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N大学文学部助教授等停職処分事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- N大学文学部助教授等停職処分事件
- 事件番号
- 名古屋地裁 - 平成15年(行ウ)第45号
- 当事者
- 原告個人1名
被告N大学 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年03月09日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 原告は、平成8年4月当時、N大学文学部助教授の地位にあり、女子学生Aを指導していた。平成8年6月、Aがてんかんの発作を起こしたため、原告は他の学生らと共に救急車に乗り、病院に同行した。同月下旬、Aが再び意識喪失を伴うてんかん発作を起こしたため、原告はAを研究室に運び込み、1人で介抱し、精神疾患に関する専門家である教授Fの助言を受けてAを帰宅させた。同年7月下旬、Aがお礼に研究室を訪れた際、原告はAを昼食に誘い、その後一緒にドライブし、その後2人はしばしば会うようになった。同年8月以降、Aはほぼ連日原告の研究室を訪れるようになったところ、原告はAに対し(1)教員と学生との間で性的関係を持つことは絶対に避けたい、(2)Aの指導を強く希望するなどと繰り返し告げたが、その言葉とは裏腹に、Aの個人的事情や過去の性的関係について聞いたり、Aの肩を抱いたり、胸を触るなどの行為を繰り返し、その頃には、Aは原告に対し次第に思慕を募らせるようになっていた。
同年8月28日、原告がAをアパートに送った際、Aがヒステリー様の発作を起こしたため、翌日原告はFに対し今後の対処方法について相談したところ、Fは精神医学の専門家による継続的治療に委ねるのが相当であり、社会的資源を活用するよう助言した。これを受けて原告はG助教授に相談し、Gはカウンセリングを受けるよう勧めたが、Aはこれを拒否した。同年9月15日、てんかんの発作を起こしたAを介抱し、アパートに送った原告は、Aと性的接触を伴う行為をし、同月17日にはAと初めて性交渉をするに至り、その後原告とAは平成9年3月初旬頃まで継続的に性交渉を持った
同年2月、Aは妊娠したことを原告に伝えたが、同月下旬妊娠中絶手術を受けた。原告はAの父親と面談した後、Aに対し今後性的関係は持たないことなどを記載した手紙を送ったが、その後も同年秋頃までの間、Aを抱いたり、キスをしたり、衣服を脱がせるなどの行為を継続した。Aは平成10年3月に大学院に進学し、大学院生と婚姻したが、婚姻後も原告はAに性的接触行為をするようになり、同年9月にAが原告の研究室を訪れ原告をなじったところ、原告は恨み言を連ねるAの態度に立腹し、「殺してやる」と言って、Aの首を絞めた。その後原告とAはメールの交換などを行っていたところ、平成12年3月下旬、Aから告発を示唆された原告は、「これは殺し合いの局面なんだ。僕の首を飛ばしたら、あなたの1番大事な人を殺してやる」などと言い、Aの弟の名を挙げた。その後Aは、原告との接触を危惧するなどの理由で、同年8月から休学し、セクシャル・ハラスメント苦情処理申立を行った。
Aの申立を受けて設置された専門委員会は、A、原告及び証人から事情聴取を行い、大学としては評議会等を経て、平成13年3月27日付けで、原告を6ヶ月間の停職とする懲戒処分を行った。これに対し原告は、本件処分は事実誤認、適正手続き違反等の違法事由があるとして、懲戒処分の取消を求めた。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 問責事項について
平成8年8月29日、原告がFに相談した際、FはAについて精神医学の専門家による継続的治療に委ねるのが妥当であること及び大学内外の社会的資源の活用を助言したものと認められ、その際、Fは原告がAに関する問題を単独で背負い込むのは大変であろうと配慮したことから、原告に対し、上記の助言をしたと認めることができる。したがって、Fは原告が異性教官であるが故に、Aに関する問題に対処することが好ましくないと考え、上記助言に及んだとは認め難く、問責事項のうち、原告が「異性教官が対応すべきでないとの注意を受けた」との事実認定には誤認があるといわざるを得ない。
原告は、同年9月15日、Aと性的接触を伴う行為をしたことを皮切りに、平成9年3月初旬頃まで性交渉を継続したと認められる。原告は、Aが意識喪失を伴うてんかん発作やヒステリー様の発作を起こすことを目の当たりにしており、Aについて、心的、精神的な病的状態にあり加療が必要であることを十分認識していたとは認められる。しかしながら、Aは次第に原告に対する恋愛感情を持つに至り、それに基づいて原告と性交渉に及んだものと認められ、原告がAとの性交渉を持つについて、Aの心的、精神的混乱を利用したとまでは評価できないし、原告に利用の意思まであったと認めることもできない。したがって、原告が「Aさんの発作による心的、精神的混乱に乗じ、性交渉に至る関係を結んだ」との問責事項の事実認定には事実誤認があるといわざるを得ない。
