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高専体育教師事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
高専体育教師事件
事件番号
鳥取地裁 - 平成14年(ワ)第201号
当事者
原告個人1名

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年04月20日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 原告(昭和28年生)は、昭和63年4月以降、国立Y高専において体育の教官として勤務し、平成3年1月に助教授に昇格した者である。

 Y高専は、学生1000名中200名が女子学生であることから、セクハラ防止については特に留意し、平成11年4月に学生相談室を発足させ、「文部省におけるセクシャルハラスメントの防止等に関する規程」を受けて、校長は教官会議においてセクハラ防止の意義を説明し、セクハラ防止の講演会を実施し、更に平成12年4月、セクハラ防止に関する規則を制定し、教官のセクハラ防止に関する意識の向上に努めてきた。

 平成13年4月、学生相談室に、女子学生Aから原告について、(1)1年生の水泳の時間、開脚しての柔軟テストに際して、両手首を掴んで後から身体全体を密着して押してきた、(2)水泳の授業を見学していた際、急に「お姫様抱っこ」で抱きかかえられてプールに落とされそうになった、(3)水泳の授業に当たり、事前に生理中で見学する旨連絡しておいたにもかかわらず、授業開始後に、男子学生も含むクラス全員の前で見学理由を再度聞かれ、生理中と応えたところ、何日目かと聞かれ答えさせられた、(4)体育の授業で女子学生が立位体前屈をする際、いつも体操服のV首部分から胸や下着が見える位置に立つ、(5)授業以外のときに携帯電話の番号を聞かれた、(6)廊下で話しながら歩いていた際、突然後から抱きついてきた、(7)4年生の球技大会の時、見学していたところ、急に手を掴み「ここにキスをしろ」と頬を指して言った、という投書がなされた。また、女子学生Bからは、(1)2年生の時友人がY高専を退学して以降、原告は女子学生らを研究室に呼んでプライベートな質問を繰り返しするようになり、Bが悪いことをしたことも知っており、Bも退学させるなどと脅迫的なことを言われた、(2)体育の授業の際、2、3人の女子学生が、強制的に性教育用ビデオを見せられ、男性関係について深く質問された、との投書がなされた。

 校長は、原告のセクハラ行為が女子学生の間で深刻な問題になっているとの報告を受け、原告の授業担当の変更を指示するとともに、セクハラ委員会を設置し、平成13年5月から同委員会を開催して当事者からのヒアリング等の調査を行った。その結果、原告がAに廊下で抱きついた件及びキスを強要した件については、セクハラと疑われる事実であると認定し、同年9月18日付けで校長から原告に対し、口頭で厳重注意処分を行った。
 これに対し原告は、セクハラと評価される言動はなかったとした上で、教官会議において校長が原告によるセクハラ行為の存在を断定する内容の虚偽の事実を報告したこと、本件が掲載された新聞記事により原告の社会的評価が著しく低下して名誉が毀損されたところ、これは校長が、本件教官会議で事実と異なる処分理由を報告したこと及び新聞社の取材に対し事実と異なる処分理由を説明したことに起因すること、本件全校集会において校長が「事実関係はセクハラ報道のとおり」と報告し、原告にセクハラ行為があった旨断定する虚偽の事実を報告したことにより、原告の名誉を毀損したなどと主張し、被告に対し、慰謝料750万円の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件厳重注意処分の手続きの違法・不当性

 本件厳重注意処分は、公務員の服務義務違反の程度が懲戒処分をもって臨むまでに至らないものについて、なおかつ公務員秩序を維持する観点から講じられる矯正措置の一つであり、懲戒処分のように処分自体により直接効果が付与されるものではなく、原告が主張するように懲戒処分である「戒告」に限りなく近い処分であるとはいえない

 校長は、ヒアリングの冒頭に、セクハラ委員会の設置等を原告に説明していること、A、Bの投書を朗読したこと、本件投書に記載された事柄からして、投書した学生の自由な意思による発言を得るためには原告を同席させずに学生からヒアリングを実施する必要があったことなどからすれば、原告がセクハラ被害の具体的内容の告知を受けないまま弁明・反論を求められたというような事情は窺えず、むしろ、本件投書に関する原告の弁明・反論の機会は十分与えられていたものといえ、本件厳重注意処分の手続きは適法になされたと認めることができる。

