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S社製作所配転拒否懲戒解雇事件

事件の分類
配置転換
事件名
S社製作所配転拒否懲戒解雇事件
事件番号
大阪地裁 - 昭和56年(ヨ)第1029号
当事者
その他申請人 個人1名
その他被申請人 株式会社
業種
製造業
判決・決定
決定
判決決定年月日
1983年01月24日
判決決定区分
却下
事件の概要
 被申請人(会社)は、電器製品の製造販売を目的とする会社であり、申請人は安定所紹介により昭和50年1月に会社に入社し、大阪において昭和53年6月から仕上出荷検査係として会社に勤務し、その一方昭和50年8月に組合が結成されてから昭和54年8月まで組合の書記長を務めた者である。

 会社は名古屋に出張所を設けることとし、(1)名古屋地区出身者で名古屋の地理及び地域的特質に詳しいこと、(2)少なくとも3年以上の業歴があること、(3)営業マンとして資質、能力を有することの3基準を設けて人選したところ、申請人がこの基準に合致するとして、同出張所に配転させる方針を固めた。会社と組合との間で配転等に関する同意約款があったことから、会社は申請人の配転について組合の同意を求めたところ、組合は同意する旨回答した。そこで、会社は、昭和56年1月26日に申請人に対し配転の内示したところ、申請人はこれを拒否したため、工場長は再三にわたり申請人を説得し、条件を聞こうとしたが、申請人は「条件の問題ではない」と、あくまでも配転を拒否する態度に終始した。そこで会社は申請人に対し、調整手当として1万円を支給する、社宅を用意する等の条件を提示したが、申請人が拒否の姿勢を変えなかったため、会社は同年2月1日付けで申請人に対し名古屋出張所への配転命令を発した。しかし申請人が配転命令を拒否し続けたことから、結局同年3月17日に申請人に対し懲戒解雇を通告した。
 これに対し申請人は、本件配転命令は、(1)本人に対し事情聴取もされぬまま内示されたもので、手続き上重大な問題があること、(2)生活条件、生活基盤の重大な変更を伴い、耐え難い苦痛を伴うものであること、(3)妻と別居を余儀なくされ、生活上及び精神的・肉体的に極度の犠牲を強いられること、(4)組合活動上の不利益があること等を理由として、本件配転命令の無効を主張し、これを拒否したことを理由とする懲戒解雇の無効の確認と賃金の支払いを請求した。
主文
本件仮処分申請をいずれも却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
判決要旨
1 本件配転命令は労働契約改訂内容の申入れか

 申請人は、本件配転命令は労働契約内容改訂の申入れにすぎないと主張するが、会社の就業規則には、業務の都合により必要がある場合は従業員に転勤・職種の変更等を命ずることがあり、この場合従業員は正当な理由なくこれを拒否してはならない旨規定されていたこと、申請人は就業規則等を遵守する旨の誓約書を提出していること、申請人は入社に際し、ないしその後本件配転命令に至るまでの間に、会社との間で労働の場所を大阪に限定する等の趣旨の明示的な話合いをしたことはなかったことなどの事実に徴すると、申請人は入社に際して、労働の種類、態様、場所を決定または変更する権限を会社に委ねたものというべきであり、会社から業務上の必要により転勤等を命じられた場合には、正当な理由がなければこれを拒むことができないものというべきである。本件配転命令は、会社が権限に基づき就業規則所定の異動の命令として申請人に命じたものであることは明らかであるから、申請人は正当な理由なくこれを拒否し得ず、これに従う義務を負うものである。したがって、本件配転命令が単なる労働契約内容の改訂の申入れにすぎないとする申請人の主張は理由がないといわなければならない。

