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東京化粧品会社セクハラ等報道事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 東京化粧品会社セクハラ等報道事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成13年(ワ)第10621号
- 当事者
- 原告個人1名X、化粧品製造販売会社
被告個人2名Y,Z
被告出版社Q - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年10月15日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告会社は、化粧品の製造販売等を主たる業務とする株式会社であり、原告Aはその代表取締役である。一方被告会社は、書籍の出版等を業とする株式会社であり、被告Yは週刊乙の編集長、被告Zは同誌の記者である。
被告会社は、平成13年5月31号の週刊乙において、「仰天内部告発 化粧品会社甲社長「女子社員満喫生活」というタイトルで、原告らに関する記事及び原告Xの写真などを掲載した(本件記事)。本件記事には、「デートの誘いは断れない」(A)原告Xの昼食の誘いを断った女性従業員が、「社長に誘われたら絶対に行かなければ場目」と女性人事担当役員に叱責された(B)お気に入りの女性従業員が結婚すればお気に入りから外される(C)原告Xが食事の席で「ちょっと太ったんじゃない」と女性従業員の腰に手を回したり、耳元で「キミ可愛いね」と囁く(D)原告Xが毎日女性従業員数名を昼食に連れ出している(E)「X社長女子社員満喫生活」(F)「お気に入りの女性社員のみに好待遇で報いる」「ハーレム生活」「美人社員と日ごとゴージャスなランチ」(G)容貌が良ければ社長面接、配属は秘書課、人事、宣伝等(H)業務に関係がないのに海外出張に同行(I)お気に入りか否かが、当然昇進に直結する(J)お気に入り度を加味したボーナスが出る(K)原告Xが「女は妊娠するとメスになる。メスと母は使い物にならない」と発言(L)女性従業員が妊娠を報告したら、退職願を書くよう原告Xから迫られた(M)ストレスから体調を崩し、ニキビや肌荒れに悩む女性従業員が多い(N)などが記載されていた。
原告らは、本件記事及び広告は、原告Xが社長としての地位を背景として、女性に不快感を催させるような言動を行っているかのように印象づけるとともに、不公平な人事管理を行っているかのように印象づけるものであり、原告X及び原告会社の社会的評価を著しく毀損するものであるとして、被告らは、原告会社に対し各自慰謝料6億5000万円、弁護士費用5000万円、原告Xに対し各自慰謝料2億7000万円、弁護士費用3000万円を支払うよう要求するとともに、全国紙に謝罪広告を掲載するよう要求した。 - 主文
- 1 被告らは、原告会社に対し、各自金110万円並びにこれに対する被告会社及び被告Gについては平成13年6月5日から、被告Hについては同月6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは、原告Aに対し、各自金60万円並びにこれに対する被告会社及び被告Gについては平成13年6月5日から、被告Hについては同月6日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は原告らの負担とする。
5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件記事等の名誉毀損性
本件記事は、社長である原告Aの好みに基づいて女性従業員を不公平に扱い、妊娠したことにより退職を迫られるなど不当な人事管理が行われていることを印象づけるものであり、本件広告は「女子社員満喫生活」という表現を用い、原告会社が女性従業員をそのように不当に取り扱うことを許容する企業であるとの印象を与えるものであるから、本件記事等が原告会社の社会的評価を低下させるものであることは明らかである。
2 本件記事等の公共性及び公益性、真実性ないし真実相当性
事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、その行為には違法性がなく、仮にその証明がないときにも、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定され、また、ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評の域を逸脱したものでない限り、その行為は違法性がなく、仮にその意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である。
私人の財産形成過程は私生活上の事実にすぎず、その財産形成過程が一般に公共の利害に関する事実になるということはできないし、原告Xが社長であるとしても、休日に誰とデートしているかというようなことは、それだけでは公共の利害に関する事実に当たるということはできない。ただ、社内で原告Xが社長としての地位を利用して女性従業員にセクハラまがいの行為を行っており、不公正な人事管理が行われているなどの事実がもし本当に存在するのであれば、そのような原告社内の不当な行為を報道することは、社会の正当な関心事であり、公共の利害に関する事実に当たるということができる。