2 本件厳重注意処分の処分理由の違法・不当性

 原告は、セクハラ行為を否定するが、他の教官が原告に対し厳しい処分が妥当であるとするのに対し、校長はむしろ原告の処分に消極的であったのであるから、校長が説明されてもいない虚偽の事実を記載しなければならないような事情は窺われず、その記載内容は信用することができ、原告がAの両肩に手を置き、背後から体を密着させるような行為をしたと認めることができる。また、原告がAにキスを求めた事実が認められるが、投書に記載された「いきなり手を掴んでキスを強要した」という状況とは様相を異にするといわざるを得ない。原告は、本件厳重注意処分の理由が「セクハラとして疑われた事実が残る」ことであることについて、「セクハラ事実は認定できないが、投書があった以上責任を取れ」ということと同義であるとして、その違法性を主張するが、これは疑いがあることを理由として処分したものではなく、投書の事実の一部を認める一方で、これを全て認めることができず、認定できた事実を前提に、セクハラと評価されるおそれのある事実があったと判断して、本件厳重注意処分を選択したことが認められる。そして、廊下で抱きついた件及びキスを強要した件については、上記の限度で事実を認定することができ、これによると、原告は特定の女子学生に対し、不必要に身体を接触しようとし、その結果、女子学生に不快な思いをさせ、少なくともセクハラと評価されるおそれのある事実があったと認めることができる。

 更に、Y高専においてもセクハラ防止に努めてきた状況や、上記認定された事実のほか、原告には柔軟体操の補助や生理の詳細を聞いた件が存すること、平成9年に口頭注意処分歴を有していることを併せ考えると、校長が原告に対し、その職務履行の改善向上に資する矯正措置として「口頭厳重注意」である本件厳重注意処分をなしたことは、必要性、相当性を満たすものであり、適法であったものと認められる。

3 本件教官会議における校長の発言の違法性

 原告は、本件教官会議において、校長が原告のセクハラ行為を断定する発言をしたと主張するところ、たしかに本件厳重注意処分に関する話題に引き続き、セクハラとわいせつ行為の違いについて言及していることから、原告がセクハラ行為をしたと誤解させる可能性もないではないが、校長は原告が意識的にしたのでないことについて明言し、かつセクハラは相手が嫌がる行為を「意識して」繰り返し行うものである旨説明しているのであるから、通常の注意力をもってすれば、校長の発言によって、原告がセクハラ行為をしたと印象づけられるものではないというべきである。

4 本件新聞記事に関する校長の対応の違法性

原告は、本件新聞記事が掲載されたのは、校長が本件教官会議で事実と異なる処分理由を報告したこと及び新聞社の取材に対し、事実と異なる処分理由を説明したことによると主張する。平成14年5月8日付けのN新聞に本件記事が掲載されたのは、本件教官会議における校長談話の原稿の写しが新聞社に投書されたことをきっかけとするものではあるが、校長の本件教官会議における発言前後の経緯について違法とはいえないことは上記の通りであり、校長が記者の取材に対して、事実と異なる処分理由を説明したとも認められないから、本件記事の掲載に関して、校長が何らかの責任を負うものではない。

5 本件全校集会における校長の発言の違法性

原告は、校長が全校集会において「事実関係はセクハラ報道のとおり」と報告して、原告にセクハラ行為があった旨断定したと主張するが、保護者に対する説明文等において「セクハラ行為と断定する確実な根拠は得られなかった」などとされているにもかかわらず、校長が「事実関係はセクハラ報道のとおり」などと発言する必然性は全くなく、その他校長が本件全校集会において原告の社会的評価を低下させるような何らかの言動をしたとは認められないから、本件全校集会における校長の発言が違法であるとはいえない。
以上のとおり、原告が主張する校長による各不法行為はいずれも認められず、校長の不法行為を前提にした慰謝料請求には理由がない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
その他特記事項