判例データベース
大学講師整理解雇事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 大学講師整理解雇事件
- 事件番号
- 青森地裁弘前支部 - 平成14年(ワ)第9号
- 当事者
- 原告個人1名
被告学校法人 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年03月18日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告は、平成7年4月、被告が経営するF大学の専任講師として採用された者である。
原告は、女性助教授Nと共同指導者であるのに、Nのみが指導を行っているように考えて立腹し、Nに対し、平成12年4月、意思の疎通ができないから卒論の指導をするつもりはない旨の文書を出した(事例1)。原告は女子学生Bに対し好意を抱き、市内での就職を勧めたところBから就職先を見つけるよう詰め寄られ、返答に窮して泣き出した(事例2)。原告は同年12月、女子学生Cに対し、演習発表者であるのに無断で欠席したため、正月休みにレジュメ10枚の作成を命じた(事例)。原告は同年3月「99年度基礎演習研究報告集」を作成し、その中で学生の実名を挙げて「積極的に参加しない人」「謎の人」などと批評した上で、不特定多数の人に配布し、学科長の回収指示にも従わなかった(事例4)。原告は同年4月の新入生オリエンテーションの席上で「女子は私との相性占いをしてください」と発言した(事例5)。原告は同月、卒論執筆予定者に対する合同指導の席上で、学生の発表に対し、「茶番」と発言した(事例6)。原告は同年3月、Nに対し「今日から私は先生の奴隷になります。ポチと呼んでください」と発言した(事例7)。原告は同月、Nに対し「私の自宅が先生にばれてしまいました。夜這いなんかかけないでください」と発言した(事例8)。原告は同月の卒業式当日、卒業生にはなむけの言葉を贈る際、「私はNからセクハラを受けている。殴る蹴るの乱暴を受けている」旨発言した(事例9)。原告は同年4月Nに対し「だんなさんと別れて結婚して」と発言した(事例10)。原告は平成8年5月、Nに対し、東京の学会に出席した際ブルセラショップで女子高校生の制服を買ったと発言した(事例11)。原告は平成12年10月、Nに対しソープランドに行ったことやその感想について発言した(事例)。
被告は、財政赤字が大きく、今後もその状況が継続することが予想されることから人員整理が必要であるところ、原告が文学部教員の中で最若年であり、扶養家族もないとして退職勧奨したが、原告がこれを拒否したことから、原告が女子学生に対する恋愛感情を明らかにしたり、休日等に演習を受講している女子学生に対し研究室で個別指導を受けるよう要求したり、同僚・学生に対し粗暴な発言や不適切な発言をする等教員として適格性に欠けるとして、平成13年4月16日、原告を整理解雇した。
これに対し原告は、本件解雇が解雇権の濫用で無効であるとして、雇用契約上の地位にあることの確認と、慰謝料1000万円、未払い賃金等合計1546万5355円を請求した。 - 主文
- 1 原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。
2 被告は、原告に対し、626万8535円及びこれに対する平成14年2月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、平成14年2月から毎月21日限り36万5000円を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は、これを5分し、その1を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
6 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 整理解雇について
整理解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる。整理解雇は、専ら経営上の理由によるものであり、労働者の責に帰することができないものであるから、整理解雇が解雇権の濫用にならないためには、(1)人員整理の必要性、(2)解雇回避努力義務の履践、(3)被解雇者選定の合理性、(4)整理解雇手続の妥当性の各要素を検討し、これらの諸要素を総合的に検討する必要がある。
被告は、平成15年4月採用予定の高校教員を募集し、同月から大学院を開放したことが認められること、本件解雇に当たり希望退職者の募集や教員全員に対する退職勧奨の手続きを踏んでいないこと、原告が文学部教員のうち最若年で扶養家族がなく、平成9年9月から神経症を罹患しており、現在も精神神経科に通院していること、常任理事会において、原告が教員としての適格性に欠けることから原告に自主退職を勧告し、これに応じなかった原告を整理解雇したことが認められる。以上によれば、被告は、原告に教員としての適格性がないと考えて解雇するに至ったのであって、未だ原告が若く、適格性を理由とする解雇により原告が受けるであろう影響等を考慮して、「整理解雇」の形式をとろうとしたにすぎないことは明らかであり、本件解雇時に人員整理を行うべき高度の必要性があったものとは到底認められないし、解雇回避努力がほとんどされていないことからしても、被解雇者選定の合理性や解雇手続の妥当性について考慮するまでもなく、整理解雇に合理的な理由があったものと認めることはできない。
