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T社アセチレン部門整理解雇事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- T社アセチレン部門整理解雇事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 昭和54年(ヨ)第2426号
- 当事者
- その他債権者 個人13名 A、B,C,D,E,F,G,H,I,J,K,L,M
その他債務者 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1976年04月19日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下(控訴)
- 事件の概要
- 債務者は、酸素、窒素、アセチレン等の製造販売等を目的とする株式会社であり、債権者らは、昭和45年当時、いずれも債務者に雇用され、川崎工場のアセチレンガス製造部門に勤務していた従業員である。
債務者は、アセチレン部門の業績が悪化したことから、同部門を閉鎖することとし、これに伴い同部門の従業員全員に対し昭和45年7月24日に解雇通告をした上で、同年8月15日限り解雇した。これに対し債権者らは、本件整理解雇は希望退職を募ったり、配置転換をするなど解雇回避の努力を行っておらず、手続き上も問題があることから無効であると主張し、従業員としての地位の保全と賃金の仮払いを請求して仮処分を申請した。 - 主文
- 1 債権者Gを除くその余の債権者らがそれぞれ債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、債権者Aに対し金605万9858円、債権者Bに対し金552万3390円、債権者Cに対し金751万8294円、債権者Dに対し金629万3142円、債権者Eに対し金550万5014円、債権者Fに対し金784万0602円、債権者Gに対し金694万4165円、債権者Hに対し金678万4607円、債権者Iに対し金608万1687円、債権者Jに対し金596万1485円、債権者Kに対し金666万0324円、債権者Lに対し金567万5782円、債権者Mに対し金536万2105円の各金員をそれぞれ仮に支払うとともに、
昭和50年4月から本案判決確定の日に至るまで毎月20日限り、
債権者Aに対し金10万9369円、債権者Bに対し金10万0500円、債権者Cに対し金13万3470円、債権者Dに対し金11万2175円、債権者Eに対し金9万9618円、債権者Fに対し金13万8523円、債権者Hに対し金12万1843円、債権者Iに対し金10万8126円、債権者Jに対し金10万8126円、債権者Kに対し金11万9021円、債権者Lに対し金10万2293円、債権者Mに対し金9万7688円の各金員をそれぞれ仮に支払え。
3 債権者らのその余の請求をいずれも却下する。
4 訴訟費用は債務者の負担とする。 - 判決要旨
- 債務者が、特定の事業部門を閉鎖するのに伴い、同部門の従業員を有効に解雇するためには、同部門を閉鎖することが事業の経営上やむを得ないものであると同時に、その従業員を解雇することもまた事業の経営上やむを得ないものであり、更にその解雇の手続が社会通念上首肯すべきものであることを要するものと解すべきである。けだし、およそ解雇は従業員(更にその家族)の生活に重大な影響を及ぼすものであるから、解雇の要件はこれを厳格に解釈し、当該事業部門の閉鎖及びその従業員の解雇の両者がいずれも事業の経営上やむを得ないものであることを要すると解するのが相当であるとともに、その解雇は通常従業員の側には何ら解雇の原因となるべき事由がないのにかかわらず、債務者側の一方的な都合によって当該従業員の雇用契約上の地位を失わせることになるものであることに鑑み、その解雇の手続自体も社会通念上首肯すべきものであることを要すると解して、その解雇が従業員の生活に及ぼす影響をできる限り軽減するように配慮するのが相当であるからである。
昭和38年頃以降におけるアセチレン部門の業績の悪化は、ひとり債務者に特有の問題ではなく、大なり小なり業界共通の問題であって、その原因は業者間の競争が激化するとともに、アセチレンガスの大口需要者が石油系溶断ガスの使用に切り換えるようになったこと等にあるものと一応認めることができる。そうすると、債務者がアセチレン部門を閉鎖するに至ったことは、事業の経営上一応やむを得ないものであったということができる。
およそ事業の経営者がその経営上やむを得ない理由により特定の事業部門を閉鎖しなければならないときでも、同部門に勤務している従業員の解雇は最小限に止めるのが望ましいことはいうまでもないから、債務者がアセチレン部門を閉鎖するに当たっても、まず同部門の従業員を他の事業部門に配置転換するとか、債務者の従業員の中から希望退職者を募集するとかの方法を講じることにより、同部門の従業員の解雇をできるだけ回避するように努めるべきであったのであり、もし右のような方法を講じることが可能であったのにかかわらず、それをすることなく、同部門の従業員全員を解雇したものであるとすれば、その解雇はいまだ事業の経営上やむを得ないものであったとはいえないものと解すべきである。
