判例データベース
A会K病院配置転換拒否事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- A会K病院配置転換拒否事件
- 事件番号
- 東京地裁八王子支部 - 昭和53年(ワ)第1472号
- 当事者
- 原告 個人2名 A、B
被告 財団法人 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1982年07月07日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、K病院(被告病院)を経営する法人であり、原告Aは昭和50年3月に被告に事務員として雇用され、被告病院事務所で印刷物やタイムカードの作成等を担当してきた男性であり、原告Bは同年10月に被告に薬局助手として雇用され、休職期間を除き被告病院事務所にて入退院相談を主な業務として勤務してきた女性であり、両者は内縁の夫婦関係にあった。
原告Bは、昭和51年暮頃拇指腱鞘炎・頸肩腕障害に罹患し、監督署によって職業病認定がなされたが、これを契機として原告Aと共に被告に対し慰謝料の支払い等謝罪を求めたところ、被告は原告らに対し不快の念をもって対応し、昭和53年12月9日、原告らが被告病院を非難するビラをニュータウン内で配布したことから、被告は何らの事実調査もせず、原告らの弁明も聴取しないまま、同月12日に原告らを就業規則に基づいて訓戒処分とすると同時に、原告らの配転先を通告し、昭和54年1月4日付けで、原告Aを管理課洗濯へ、同Bを購買部売店へ配転させた。
原告らは、本件配転を不服として本訴を提起しながら、一応同月11日から各配転先において就労しているが、本件配転は、(1)原告らはいずれも労働契約上事務員として採用されたものであるから労働契約違反に当たること、(2)配転は労働者にとって重大な労働条件の変更に当たるから、使用者が配転を命ずるに当たっては労働者と誠実な協議を行うべきところ、本件において被告は協議を全く行っていないから重大な手続き的過誤であること、(3)本件配転命令は業務上の必要性に基づくものではなく、原告らのビラ配布等の活動に対する制裁として行われたものであって、それ自体就業規則上根拠を有しないばかりか、訓戒処分に加えてなされた点で二重の処分に相当するから、人事権の濫用に当たることを主張し、本件配転命令の無効確認と、原告各自につき昭和54年1月から現実に原職復帰するまでの間1ヶ月当たり5万円の慰藉料を請求した。 - 主文
- 1 被告が、昭和54年1月4日付けでなした原告Aに対する管理課洗濯場勤務とする旨の命令及び原告Bに対する購買部売店勤務とする旨の命令はいずれも無効であることを確認する。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し、その1を原告ら、その余を被告の各負担とする。 - 判決要旨
- 1 配転命令の効力
被告病院における各配転例は、いずれも配転に際して当該従業員の同意を得て実施したものであり、しかも「事務員」として採用されその業務に従事していた従業員が、「労務員」としての業務に配置換えになった事例は、暫定的場合の1例以外になく、いわんや「事務員」たる従業員が、その同意なしに被告から一方的に「労務員」としての業務に配置換えされたのは原告Aの場合を除いて他に例がない。殊に洗濯場は、失禁入院患者を多数擁している被告病院にとって重要な作業部門であり、そのため同所の従業員が欠けた場合の補充は不可欠で、被告としてもその補充に苦慮してきたが、かかる場合においても、被告はこれまで他の職場の従業員に対し、一方的に「洗濯場要員」への配転を命じたことはなかった。以上認定した事実によれば、原告らと被告間における労働契約は、原告Bの復職の際における担当業務の合意を含め、原告らの職種がその主張のように「事務所の事務員」と限定されていたものとはたやすくは認め難く、また右契約締結時以降において被告病院長の職場所属決定権限の行使が、「事務員」という同一職種内部における担当業務間の配置換えについても制限されていたものとも解されない。
しかしながら、「事務員」と「労務員」とでは担当業務の内容において著しい相違があるばかりでなく、給与体系上も格差があることに併せ、被告病院ではこれまで同一職種内部における業務内容の変更についても当該従業員の同意を得てこれを実施してきたというその運用の実態に鑑みると、被告においては、少なくとも「事務員」として採用した者を「労務員」としての職種に属する洗濯場要員へ配転させるについて、院長が当該従業員の同意、もしくはこれと同視し得るような十分な話し合いもなしに、一方的にこれを命じることはしないとの暗黙の合意が従業員との間に成立していたか、あるいはそのような内容の慣行が成立していたものと解するのが相当である。
