめた報告書を町教委に対し提出したが、町教委、県教委と接触する中で、原告について懲戒免職を含む相当厳しい処分がされる見通しを持ったことから、原告に対しその旨を告げた上で、退職願の提出を促した。同月15日、原告は退職願を提出したところ、県教委は、同月20日、原告に対し本職を免ずる辞令を交付した。
 これに対し、原告は、被告Aが本件テーピング行為について十分な事実関係の調査を行わず、また原告の弁明を聴かず、保護者に対して事実関係の説明をさせる機会を与えなかったこと、被告Aは懲戒免職になると原告を脅し、退職願の提出を強要したこと、原告があたかもセクハラを行ったと誤解を与えるような情報を新聞記者に提供したことを挙げ、被告Aについては民法709条、被告G県については国家賠償法1条又は3条に基づき損害賠償責任を負うと主張し、また、被告Bは教員に対する任免等に関し町教委に対し助言を行う等の権限を有する立場にありながら、事実関係の正確な調査をせず、被告Aの報告書等を鵜呑みにして原告を退職させたほか、原告がわいせつ行為により諭旨免職処分になったとの不適切な情報を提供したとして、被告Bについては民法709条、被告K町については国家賠償法1条に基づき損害賠償責任を負うと主張し、被告らに対し2000万円の慰謝料等を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 被告A及びG県の責任原因

 本件テーピング行為は、喫煙室という密室内で中学校2年生の女子を対象に下半身の着衣の下を通してテーピングを施すというものであり、その方法・態様自体からしていわゆるセクハラ行為であるとの疑惑を抱かれてもやむを得ないものであったことに加え、後日にその保護者から担任教諭に苦情の申入れがされ、他の保護者からもテーピング行為を非難する意見が相次いだことに照らすと、原告の行為が教師として適切さを欠き、その社会的信用を損ねるものであったといわざるを得ない。そして、被告Aが校長として所属職員を監督する立場にあり、町教委・県教委との接触の中から、教育委員会が原告の処分につき相当厳しい意向を有しており、懲戒免職処分がされる可能性があることを知り得ていたことに照らすと、こうした認識に基づいて被告Aが原告に退職願の提出を求めた行為は、被告Aの主張するような一先輩としての助言程度の軽い意味合いのものではなく、懲戒免職処分に伴う不利益を避けるために自主退職を勧告する趣旨のものであったということができる。原告は、これが強要・強制に当たる旨主張するが、被告Aが自主退職を勧めていたとしても、これが強要・強制に当たる違法なものというには到底足りない。

 被告Aが原告に退職を促した行為は、その勧告に従わない場合には実際に懲戒免職処分を受ける可能性があることを示唆されていたのであるから、強制・強要に当たらないとはいえ、原告の意思決定の自由が事実上制約される面があったことは否定できない。そして、こうした勧告は公務員の地位喪失に繋がる重大な措置であるから、勧告に至るまでの過程において、問題となった行為の内容等の諸事情が慎重に考慮されるよう合理的な手続きを履践することが要請されるというべきである。

 本件に即してこれをみると、被告Aはバレーボール部に所属する生徒の保護者らへの対応をする一方で、生徒の母親から寄せられた苦情や保護者との会合における意見の内容を原告にも適宜伝えていたのであるから、原告は自己のいかなる言動が問題視されているのかを十分に認識する機会があったということができる。そして、被告Aは原告に対し、本件テーピング行為に関連して書面の作成・提出を指示することによって事実の確認を行い、原告が自ら署名押印した報告をも添付して報告書を町教委(県教委)に提出しているのであるから、自主退職の勧告に至るまでの閑の調査や弁明の機会の付与に適切さを欠いた点はないというべきである。

2 被告B及び被告K町の責任原因
 原告は、慰謝料の支払原因として、(1)原告の退職願が提出された際、被告Bが何らの事実の正確な調査等をせずにこれを県教委に提出したこと、(2)被告Bはマスコミに原告について免職扱いとの誤った情報を提供したことを主張するが、既に被告Aらによって報告書や質問に対する回答書が作成されており、しかも原告から任意に退職願が提出されている以上、本件テーピング行為につき更に自ら事実関係を調査すべき必要があったとは考え難いから、これを基に県教委に内申をした行為に何らの注意義務違反もない。また、原告が人事上諭旨免職に処されたことは何ら事実に反する点はなく、新聞に掲載された他の部分につき被告Bが誤った情報を提供したことを認めるに足りる証拠もないから、原告の主張は失当である。
適用法規・条文
収録文献(出典)
その他特記事項