債務者は、アセチレン部門は川崎工場にしかなかったから、同部門の従業員を他の工場のアセチレン部門に配転することは不可能であること、アセチレン部門と酸素部門等では作業工程が異なり、アセチレン部門の従業員をそのまま酸素部門等に配転することは困難であること等を主張するが、両者の作業工程や職務内容が具体的にどの程度異なり、どのような訓練を必要とするかについては十分な疎明がないのみならず、従来アセチレン部門から酸素部門等への配転を命じた先例がかなり多数あったこと、大手酸素製造業者がアセチレン部門を閉鎖するに際しても、同部門の従業員を酸素部門等に配転していること等が認められる。したがって、アセチレン部門と酸素部門等の間の配転が困難であるというのは相当でないというべきである。また、債務者は、酸素部門等においてもかなりの過剰人員があり、アセチレン部門の従業員を受け入れる余裕は全くないというが、債務者は昭和40年から本件解雇通告の頃までの間に、女子従業員約50名、男子従業員2名を新しく採用したほか、定年退職した男子従業員約20名を嘱託として残留させていること、本件解雇通告後昭和49年12月までの間に、男女従業員120名余を採用していること、昭和38年以降においても酸素部門等はかなりの業績を上げており、債務者会社全体の収支は依然相当額の黒字を続けていたこと等が認められる。そこで、以上の事実を総合して判断すると、昭和45年8月当時の状況のもとにおいても、債務者の側に従業員の立場と利益に対する気持と実行の意思さえあれば、アセチレン部門の従業員の全部又は少なくともその一部を酸素部門等に配転することも不可能ではなかったと認めるのが相当である。
債務者は、川崎工場の全従業員の中から希望退職者を募集することは、従業員に動揺を生じさせるばかりでなく、同業者等による熟練労働者の引抜きを誘発するおそれが大であると判断したというが、当時におけるアセチレン部門の閉鎖は、業界共通の問題であったから、仮に債務者が希望退職者募集の方法をとったとしても、事前に従業員に十分に説明しさえすれば、従業員の動揺や熟練労働者の引抜きをそれほど恐れる必要はなかったのではないかと推測される。更に、本件解雇通告を受けた者の一部は任意退職の形式で退職していること、他方本件解雇通告後、かなり多数の会社が債務者に対し被解雇者を対象とする求人の申込みをしていることが一応認められるのであって、以上のような事情からすると、債務者が希望退職者募集の方法を忌避したことは、解雇される従業員の立場や利益を軽視したものであるとの批判を免れることはできないであろう。
債務者は、本件解雇を決定する前に、組合川崎支部との団交において、アセチレン部門の従業員を経営主体とする別会社設立案を提示したが、これは実行可能性のないものであったことが一応認められる。したがって、右提案は、元来アセチレン部門の従業員の解雇を回避するためになされた合理的な提案であったとはいえないものであるから、この提案を組合が承諾しなかったことをもって債務者の事業の経営上本件解雇通告もやむを得ないとする理由の一つとなし得ないことも明らかである。そうすると、債務者がアセチレン部門を閉鎖するに当たり、同部門の従業員の配置転換、希望退職者の募集等の方法を通じて従業員の解雇の回避に努力することなく、直ちに同部門の従業員全員を解雇する措置に出たことは、いまだ債務者の事業の経営上やむを得ないものであったと解することはできないというべきである。
債務者がアセチレン部門の閉鎖及び同部門の従業員の解雇を決定したのは昭和45年6月5日であり、これを組合に告知したのは同年7月16日であり、債権者らに本件解雇を通告したのは同月24日であり、その閉鎖及び解雇を実施したのは同年8月15日であったが、同部門の赤字が突発的に生じたわけではなく、性急に同部門の閉鎖及び解雇をしなければならない特別な事情が存在したことについては十分な疎明がない。以上のような事情を総合してみれば、債務者の行ったアセチレン部門の閉鎖及びそれに伴う従業員の解雇手続の進め方は、従業員の立場や都合を考えない唐突かつ性急なものであったと評価されてもやむを得ないであろう。
本件においては、債務者がアセチレン部門を閉鎖したこと自体は事業の経営上一応やむを得ないものであったということができるものの、債務者が同部門を閉鎖してその従業員全員を整理せざるを得ない羽目に陥ったことについては、経営者としての責任を免れることはできないというべきであるから、債務者は仮に労働協約や就業規則上の解雇同意約款等がなかったとしても、アセチレン部門を閉鎖するに当たり、事前に、かつ相当の時間をかけて、同部門の従業員ないしその所属する組合と誠意を尽くして交渉し、もって従業員の整理問題を円満に解決するよう努力すべき信義則上の義務を負っていたものと解すべきであるが、債務者はこのような信義則上の義務を十分に果たしていないものといわなければならない。そうすると、債務者のなしたアセチレン部門の従業員の解雇手続自体も、いまだ社会通念上首肯すべきものであったと解することはできないというべきである。
以上で判断したところを要約すると、債務者がアセチレン部門を閉鎖したこと自体は事業の経営上一応やむを得ないものであったということができるが、債務者が同部門を閉鎖するのに伴い、直ちに同部門の従業員全員を解雇する措置に出たことはいまだ事業の経営上やむを得ないものであったと解することができないし、更にその解雇の手続自体もいまだ社会通念上首肯すべきものであったと解することはできないから、債務者のなした本件解雇通告によっては、いまだ就業規則に基づく解雇の効力は生じていないものというべきである。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働判例255号58頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 − 昭和54年(ヨ)第2426号 | 一部認容・一部却下(控訴) | 1976年04月19日 |
東京高裁 − 昭和51年(ネ)第1028号 | 認容 | 1979年10月29日 |