本件記事は、被告Zが主に執筆し、被告Yが掲載を容認して週刊乙に掲載されたもので、これらを総合すれば、被告らは、本件記事等に記載されている内容を真実であると信じ、これを報道することは市民に対して必要ないし有用な情報を提供することになると考えて、本件記事を掲載したものと認めるのが相当であり、本件記事等は専ら公益を図る目的により掲載されたものということができる。原告らは、本件記事等は公益目的を実現するためのものとはおよそ考え難いと主張するが、週刊誌は学会誌とは異なり、公共の利害に関する事実を報道するとともに、読者に購入してもらうことも目的とする営利出版物であるから、読者の興味を引くためにある程度扇情的な表現を用いることもあり得るのであって、その表現が公正な論評として許されるか否かは別として、本件記事等について、その表現から直ちに公益目的の存在が否定されるものではない。
本件記事のうち、A、C、D、E、L、M、Nは、その摘示事実が重要な部分について真実であることの証明があったものであり、F及び本件広告のうち「化粧品会社X社長「女子社員満喫生活」の論評は、その前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったものであって、「女子社員満喫生活」は揶揄的ではあるが、論評の域を逸脱したものとはいえないから、これらの記載はいずれも違法性を欠くものである。Bについては、元従業員を叱責したとされる女性役員を含め女性従業員が原告Xの昼食の誘いを断ることはよくあることから、この記載が真実であると認めるに足りる証拠はなく、被告Zが取材した相手3人はいずれも中途退職者であること、女性役員から取材していないこと等から、被告らが摘示事実を真実と信じた事について相当の理由があったと認めることはできない。Gについて、原告Xのお気に入りか否かによって昇進やボーナスに影響するとの事実については、いずれも真実と認めることはできないし、被告らが真実と信じたことについて相当の理由があったと認めることもできない。Hについて、被告Zの供述は伝聞であって、信用性を十分に吟味することはできないし、秘書課に配属された女性は短大秘書科を卒業しており、配属理由が適性ではなく容貌であったとまでは認めることができない。また被告Zは人事部に対して取材を申し込んだ形跡もないこと等からすれば、摘示事実を真実と信じたことについて相当の理由があったと認めることはできない。Iについて、パリでの仕入れに経理の女性従業員が同行したことが認められ、旅費の精算は帰国後でもできることからすれば、経理の者を同行させることが合理的とはいい難い。したがって、摘示事実はいずれも真実であったというべきである。Jについて、採用及び配属を顔で決めているとの事実については真実であるとは認められず、被告らが真実と信じたことについて相当な理由があったとも認められない。Kについて、アルバイトから入って、最初のボーナスが90万円、基本給に美人手当がプラスされるなどの事実は、伝聞であって、信用性を十分吟味することはできず、被告Zは裏付けを得る努力をした形跡もないから、被告らがこれを真実と信じたことについて相当な理由があったと認めることはできない。したがって、これらの記載については、違法性及び被告らの故意・過失は否定されない。
3 損害及び謝罪広告
原告会社は化粧品販売を主たる業務とする会社であって、女性に対するブランドイメージが重要な価値を有するものであり、本件記事等によって、その社会的評価に多大な被害を受けたであろうことは想像に難くない。しかし、合計7億円という巨額な損害を主張しておきながら、原告会社代表者は裁判所の決定を無視して正当な理由なく出廷しないなどの訴訟態度を示しており、このことは慰謝料の算定に当たっても考慮するのが相当である。これらを総合考慮すると、本件記事等により原告会社が受けた損害は、500万円を下らないとみることができるが、本件記事等のうち多くの部分については違法性を欠くものであることを考えると、本件記事等のうち違法性及び被告らの故意・過失が否定されない部分による損害は100万円とみるのが相当であり、弁護士費用としては10万円が相当である。
原告Xは大きな社会的評価を有していたところ、本件記事等によってその社会的評価に多大な被害を受けたであろうことは想像に難くない。しかし、合計3億円という巨額な損害を主張しておきながら、裁判所の決定を無視して正当な理由なく出廷しないなどの訴訟態度を示しており、このことは慰謝料算定に当たっても考慮するのが相当である。これらを総合考慮すると、本件記事等全体により原告Xの受けた損害は250万円を下らないとみることができるが、本件記事等のうち多くの部分については違法性を欠くものであることを考えると、損害は50万円、弁護士費用は10万円とみるのが相当であり、原告らの名誉回復のために謝罪広告が必要であるとまでは認められない。 - 適用法規・条文
- 民法709条、723条、民事訴訟法208条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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