判例データベース
大学助教授週刊誌掲載事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 大学助教授週刊誌掲載事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成16年(ワ)第669号(本訴)、東京地裁 - 平成16年(ワ)第9445号(反訴)
- 当事者
- 原告(反訴被告) 個人1名
被告(反訴原告) 個人1名M
被告A新聞社、個人3名B、C、D - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年05月12日
- 判決決定区分
- 本訴棄却、反訴一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告(反訴被告・昭和24年生)は、妻子を有し平成4年4月からK大学外国語科助教授の地位にあった者であり、被告(反訴原告・昭和38年生)Mは平成4年4月短大に入学し原告と知り合った女性である。また、被告A新聞社は、日刊新聞のほか、「週刊A」などの雑誌を発行する新聞社である。
原告は、平成8年4月頃から平成9年3月頃までの間、被告Mに対し男女の交際をしたい、性交渉をしたい旨ほのめかしたほか、被告Mの結婚予定を知って、その婚姻に反対し、自分との交際を求めた。原告は、渡米中の平成9年12月、ニューヨーク留学中の被告Mをアルバイト料を支払うといって呼び出し、共に食事・飲酒をした後性交渉した(本件性交渉)。原告は、平成10年1月頃から、被告Mに対し再度の面会や性交渉を求め、愛人になって欲しい旨繰り返し要請したほか、被告Mの帰国後に大学講師の職を斡旋する旨述べた。被告Mは、帰国後原告の紹介により平成11年4月から大学の非常勤講師として勤務するようになり、その頃離婚した。その後原告は、被告Mに対し、男女交際の要求に応じなければ職務上の不利益を受けたり、失職することがあり得るなどと述べて性交渉を求め、仕事の紹介を口実に連絡を求めるなどしていた。これに対し被告Mは原告に対し、講師の斡旋は不要だから連絡をやめるよう要請したほか、マスコミに訴えるなどと反撃に出、平成12年1月、原告に対し慰謝料1000万円以上要求すること、連絡しないことなどを通告し、原告は被告Mに対し10万円を振り込んだ。
原告は平成12年3月、被告Mに対し連絡しない旨の誓約書を送付したが、被告Mは「示談についての項目について」と題する書面を送付し、(1)原告が行ったセクハラ行為及びストーカー行為等により被告Mが離婚に至ったことを認めること、(2)慰謝料の最低額として200万円を代理人立会いの下で支払うこと、(3)原告が4年以上被告Mをもてあそび精神的苦痛を与えてきた事実を認めた上で、原告が約束したことを履行すること、(4)今後原告は被告Mに電話したり、会ったりしないと約束すること、(5)被告Mの職場に対して、被告Mを中傷したり、やめさせるよう働きかけをしないと約束すること、(6)万一職場関係者に被告Mを中傷する発言をした場合は、改めて慰謝料の支払いを約束すること等を条件として示談に応じる旨伝えた。これに対し原告は、被告Mに対し、30万円、160万円と先の10万円と合わせて合計200万円を振り込んだ。
被告Mは、同年11月頃、週刊A誌宛、本件セクハラ行為についてメール送信し、被告Dは被告M、学長、原告らに取材した。これに対し原告は、嫌がらせを受けたのはむしろ自分である旨説明し、自分と被告Mとのやりとりを記事にしないよう求めたが、被告新聞社は週刊Aに、原告のセクハラ行為等一連のやりとりを掲載した。
これに対し原告は、被告新聞社及び本件記事を掲載した週刊Aの編集に従事する被告B、C、D並びに本件記事の掲載を働きかけた被告Mに対し、本件記事により名誉を毀損されたとして、不法行為に基づき慰謝料1000万円及び弁護士費用217万3500円を請求するとともに、被告Mに対し、セクハラ行為をマスコミに公表するなどの恐喝をしたとして200万円の損害賠償の支払いを請求した。
一方、被告Mは、原告が非常勤講師の職を紹介するとしてその見返りに交際を要求するなどのセクハラを継続したこと、被告Mを強姦したこと、これらの事実を公表しないよう脅迫するなどして人格権、性的自由権等を侵害したとして、不法行為に基づき1210万円の損害賠償を請求する反訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2(1)原告は、被告Mに対し、110万円及びこれに対する平成16年5月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告Mのその余の反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用は、原告に生じた費用の5分の3並びに被告A新聞社、被告B、被告C及び被告Dに生じた費用を原告の負担とし、原告に生じた費用の5分の2と被告Mに生じた費用は、これらを通じて5分し、その3を原告の負担とし、その2を被告Mの負担とする。
4 この判決は、2(1)に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 原告によるセクハラ行為、強姦、ストーカー行為等の有無
原告は、被告Mに対し、留学に必要な推薦状の交付、情報提供を口実として、自己の地位を利用して、数回にわたりホテルに被告Mを同室させ、男女の交際や性交渉を求める言動などしたものであり、これらの原告の行為は、いずれも被告Mの性的自由に危険を及ぼし、被告Mに看過し難い不快感ないし苦痛を与えてその人格権を侵害する行為であることは明らかであって、社会的に許容される限度を逸脱した違法な行為というべきである。