2 通常解雇について
事例1について、原告がこれにより学生に対する一切の卒論指導を放棄したものとまでは認められないが、Nとの関係で、その具体的な事情を確認することもないまま、Aに対して指導を拒否するような言動を行ったことはいささか不適切であったと言わざるを得ない。事例について、原告が学生に対して恋愛感情を有すること自体を非難することはできないとしても、大学教員という立場上、学生の教育の障害にならないよう十分配慮して対応すべきであると考えられる。この観点からすると、他の学生が同席する中でBに感情を吐露し、その結果、卒論の面接指導において特別の措置を講ぜざるを得ない状況をもたらしたことは、いささか不適切であったと言わざるを得ない。しかしながら、原告はBの前で泣き出したものの、Bにそれほどの精神的負担を与えたとは思われないし、結果的にBの就学機会が奪われたり、大きく制約されたりする事態を招来することはなかった。事例3について、原告は、学生に対する指導の一環とはいえ、結果的に休日や年末に研究室において原告と2人きりでレジュメを作成しなければ単位を取得できないような状態にCを置こうとしたものであり、このような原告の行為は、セクシャル・ハラスメントに該当する不適切なものであったと言わざるを得ない。事例事例4について、報告書の全ての部分が不適切であったとまでは思われないが、学生の実名を挙げた上で、人物そのものの評価に関する記載をしている点については、不適切であったといわざるを得ないし、報告書が不特定多数の者に公表されるものであることも考慮すれば、学生に与える影響も小さくはなかったと思われる。事例5について、この発言はすぐに冗談とわかる程度のものであり、不謹慎な発言であるかどうかはともかくとしても、特にこれにより学生に何らかの影響を与えるものとは考えられない。事例6について、このような発言をすることはいささか不適切であったと言わざるを得ない。事例7、8について、いずれも不適切なものであったと言わざるを得ないが、冗談とすぐにわかる程度のものであり、このような発言がNに対してそれほど大きな影響を与えるものとも考え難い。事例9について、卒業式における発言としては不適切であったと言わざるを得ないが、冗談とすぐに分かる程度のもであって、Nや学生らにそれほど大きな影響を与えるものとも考え難い。事例10について、既婚者であるNに対する発言としては不適切なものであったと言わざるを得ないが、原告がすぐに陳謝し、Nもこれを了解しているのであるから、Nにそれほど大きな影響を与えるものとも考え難い。事例11について、女性教員であるNに対しこのような話をすることは、セクハラに該当する不適切な言動と言わざるを得ないが、これは本件解雇より5年も前の話であること、その後原告とNの関係がおかしくなったという事情も認められないので、この発言がNにそれほど大きな影響を与えたものとも考え難い。事例12について、原告は女性であるNに対し、性交渉の話やその感想を述べているのであって、このような言動は、セクハラに該当する不適切なものであったと言わざるを得ないが、原告が最若年の講師であるのに対し、Nが助教授の地位にあることからすれば、原告の言動がセクハラに該当するとはいえ、Nにそれほど大きな影響を与えるものとも考え難い。
以上の事実によれば、原告には大学講師の行動としては不適切と言わざるを得ない個々具体的な事実が認められ、大学講師としての適格性にやや問題があることは否定できないが、学生に対する関係で問題になる事例に関しては、学生にそれほど大きな影響を与えたとも思われず、被告の職務遂行に支障をきたすものであったとまで認めることはできない。また、Nに対する関係で問題となる事例に関しては、ほとんど冗談とすぐに分かる程度のものであるし、被告の職務遂行に支障をきたすものであったとまでは認めることができないが、事例11、12は明らかにセクハラに該当するものであるし、原告が何度か注意を受けながらNに対する不適切な言動がなかなか改まらないことからすれば、原告の大学講師としての適格性を疑わしめるものである。しかし原告は上司である学科長の注意や指導に一応応じていると認められる面もあることからすれば、今後も原告のこのような不適切な言動が改まる可能性が少ないと見ることもできない。そして、原告の職場は大学であり、他の業種と比較してみても、個々人の裁量等の幅が広く認められており、必ずしも他人と協調することのみが要求される職場でもないと考えられることをも考慮すれば、本件のような言動をもって、現時点で、原告が大学講師としての適格性を欠いているとまでいうことはできない。以上によれば、本件解雇は通常解雇としても解雇権を濫用したものと言わざるを得ず、無効と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、810条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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