原告は、平成9年3月にAが妊娠中絶を受けた直後から、Aから離反するような行動に出たが、その反面、Aに対する性的接触を伴う行為を継続的にし続けたものと認められ、Aはかかる原告の言動により、一層翻弄され、精神的に極めて不安定な状態に陥ったものと推認できる。このようなAの精神状態に照らせば、原告から暴行及び脅迫行為を受け、多大な恐怖感等を覚えたAの精神状態はますます不安定になり、大学院を休学するに至ったと認められるから、問責事項の事実認定に事実誤認があるとは認められない。
2 本件処分の適否
公務員について、国家公務員法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであり、懲戒権者がその裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められない限り、違法とならないというべきである。
これを本件について検討するに、原告は既婚者であり、既婚者が配偶者以外の者と性的関係を持つこと自体不貞行為として社会通念上一定の否定的評価を受けるものといわざるを得ない。また、原告とAとは指導教官と学生という上下関係にあったのであり、そのような関係の下で性的関係を持つことについては、指導する側にある者としては、単なる不貞行為以上に否定的評価を受けるものというべきである。しかも、当時Aがてんかんやヒステリー症状を発症するなどして精神的に不安定な状態にあったばかりか、原告はFから男性精神科医が女性患者への対応で苦労した事例等を聞いており、通常の精神的状態の学生と比較しても、Aとの関係にはより慎重を期すべきであったといわざるを得ない。しかし、原告はAの不安定な精神状態を認識しながら、継続的にAとの性交渉に及んでいるのであって、指導教官としてあるまじき行動である。なお、原告には、Aと知り合う約3年前にも女子学生と肉体関係を持ち、別れる際にトラブルが生じたという過去もある。
更に原告は、Aを妊娠させた挙げ句、妊娠中絶に至らしめたものであり、中絶行為が女性に対して多大な苦痛を与えるものであることや、指導教官が学生を妊娠させたということ自体、大学の風評にも大きな損害を与え得るものであることに照らすと、この行為は重大である。しかも、原告はAの妊娠を知った後、妻と離婚してAと婚姻することをほのめかしていたにもかかわらず、Aが妊娠中絶した後は一転態度を翻し、Aから離反するような言動に出たものであるが、かかる原告の態度は、自己中心的で身勝手であるといわざるを得ない。また原告は、Aを遠ざけるような態度をとりながらも、その反面Aとの性的接触を伴う関係を続け、Aが婚姻した後も、同様の関係を継続したものであり、原告を思慕するAを体よくもてあそんだとのそしりを免れない。その上原告は、かかるAとの関係の中で、原告を非難し、告発することを示唆したAを疎ましく思い、Aに対する暴行及び脅迫行為に及んでAに恐怖感を与えたものであるが、原告のかかる行為は、原告とAとの関係が複雑であったことやAが原告に対して抱いていた愛憎相半ばする感情を考慮してもなお、Aとの関係の終わらせ方としては極めて不適切であって、悪質であるといわざるを得ない。また原告は、このような暴行、脅迫行為などにより、Aの大学院における研究活動を著しく困難にさせたのであって、Aに対して大きな被害を与えたものである。
このような事実関係に照らせば、原告の一連の言動は、Aが原告に対する恋愛感情を抱いて原告に接近したことを考慮してもなお、社会通念上教育公務員に要求される倫理観が欠如したものといわざるを得ず、指導教官としてふさわしくない言動であったとの一言につき、教育公務員に対する国民の信頼を著しく失墜させる非違行為に当たると認められる。したがって、本件審査決定書の認定事実に前記の通りの事実誤認があること、本件処分が6ヶ月間の停職という重いものであることを考慮してもなお、本件処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと認めることはできない。
3 適正手続違反について
本件について、大学評議員会が原告に対し、教育公務員特例法に基づき「審査事由説明書」を交付したこと、同評議員会は原告らに陳述の機会を与える旨決定したこと、その結果、原告に対しては本件処分に係る審査の過程において、教育公務員特例法並びに審査規程及び施行規則で定められた事前の告知がされ、また弁解、防御の機会も十分に付与されたと認めることができる。よって、本件処分は適正手続違反である旨の原告の主張は採用することはできない。 - 適用法規・条文
- 国家公務員法82条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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