判例データベース
N社賃金差別事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- N社賃金差別事件
- 事件番号
- 横浜地裁 - 平成16年(ワ)第2022号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年01月23日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、端子・コネクター及び各種電子部品等の製造販売を業とする株式会社であり、原告は昭和57年12月に37歳で被告に雇用され、平成15年7月20日に57歳で退職した女性である。
原告は、入社の際既に総務関係業務の経験者であった上、勤務評定も良好であり、担当した業務も重要なものであったにもかかわらず、男性従業員との間に賃金格差があったこと、被告の男性従業員と女性従業員との間には30歳前後から次第に顕著な格差を生じ、40歳代、50歳代になると月額10ないし20万円もの格差が生じていること、このような男性と女性との賃金格差に合理的理由はないことからすれば、原告と同年齢の男性従業員との格差は原告が女性であることを理由とした賃金の差別的取扱いとして不法行為に当たることとして、(1)月額賃金の差額相当損害金3580万5680円、(2)賞与の差額相当損害金974万5007円、(3)退職金の差額相当損害金276万6469円、(4)公的年金差額相当損害金430万9946円、(5)家族手当相当損害金282万円、(6)慰謝料500万円、(7)弁護士費用618万5000円の合計6663万2102円を被告に対し請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、1919万8416円及びこれに対する平成15年7月21日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを7分し、その2を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項につき仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 格差の有無
被告の従業員の基本給月額の平均を年齢ごとに比較すると、50代においては男性57人が約39万7000円に対し女性13人が約25万3000円、40代においては男性109人が約33万2000円に対し女性8人が約24万2000円、30代においては男性128人が約25万6000円に対し、女性26人が約21万9000円、20代以下においては男性55人が約19万4000円に対し、女性16人が約18万6000円であることが認められる。そして、男性従業員と女性従業員の等級を比較すると、6等級及び5等級は各25人全員を男性が占め、4等級は男性132人女性5人、3等級は男性91人女性16人、等級は男性66人女性32人、等級は男性12人女性8人であった。また、平成15年5月当時の原告(57歳)の基本給月額は29万5890円(等級26号数)であり、原告とほぼ同年齢、同学歴で等級の男性従業員の基本給月額の平均は約35万円、及び号数の平均は約50号となる。以上によると、被告においては、(1)おおむね同一年齢の男女間に、基本給及び等級のいずれにおいても相当の格差が存在すること、(2)原告と年齢がほぼ同じで、学歴、等級の等しい対象男性従業員を比較すると、基本給額及び等級内での号数に相当の格差が存在していたことが認められる。
2 格差の合理的理由の存在について
上記の通り、本件賃金等格差が存在し、原告の格差の存在を併せ考えると、原告について特に基本給月額や等級が低くなる特段の事情がない限り、本件原告の格差は、原告が女性であることを理由に差別的取扱いを受けたことによって生じたものと推認することが相当である。
被告においては、男性の新規学卒者は全て甲種、女性の新規学卒者は1人を除いて乙種として採用され、甲種の方が乙種よりも初任給の額が高額に定められているところ、被告は、甲種は将来の幹部候補として契約時に将来にわたって転勤が行われることを承諾しているため、初任給の額が高額になる旨主張している。しかしながら、給与規程では新規学卒者の初任給について甲種と乙種で額が異なることを定めていながら、その違いが何であるのかについて定めていない。そして、就業規則上被告従業員には例外なく一般的に転勤命令に服する義務が課されていることや、製造部門や事務部門においても相当数の男性従業員が存在することからすれば、これら男性従業員の全てに転勤の必要性があるとは認め難く、女性従業員の中にも、製造、技術等男性と同様の業務に従事していると窺われる者が相当数存在することからしても、男性従業員と女性従業員との間で転勤の有無や従事する業務について区別されているとは認め難い。そうすると、新規学卒者の甲種と乙種の区別は、本件賃金等格差の合理的な理由となるものではない。
被告は、従業員を中途採用する際に、女性については職種が一般事務であるため、初任給決定の際、より高度な職務を担当する男性と差が生じ、これが本件賃金等格差を招く原因の一つになっている旨主張する。しかしながら、被告は、一般事務という職種が何を意味するかについて具体的に明らかにしていないところ、女性の中途採用者であっても、その担当職務は事務職に限られているわけではなく、男性の中途採用者も相当数が事務職に従事していることからすれば、両者の間に賃金額を隔てる明確な差異があるかは疑問である。そして、これまで被告が女性の従事する職を「一般事務」「一般職、」「乙種」として分類していることからすると、結局被告では、同年齢で同じ性別かつ同じ業務に従事する従業員の賃金額を参考にしているにすぎない。したがって、上記の新規学卒者において存在した合理的な理由のない格差が、そのまま中途採用者についても反映されているというべきであり、中途採用者の初任給が男女間で異なることに合理的理由はないから、この点を本件賃金等格差の合理的な理由とすることはできない。