右のとおりとすれば、被告病院長は、原告らに対し、労務指揮権に基づいて「事務員」の職種の範囲内においては従前の業務とは異なる業務の担当に配置換えを命ずることができ、原告らもこれに応ずべき義務があると解されるが、原告らの同意もしくはこれと同視し得るような十分な話合いもなしに右職種の範囲を超え、少なくとも「労務員」としての洗濯場要員へ配置換えを命ずることは、一方的に労働契約を変更するものであって、なし得ないものといわなければならない。そうすると、原告Aに対する本件配転命令は、労働契約の内容を同原告の同意もしくはこれと同視し得るような十分な話合いもなしに、一方的に変更するものであるから、無効のものというべきであるが、「事務員」としての職種に属する購買部売店に配置換えを命じた原告Bに対する本件配転命令は、同原告の職種が「事務員」である以上、何ら労働契約に違反するものではなく、被告は、労務指揮権の濫用等特段の事情がない限り、原告Bに対し、その旨の配置換えを命ずることができ、同原告はこれに応ずべきものである。
2 本件配転命令における労務指揮権濫用の有無
原告らの本件ビラ配布を契機として原告らに対し不信と反感を抱く従業員が現れ、被告として業務運営上の秩序を維持する上においてこれを看過し難いものと判断したとしても、原告らの右秩序違反について被告は既に就業規則上の懲戒処分としての訓戒を科しているのであるから、なおその上に原告らを配置換えするについては、原告らが従事していた業務に具体的な支障を及ぼし、もしくはそのおそれがあったどうかを十分検討すべきであるのに、これをせずに、専ら原告らを従業員から隔離することを目的として訓戒処分と同時に逸早く本件配転を決めたものであって、本件配転が従業員の原告らに対する不信感、嫌悪感によって原告らの業務ひいては被告の業務運営に支障をきたしたことによるとする被告の主張はにわかに採用できない。
以上認定した諸事実に本件配転命令に関する被告主張の業務上の必要性、合理性がいずれもその根拠として薄弱で首肯できない点を総合すると、本件配転命令は、かねてより被告の労災責任を追及し、被告として快く思っていなかった原告らが、本件ビラを配布して被告従業員の一部に対し不信と反感を招き業務上の秩序を乱したところから、専ら原告らを従業員と接触する機会の少ない職場に遠ざけ、いわば隔離することによって右従業員の沈静化を図り、もって業務上の秩序回復をしようとしたもので、その実質的な狙いは本件秩序違反に対する制裁にあったものと解するのが相当である。右のとおりとすれば、原告Bに対する本件配転命令は業務上の必要性もないのに労務指揮権に基づく配転に名を藉り、実質的には懲戒処分の一環としてなされたもので、しかも同原告は本件ビラ配布に関しては既に懲戒処分として訓戒に処せられていること、被告の就業規則においては懲戒は訓戒・減俸・解雇の3処分に限定され配置換えはないから、これらの点をその他諸般の点に併せ考えれば、同原告に対する本件配転命令は被告の労務指揮権を不当に濫用した無効のものというべきである。
3 損害賠償請求
原告らは、本件配転前は一緒に自動車で通勤していたが、本件配転後は出勤時刻が一致しなくなったためそれができなくなったこと、原告Aは日曜出勤が少なくなく、そのため原告らが同じ日に休みになるのは月に1回位しかなくなったことなどを挙げ、精神的苦痛に対する慰藉料を請求するが、本件配転前原告らの出勤時刻が同一であったことによって原告らが享受していた生活上の便益は事実上のものであって、労働契約上保護されていたものとは言い難いこと、また被告は原告Aに対しては本件配転後において、前より多くの給与の支給が受けられるよう配慮していること、更に本訴において原告らの請求を容れ、本件各配転の無効を確認することをもって精神的に慰藉される面もあること等を考慮すると、たとえ原告らが本件各配転命令を受けたこと自体、あるいは配転先における就労によって精神的あるいは肉体的苦痛を受けることがあったとしても、それは金銭をもっては格別慰藉するのを相当とする性質、程度のものとは認め難く、結局本件慰藉料請求は理由がないというべきである。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例391号65頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁八王子支部 - 昭和53年(ワ)第1472号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 1982年07月07日 |
東京高裁 − 昭和57年(ネ)第1866号 | 控訴一部認容・一部棄却 | 1985年04月24日 |