2 不当労働行為の成否

 申請人は、本件配転命令は、申請人の正当な組合活動を嫌悪し、同人を排除するためになされた不当労働行為であると主張するが、会社は当時有望な市場と見込まれる名古屋地区において製品の販売シェアを拡大することが重要であると判断したこと、その販売の拠点として名古屋出張所の開設を決定したことは、当時の業界における客観的状況からみて時宜を得た合理的な経営判断であったと考えられる。また会社が名古屋出張所の要員を人選するために設けた3個の人選基準は、それなりに諒解し得る合理的な基準であるということができ、申請人を人選した場合と他の候補者を人選した場合との利害得失の比較考量等に照らすと、やむを得ない人選であったといわざるを得ない。以上のとおりであって、申請人の組合活動等とこれに対する会社の対応や一部職制の申請人に対する非難、誹謗等を重視する観点からみれば、本件配転命令は、申請人が組合員であること、組合の正当な行為をしたこと等を理由としてなされたものと一応推認し得る余地があるけれども、他方名古屋出張所の開設の必要性や、本件配転命令は業務上の必要性に基づいてなされたものと一応認められるところ、これを総合的に検討すると、本件配転命令をもって、申請人の組合活動等を理由としてなされた不利益取扱いであるとも、組合の弱体化を狙った支配介入であるとも断定できないから、本件配転命令は不当労働行為には該当しないものというべきである。

3 労働基準法3条違反の有無

 申請人は、本件配転命令及び懲戒解雇は、申請人の思想・信条の故になされた差別的取扱いであって、労働基準法3条に違反し無効であると主張する。しかしながら、本件配転命令及び懲戒解雇に至る経緯、申請人の組合活動等とこれに対する会社の対応その他諸般の事情を総合的に考慮してみても、申請人の思想・信条が本件配転命令、懲戒解雇の決定的原因になっていると認めることは困難である。

4 本件同意約款違反の有無

 申請人は、本件配転命令及び懲戒解雇は、会社と組合間の同意約款に違反し無効であると主張する。しかしながら、本件配転命令について、組合は会社に同意を与えていることが認められ、執行部が代わってからは、会社から組合員の配転について同意約款に基づき同意を求められた場合、一定の例外的な基準に該当しなければ原則として同意する方針を取っており、むしろこの取扱いが常態となっていたこと、組合において現執行部に対する批判勢力の中心である申請人を大阪から排除し、その活動を困難にするため、会社と結託し、同意権を濫用したとの事実を疎明するに足りる資料は存しないから、本件配転命令についてなされた組合の同意の効力を否定することは相当ではない。

5 人事権の濫用の有無。

 申請人は、本件配転命令は、(1)業務上の必要性がないこと、(2)人選基準が恣意的で申請人選定の合理性がないこと、(3)未経験の営業担当、夫婦別居による精神的苦痛、組合活動が不可能になるなど被る不利益の程度が著しいこと、(4)会社は申請人の事情を全く考慮することなく一方的に押しつけようとしたことなど人事権の濫用に当たり、これを拒否したことには正当な理由があり、何ら懲戒解雇事由になるべきものではない旨主張する。しかしながら、名古屋出張所の開設は合理的な経営判断であったこと、人選基準は合理的であり、申請人を人選した点についても、やむを得ないものであったこと、申請人は就業規則上、正当な理由がなければ配転命令を拒否することはできないこと、本件配転の期間は3年の予定であり、会社ではその間月に2回社費で大阪に帰省できる旨の条件を提示していたことなどの諸事情を考え合わせると、本件配転命令が客観的にみて合理性、相当性を欠いており、権利の濫用であると目することは困難である。

6 懲戒処分権の濫用の有無
 申請人は、仮に本件配転命令が無効でなかったとしても、本件懲戒解雇は懲戒権の濫用として無効であると主張する。しかしながら、申請人は就業規則上、会社から業務上の必要性に基づいて転勤等を命じられた場合には、正当な理由がなければこれを拒むことができず、しかも本件配転命令には業務上の必要性があったにもかかわらず、申請人は本件配転命令を正当な理由なく拒否し、会社からの度重なる説得や条件の提示にもかかわらず、終始一貫頑強にこれを拒否する態度を固執し続けたものであり、申請人の右行為は、会社の業務命令に対する違反行為であって、会社の人事等の企業秩序にかかわる重大な義務違反であるといわなければならない。したがって、本件懲戒解雇が懲戒処分権の濫用であり無効であるとの申請人の主張は理由がないものである。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例403号52頁
その他特記事項