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東京化粧品会社セクハラホームページ事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
東京化粧品会社セクハラホームページ事件
事件番号
東京地裁 − 平成14年(ワ)第8603号
当事者
原告個人1名A、化粧品製造販売会社D

被告個人1名
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年07月17日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告会社は、化粧品の輸入及び製造販売等を目的とする株式会社であり、原告Aはその創業者であり、現在も代表取締役を務める者である。一方被告は、インターネット上で閲覧及び書込みが可能な本件ホームページ(以下「HP」)を開設し、これを監理運営する者である。

 平成13年3月から7月までの間、本件HPにおける「化粧」との表題の掲示板(本件掲示板)内の「私がD社を辞めた訳」「D社の苦情」「D社の秘密」と題することが不特定多数の利用者によって書き込まれた。その内容は、概ね原告会社の取扱商品に欠陥があったこと、原告Aの女性に関する性癖や性的な言動を指摘するものであった。

 原告A及び原告会社は、被告に対し、本件発言について削除を命ずる仮処分を申し立てたところ、遅くとも平成14年1月29日までに申立書の副本が被告に送達され、同年3月14日及び5月2日、その削除を命ずる仮処分決定が発せられ、同決定正本が被告に送達された。
 原告らは、本件HPに掲載された発言は、原告Aの人格等を誹謗中傷し、化粧品メーカーとしての原告会社の品位を貶め、名誉及び信用を毀損する違法な発言であること、被告は本件HP上において違法な発言が行われないよう最大限の注意を払うとともに、これが行われた場合には直ちに削除その他の適切な方法により被害の発生及び拡大を防止すべき条理上の義務を負っていたにもかかわらず、その義務を怠り、原告らの名誉及び信用を著しく毀損するとともに、原告会社の売上高の減少をもたらしたこととして、原告会社に対し5億円及び原告Aに対し1億円の損害賠償を請求するとともに、HP上の発言の削除を請求した。
主文
1 被告は、原告会社Dに対し、金300万円及びこれに対する平成14年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告は、原告Aに対し、金100万円及びこれに対する平成14年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は、これを150分し、その149を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 名誉又は信用毀損の成否

 本件発言は、概ね原告Aの女性に関する性癖や性的な言動を指摘するものであり、1カ所を除きその氏名を記載しているわけではないが、摘示対象が原告Aであることは明らかである。そして、その内容は、原告Aが、家政婦として愛人を募集したこと、原告会社の女性従業員と親密な関係になったこと、親密な関係にある女性従業員を要職に就けたこと、女性タレントと親密な関係にあること、セクハラに当たる行動をしていること、博士号を金銭により取得したこと、脅迫的な言辞を用いて週刊誌の取材を止めさせようとしたこと、複数の女子高校生と淫行に及んだことなどをそれぞれ摘示したものと判断される。その上、これらの発言は、「スケベアホオヤジ」「エロジジイ」「セクハラじじい」「アホ社長」「エロ社長」「ハゲ」「デブ」などの侮蔑的な表現が随所に用いられており、原告Aの社会的評価を低下させるものであったということができる。

 また、本件発言は、摘示対象が原告会社であることを明示した上で、原告会社の取扱商品の欠陥や原告Aの女性に関する性癖等について指摘したものであり、原告Aが、女性従業員と親密な関係になったこと、人事を恣意的に行ったこと、取扱商品に欠陥があったこと、政治家等を買収して原告会社の不正を隠蔽したこと、従業員の採用を容姿で差別していること、原告会社の広告に出演している女性タレントが親密な関係にあることなどをそれぞれ摘示したものと判断される。その上、原告会社の取扱商品を使用したことにより身体に障害が生じた事例を具体的に挙げながら当該商品を非難しており、原告会社の社会的評価を著しく低下させるものであったということができる。なお、原告Aの品性に関する摘示が原告会社の社会的評価に影響を及ぼすことはいうまでもなく、しかも原告Aに関する指摘は、主として女性問題や会社経営に関するものであるから、化粧品製造販売を営む原告会社の社会的評価を低下させるものであったということができる。

2 削除義務の存否及び義務違反の有無

 被告は、本件HPの監理責任者としてシステム全般を統御しており、本件HP上に他人の名誉や信用を毀損するような発言が書き込まれた場合には、これを削除することによって、被害の拡大を防ぐことができる立場にあったということができる。そして本件HP上に違法な発言が書き込まれた場合、インターネットが持つ情報伝達の容易性、即時性及び大量性という特徴を反映し、このような発言が一瞬にして極めて広範囲の人々の知り得る状態に置かれることになり、その対象になった者の被害は甚大なものにならざるを得ず、被害の回復も困難になる傾向があることから、被告は、本件HPに他人の名誉や信用を毀損する発言が書き込まれたことを知り、又は知り得た場合には、直ちに当該発言を削除すべき条理上の義務を負っているものというべきである。

 被告は、平成14年1月29日までに原告らの仮処分申立書副本の送達を受け、かつこれらを本件メールマガジン上に掲載したことが認められるから、遅くともこのときまでに本件発言がされたことを知り得たということができ、これらの発言の削除義務を負うに至ったということができる。ところが、被告は、削除義務を負うに至ってから2ヶ月半もの長きにわたり、これらの発言を削除せず、放置していたことになるから、被告が削除義務を履行したということはできず、原告らに対する不法行為に基づく損害賠償責任を免れない。

3 損害の発生の有無及びその数額

 原告Aは、著名な化粧品製造販売業者である原告会社の創業者で代表取締役を務めており、かつ、社会的にも著名な人物であったと認めることができるところ、本件発言が長期間にわたって放置され、不特定多数の者が閲覧できる状態が継続していたことを考慮すると、これが放置されたことによる原告の社会的評価の低下の程度は小さいものではないというべきであり、本件発言によって原告Aが受けた名誉毀損による損害は100万円の慰謝料をもって填補されるべきである。

 原告会社は、全国的規模の化粧品製造販売会社と認められるところ、本件発言の内容は原告会社の社会的評価を著しく低下させるものであり、更にこれらの発言は長期間にわたり放置されていたこと、HPの前記のような性質を併せ考慮すると、本件発言が放置されたことによる原告会社の社会的評価の低下の程度は大きいと考えられ、本件発言の放置によって原告会社が受けた名誉及び信用毀損による損害額は300万円をもって相当と認める。

4 削除請求の可否
 名誉又は信用を違法に侵害された者は、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるが、本件においては、そもそもHP内に本件発言と同一の発言が現に存在することを認めるに足りる証拠はないから、原告らは名誉毀損侵害に基づく削除請求をすることはできない。
適用法規・条文
民法709条、710条
収録文献(出典)
その他特記事項