判例データベース
N大学医学部講師戒告事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- N大学医学部講師戒告事件
- 事件番号
- 名古屋地裁 - 平成14年(行ウ)第26号
- 当事者
- 原告個人1名
被告N大学総長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年02月09日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 原告は、N大学大学院医学研究科講師を務める男性で、女性院生Aの指導に当たっていた者である。
平成11年11月10日、原告はAと米国の学会の後合流し、サンフランシスコのホテルで共に飲酒し、Aを抱き、ダンスをし、キスをするなどした。同年12月、原告はAに対し差出人名不記で「僕の友人が君を愛している。たまにキスをしてやってくれたら喜ぶ」などと性的関心を露骨に表現した英文のメールを送り、これと前後して差出人名不記のクリスマスカードを送った。同月16日、Aは原告の夕食の誘いを受け、上記のメールやカードについて夫が怒っていることを伝えたところ、原告は自分が差出人であることを認め、謝罪し、その後原告からの性的アプローチはなくなった。
原告は、Aが他の医師に対して、原告が学会発表予定の実験の抄録を捏造している趣旨の発言をしていることを知り、平成12年3月中旬、Aを呼び出し叱責した。Aはこれ以降、原告の下で移植に関する研究を続けることが困難と考え、その後の出産休暇後、教授の示唆も受けて、同年9月頃、別の助教授の下で研究を再開した。
被告大学は、審査評議会委員会において原告のAに対する言動に関する事実調査を行い、原告がホテルにおいて飲酒の上Aを抱き、ダンスをし、キスをしたこと(処分理由1)、原告がAに対しクリスマスカードとメールを送ったこと(処分理由2)、1、2の原告の行為により原告とAとの信頼関係は失われ、Aは原告からの叱責を受けて原告の下での研究生活に耐えられなくなったこと(処分理由3)の事実を認定し、平成13年2月20日、原告を戒告処分に付した。
これに対し原告は、同年3月31日、本件処分は、(1)代理人の出席を認めなかったこと、(2)参考人からの聴取をしなかったこと、(3)審理不尽であることなどの違法があるとして、人事院に対し審査請求を申し立てたが、人事院は平成14年4月26日付けで、本件処分を承認する旨の判定をした。そこで原告は、本件戒告処分の取消しを求めて提訴した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件処分に事実誤認があるか
平成11年11月10日以前において、Aは原告に対し、大学院生の指導教官に対する一般的な言動、態度を超えて、特別な好意又は異性に対する関心の現れと認められるような言動、態度を格別示していたとは認められない。また同月11日以降、Aが原告との親密さを深める積極的な行動をとったという事実も特段認められないし、差出人名不記のメールやクリスマスカードについて、Aはむしろ原告に対して不快感を覚えたり、原告がAに性的関心を抱いていると感じて困惑した事実を認めることができる。以上のほか、Aがキャンバスセクハラネットワークの代表者に原告の言動に対する対処方法を相談していたこと等を併せ考慮すれば、Aが原告に対して異性としての関心や特別な好意を寄せていたと認めることはできず、まして恋愛感情を抱いていたなどとは到底認めることができない。
原告は、Aは差出人が原告であることを当初から承知しており、知人に「嬉しい戸惑い」の感情を示すなどしていたと主張するが、Aは原告に対し特別な好意を寄せたり、恋愛感情を抱いていたと認めることはできないから、原告の主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。
Aは、原告がダンスに誘い、腰に手を回し、キスをした際、不快感を感じたこと、原告からのメールやクリスマスカードによってますます不快感を募らせたこと、キャンバスセクハラネットワークの代表者に対し窮状を訴えたことなどに照らせば、原告の性的関心に基づくような言動によって、原告に対し次第に嫌悪感、不信感を募らせていったと認めることができる。しかし、原告のAに対する性的アプローチは、平成11年12月16日の食事の際にAが異性としての言動を差し控えるよう申し入れた以降、一切されておらず、原告とAとの関係が破綻していたと認めるに足りる証拠はない。したがって、処分理由1や2の行為が、原告とAとの信頼関係が失われたことの原因となり、これによりAが学習権を侵害され、精神的被害及び研究上の被害を受けたとした本件処分の認定には事実誤認があるといわざるを得ない。
しかしながら、公務員につき、国家公務員法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されていると解すべきであり、懲戒権者がその裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないというべきである。本件についてみるに、原告は指導教官としてAを指導、教育する立場にある者であること、処分理由1及び2の行為は、Aの意思に反する性的な言動であって、セクシャル・ハラスメントに当たることは明らかであること、本件処分は戒告であり懲戒処分の中では最も軽いものであることなどに照らせば、原告が平成11年12月16日以降Aに対する性的なアプローチをやめており、処分事由3の事実があったとは認められないことを考慮してもなお、本件処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと認めることはできない。
2 本件処分には手続き上の違法があるか
審査規程3条3項は「委員会は、必要があると認めるときは、審査を受ける者又は代理人の出頭を求めて調査を行うことができる」と規定しているが、同項は審査評議会委員会の権限を定めた規定と解するのが相当であり、審査対象者に対し、代理人を同席させる権利を保障する規定と解することはできない。したがって、同委員会が代理人の出席を認めないという取扱いをしたところで、同項に反することにはならない。
原告は請求した参考人から事情聴取をしなかったことが違法である旨主張するが、原告は陳述の日に参考人を同行するか、参考人の陳述書を提出する機会があることを認識し得たにもかかわらず、陳述書の提出又は参考人の同行をしなかったものであって、原告の主張は採用できない。
「セクシャル・ハラスメントの防止・対策等に関する規程」によって、専門委員会はセクハラに起因する苦情の申立てに係る事実関係の調査を専門的に検討する旨規定されており、事実関係の調査は専ら本件専門委員会に委ねられていたというべきであって、委員らが当初から先入観を持ってずさんな調査をしたと認めるに足りる証拠もない。したがって、本件処分には審理不尽の違法があり、憲法31条及び憲法37条の趣旨に反し、国家公務員法74条1項に反する旨の原告の主張は理由がない。
国家公務員法89条1項は、懲戒処分等を行おうとする者は、その職員に対し処分事由を記載した説明書を交付しなければならない旨規定しているところ、処分説明書には、少なくとも処分の根拠となる法条及びこれに該当する非違行為の記載を要することはいうまでもなく、非違行為は、行為主体、行為の時期、態様及び方法等を記載して明示されるべきであり、その記載の程度は、できる限り非違行為の存在したことを客観的に保証するに足りるものであって、懲戒権者の選択した処分の種類及び程度を合理的に理由づけるものであれば足りると解するのが相当である。本件処分の処分説明書は、ホテルでの出来事に関し、「原告とAはサンフランシスコで合流して、平成11年11月10日ホテルニッコーに宿泊し、同ホテル内で夕食後飲酒し、原告はAを抱き、ダンスをし、キスをした。原告の行為はAの意思に反したものであり、Aに不快感を与えた。」と記載されているところ、その記載内容に照らせば、非違行為の存在したことを客観的に保証するに足りるものであって、懲戒権者である総長が選択した処分の種類及び程度を合理的に理由づける程度の記載であると認めることができる。したがって、総長のした事実認定には不備があり、国家公務員法74条1項に反する旨の原告の主張は採用することができない。 - 適用法規・条文
- 国家公務員法89条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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