本件性交渉の約2ヶ月後、被告Mは原告が敬遠していることを寂しくなったと表現し、原告との交流を「いい思い出」として感謝の意を示していることからみて、本件性交渉が被告Mの意に沿わないものであったことは前後の経緯からみて容易に推認されるものの、これが暴行脅迫を用いた強姦とまでは認め難い。しかしながら、原告は、自己が被告Mに対して大学講師職を斡旋し得る立場にあることを示すことで、自己の地位を利用し、被告Mの就業の希望及び当時置かれていた状況に乗じて本件性交渉に及んだものであり、社会通念上是認できない違法なものであって、原告は本件性交渉によって被告Mの人格権を侵害したものというべきである。更に、度重なる電話や手紙等の送付についても、その内容や頻度に照らして被告Mに社会通念上許容できない不安感や不快感を与え、人格権等を侵害する違法な行為であるといわざるを得ない。
2 被告Mから原告に対する強要及び恐喝行為の有無
被告Mは、「場合によっては裁判を通じて慰謝料を請求する」、「裁判になればマスコミ関係者に相談する」などと記載した手紙を原告に送付し、原告はこれに対し合計200万円を被告Mの口座に振り込んだものであるところ、被告Mの上記文書の送付はいささか度を超えているとの面は否定できないが、被告Mが自己の受けたセクハラ行為について抗議し、加害者である原告に対し慰謝料を請求することや事実を公表することなどの具体的な不利益を申し向けることで今後の被害の防止を図ろうとすることにはやむを得ない面があり、原告の被告Mに対する一連の言動に鑑みれば、原告の行為は社会通念上許容される域を超えるものとして違法であるとまでは認めるに足りない。
3 被告らによる名誉毀損の有無
本件記事においては、原告を実名によって「セクハラ助教授」として特定し、「私の人生をメチャクチャにしたセクハラ助教授」との文言を見出しにして本件記事の中央に配置しているが、この見出しは、その文字の大きさ及び装飾から、読み手の関心を引きつける効果を有し、また見出しの性質上、読み手に本件記事の要旨を伝える役割を果たしている。また本件記事は、原告が大学助教授という優越的な地位を利用して被告Mにわいせつな行為をし、教職のあっせんを条件とするセクハラ行為に及んだとの被告Mの主張を掲載しており、元教え子に対してセクハラ行為をした人物との印象を一般読者に与えることは明らかである。他方、本件記事には原告が被告Mに抱きついたり、ストーカー行為に及んだ事実はなく、むしろ被告Mから脅されていたとの原告の主張も併せて掲載されており、本件記事は形式的には原告によるセクハラ行為等の存在を断定するものではない。しかし、その部分は被告Mの主張を記載した部分と比較して極く僅かに過ぎず、見出しは被告Mの主張のみを掲げていることその他本件記事の態様に照らせば、本件記事は全体として、原告が被告Mに対しセクハラ行為等をしたとの印象を一般読者に与えるものというべきであり、本件記事によって原告の社会的評価が低下したことは明らかである。また、被告Mは、原告に対し何らかの社会的制裁がなされるようにすべく報道機関を通じて訴えようと企図したものと推認され、被告Mは本件記事の掲載によって、被告新聞社ほかと共に原告の名誉を毀損したものというべきである。
4 本件記事掲載に係る違法性阻却事由の有無
本件記事は、いずれもセクハラ行為ないしストーカー行為に関する記事であるところ、大学におけるセクハラ問題は、本件記事の掲載前から社会問題として議論されていたことは公知の事実であることなどからすれば、これは社会の正当な関心事として公共の利害に関する事実に当たる。また、本件記事は非常勤講師が受けたセクハラ被害を取り上げて大学におけるセクハラの実情ないし問題を明らかにし、これに対する関心に応えることを目的として掲載されたものであるから、公益を図る目的でなされたものに当たる。
本件記事においては、原告が被告Mの卒業後に接触し、就職の斡旋をするとして留学を勧め、交際を求めたこと、被告Mが渡米後、原告がその住所を調べて連絡をとり、資料収集のアルバイトを依頼したこと、原告がアルバイト料の支払の際に被告Mと本件性交渉をしたこと、原告が大学講師職の斡旋を条件に被告Mに対して交際を求めたこと、原告が被告Mに対して頻繁に手紙や電報を送付したこと、被告Mが弁護士に相談したのと同時期に勤務先の上司から退職を促されたことが、被告Mの発言を引用する形で摘示されているところ、これらが主要な部分において真実であることは明らかである。また、本件記事記載の被告Mによる意見なし論評は相当なものと認められる。以上によれば、本件記事中、事実摘示部分及び意見ないし論評部分のいずれについても、社会的に相当なものとして違法性が阻却されるから、被告らによる原告に対する名誉毀損は不法行為を構成しない。
5 原告の不法行為による被告Mの損害
被告Mは、原告の言動により著しい精神的苦痛を感じたこと、本件の被侵害利益が女性としての尊厳に関わるものであること等諸般の事情を考慮すると、被告Mが被った精神的損害に対する慰謝料の額は300万円とするのが相当である。他方、被告Mは原告から慰謝料の一部として合計200万円を受領しているから、被告Mの請求権は同額の限度で既に消滅している。また、弁護士報酬のうち、10万円を原告の不法行為と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1249号167頁
- その他特記事項
- 本事件では原告が大学から解雇処分を受けたが、その取消しを求める裁判についての判決は、2005年4月15日に東京地裁で出されている。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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