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H赤十字病院看護婦懲戒解雇事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- H赤十字病院看護婦懲戒解雇事件
- 事件番号
- 神戸地裁姫路支部 − 昭和52年(ワ)第249号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 H赤十字社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1980年05月19日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告は昭和47年4月、被告に雇用され、昭和51年9月以降、H赤十字病院外科病棟で勤務してきた看護婦である。
昭和52年2月18日、婦長Fは当直婦長として準夜勤務をしていたところ、午後6時半頃、当病院の薬剤師から母が脳卒中で倒れたので搬送する旨の連絡を受け、病床の状況を確認したところ、本来の内科病棟は満室だが外科病棟に空床が11あり、そこに収容することが最適と判断した。原告は当日外科病棟の準夜勤であったところ、Fからの空床の有無についての打診に対し、忙しいので困ると回答し、患者は薬剤師の母であり重篤であるとのFの説明に対して、これ以上入院させられると十分な看護ができなくなる旨重ねて拒否した。更に原告はFの追及に対し、近くの設備の整った病院に収容した方が良いと回答した。患者は午後10時半頃病院に到着し、応急措置の後、内科病棟に増床して同患者を収容したが、翌朝死亡した。
被告は、Fの原告に対する空床の問合せは当該病棟への患者の収容を前提とする収容準備の指示命令であるところ、原告はそれに反抗し、被告の看護業務を故意に阻害したものとして、就業規則に基づき原告を懲戒解雇した。
これに対し原告は、Fの問合せに対し病棟の状況を説明し、自己の意見を述べたに過ぎないから、就業規則に定める業務命令違反等の事由は存在しないとして、本件解雇の無効を主張し、従業員としての地位の確認及び賃金の支払い並びに慰謝料100万円の支払いを請求した。 - 主文
- 1 原告が被告の従業員たる地位にあることを確認する。
2 被告は原告に対し、昭和52年5月以降毎月16日限り金17万3555円を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを10分し、その1を原告の、その余を被告の、各負担とする。
5 この判決は第2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 婦長Fは患者の収容手続きを円滑に行うため、正式の入院決定前、原告に対し、本館4階病棟の状況を打診したところ、原告から病棟の多忙を理由に新患の収容が困難である旨の回答があったというものであり、その際Fが原告に入院の決定を告知し、又は病床準備の指示を黙示的にもしたとは到底認められないから、原告が婦長命令に反抗したとはなし難い。また原告が自己の病棟の状況を説明し、新患収容の難易につき自らの意見を具申することは、勤務看護婦の職責に適合し、就業規則により当然許容されているところであり、また原告の発言はその内容程度において意見具申権限を逸脱し、徒に反対を唱えているものとはみられず、患者の他院収容の発言についても、Fの質問に素直に返答したものと四囲の状況から読み取れ、かつ、その内容においても、患者の重篤なことからその可及的安全を図るべく、より円滑な収容・手当を期する趣旨から出たものであると解され(いわゆるタライ回しの発言ではない)、したがって原告の意見具申により、Fの職務が徒に阻害されたことはなく、原告自身そのような意図があったとも到底認め難い。
もっとも被告は、姫路赤十字病院では当直婦長が患者収容の希望を述べることは指示命令にほかならず、本件の場合もFの指示であると主張するが、本件の場合、いまだ医師により正式の入院決定がなされたわけでなく、かつ当直婦長は空床の種類を把握しているわけでないから、当直婦長から患者収容の希望が開陳されたとしても、それだけから直ちに収容指示を含むものと解することは、たとえ女性同士の職場の事柄であることを勘案しても、社会通念に照らし即座に首肯することはできず、諸般の状況に照らしその肯否を決するほかはないところ、本件においては、Fは定時の病棟巡回に際し、しかも帰り際に空床の有無等を問い合わせているものであり、当該患者に対する入院決定の存在を告知しておらず、かつ右患者は目下搬送中というのであって、即刻収容の必要に迫られていたわけではなく、更に別科の患者であって卒倒中という重篤な状況にあることからして、軽々に事を運びかねる事情がある等からすれば、Fの本件発言は単なる問合せの域を脱しないものとみるのが相当であり、被告の主張は採用できない。
以上のとおりであるから、原告の前記言動は職務上の指示命令に反抗したものとも、職務の遂行を阻害したものとも到底いえないから、原告に懲戒解雇事由のあったことを理由とする本件解雇は無効である。
本件解雇は違法であり、そうすると、被告は原告に解雇事由がないのに本件解雇を行ったことに過失があったものと一応推認することができる。しかしながら、被告は原告の処分については極めて慎重を期しており、すなわち事件発生後直ちに原告及びFから事情聴取したのみならず、看護部長からも全般の報告を受け、応分の措置を望むとの当病院婦長会の意見及び厳重処分を望むとの同医局会の意見などを参酌し、管理者会議を2回開催して審議の上、2ヵ月後に原告の処分を発令したものである。また、法的責任の存否はさておき、結局のところ患者死亡という重大結果が発生した以上、当病院としてはその公共性から地域社会への社会的責任も重く事件を軽々に処理することは叶わず、関係者に対する相当処分の必要に迫られることは璽明の理であり、なおまた適当な参考人に乏しく、しかも諸般の事情からすると、Fの弁明も相応の信用性ありと思料した被告側の判断にも相当の理由があるとみられ、これら諸点からすると、被告が原告に対し本件懲戒処分をしたことに過失はなかったと解するのが相当である。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働判例349号30頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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