管理監督権限や指揮命令権限を具体的に何人に与えるかは、原則として人事権の行使として使用者の裁量に委ねられるべき問題ではあるが、職位が具体的な管理監督権限や指揮命令権限を与えるためではなく、別の考慮要素により名目的に与えられているような場合には、使用者の裁量が当然に及ぶものではなく、性別で違いを生ずる合理的理由とはならない。この点に関して、被告従業員のうち部長に相当する6等級及び課長に相当する等級はいずれも25人のみ存在しており、特に等級については30代の若さでこれに就任している者もいるのであるから、これらの者については、実質的に指揮命令権限、監督権限のある者のみがその地位に就いていると認めることができる。しかしながら、係長相当とされている等級の監督職については被告の全従業員412人のうち実に137人、主任相当とされる等級の指導職については実に107人がこれを占めているのであって、これらの者に全て指揮命令権限や監督権限があるというのは経験則上考え難く、むしろ4等級以下の等級は、賃金をある程度の額に上げるために、年功的な部分に重きを置いて付与されていると認めるのが相当である。以上からすれば、被告において4等級以下の等級は賃金額の調整手段の一環であると認められるから、男性と女性で異なる等級にすることに合理的な理由は認め難く、これをもって本件賃金等格差の合理的な理由とすることはできない。
認定事実によれば、原告の勤務評定は良好であり、少なくとも平均を上回るものであったことは明らかであり、特段、原告の昇級・昇格が滞ることについての具体的な被告の主張、立証はない。以上からすれば、原告と同学歴、同年齢の男性従業員との間に存在する本件格差を正当化する特段の事情はなく、本件賃金等格差が女性であることを理由とした差別的取扱いである疑いがあることを併せ考えると、原告は、被告から女性であることを理由として賃金について差別的取扱いという不法行為(労働基準法4条)を受けたと推認するのが相当である。
3 損害額
(1)差額基本給相当損害金
本件格差は、原告が女性であることを理由とする賃金の差別的取扱いであると認められるが、他方で、被告においては5等級以上に当たる職位について、被告の人事権の行使として不適切に運用されていることを認めるに足りる証拠はないことからすると、原告を5等級に昇格させなかったことが、被告の裁量を逸脱したものとまでいうことはできない。しかし、他方で、原告をより早い段階で係長に昇格させることに支障はなかったことからすると、原告が被告の差別的取扱いがなければ受けることができた賃金は、より早い段階で4等級に昇格していれば受け得た賃金相当金というべきである。そして、原告と同年齢、同学歴の男性従業員のうち等級及び5等級の者については原告と基本給月額が異なる合理的な理由があるから損害額算定の基礎に加えないこととし、更にこれとの均衡上、同年齢、同学歴の男性従業員の中でも3等級の男性従業員についても、損害額算定の基礎に加えないことが相当である。
(2)差額賞与相当損害金、差額退職金相当損害金
原告が男性であれば支給された基本給月額に基づく賞与相当金と現に支給された賞与との差額、賃金差別がなければ受け得た退職金相当金と、原告が現に支給された退職金との差額は、被告による賃金差別と相当因果関係を有する損害というべきである。
(3)家族手当相当損害金
被告は、配偶者のいる男性従業員に対して、扶養の有無にかかわらず、一律毎月1万5000円を家族手当として支給しているが、女性従業員に対しては、内規において、配偶者が就労の意思があるにもかかわらず就労できない、あるいは寡婦にして扶養家族がいるもののみに特例として認めると定められており、原告も配偶者がいるにもかかわらず上記手当の支給を受けていない。その結果、原告は家族手当の月額1万5000円にこの間の月数188ヶ月を乗じた282万円を受領していないものである。なお、被告は消滅時効を援用するが、被告においては上記のような内規があり、これに従った労働慣行が成立していたと認められるのであって、原告に家族手当の請求権があったとは認め難いこと、更に被告は原告について女性であることを理由に賃金について差別的取扱いをしていたことからすれば、男性従業員のみを対象に家族手当を支払っていたことも、同じ差別的取扱いの一環とすることが適当であり、時効期間は原告が差別的取扱いを知った平成14年12月頃から起算して3年間となり、本訴提起の時点では未だ満了していない。
(4)差額公的年金相当損害金
原告は、賃金差別がなければ受け得たと認められる賃金相当金の支給を受けていれば当然に負担したはずの保険料の支払いを免れているのであり、同保険料率が幾度となく改正されていることも併せ考えると、仮に原告の基本給額が異なっていた場合について、公的年金として原告にどれだけの得べかりし利益があったかは、算定不能であるというほかなく、この点についての原告の請求は認めることができない。
(5)慰謝料、弁護士費用
原告は、被告に対し、上記各損害金の支払いを求めることができ、特段の事情が認められない限り、これらの損害金をもって経済的損害は填補されるところ、本件において、これと別に金員支払いをもって慰謝すべき損害の発生を認めるまでの特段の事情は認められない。本件事案の性質、審理の経過、認容額等に鑑みると、弁護士費用相当額としては170万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 労働基準法4条、民法724条
- 収録文献(出典)
- 労働判例938号54頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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