判例データベース
M保育園保母雇止事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- M保育園保母雇止事件
- 事件番号
- 京都地裁 - 昭和61年(ワ)第157号、京都地裁 - 昭和61年(ワ)第2523号
- 当事者
- 原告(反訴被告) 宗教法人
被告(反訴原告) 個人1名 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1989年04月06日
- 判決決定区分
- 雇用関係不存在確認本訴請求事件 棄却、賃金請求反訴請求事件 認容
- 事件の概要
- 原告(反訴被告)は境内に保育園を開設しており、被告(反訴原告)との間で、保母として昭和60年4月5日から昭和61年3月24日まで雇用する雇用契約を締結し、被告は雇用契約書に書名押印した。その後原告保育園で常勤職員の定数が増加し、更に保母の退職者が出たので、原告はM、Nを1年の雇用期間で雇用したが、同人らについては採用と同時に保育園連盟に対し常勤職員として申請した。京都市の民間保育園においては、職員の給与体系を公務員給与に揃えるため、各保育園が一旦受けた措置費のうち人件費分を保育園連盟にプールし、それに単費補助金を加えて、各保育園の職員の勤続年数等に応じて定めた給与表に基づき再配分するという、いわゆるプール制を設けていた。
昭和60年12月20日、原告はM、N及び被告に対し、3月で雇用を打ち切る可能性を示唆し、昭和61年1月27日、被告に対し同年3月一杯で辞めてもらうよう通告した。原告は、本件雇用契約は1年以内の期間の定めのある契約であるとして、昭和61年4月以降は被告との間に雇用契約は存在しないと主張し、被告との間の雇用関係不存在の確認を請求した。一方、被告は、本件雇用契約は次年度の保母定員が減少した場合に解除できる場合があることを認めた期限なき雇用契約であり、M、Nも被告と同様な説明を受けて採用されながら、引き続き雇用されているから被告との間でも期限の定めなき雇用契約を締結したことが明らかであること、(2)プール制によって職員の身分保障がされていること、(3)雇用期間を1年未満としたのは1年を超える期間を定めた雇用契約が労働基準法に違反するためであること、(4)昭和61年4月に原告は新たに4名の保母を期限の定めなき雇用契約によって採用しているから原告保育園において保母定数の減少は生じていないことを挙げ、被告の従業員たる地位は継続していることを主張した。また、被告は、仮に本件労働契約に1年の期限の定めがあったとしても、保母の労働権を侵害し公序良俗違反として無効であると主張し、これらの主張に立って、被告は原告に対し賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1 原告(反訴被告)の請求を棄却する。
2 原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、昭和61年4月1日以降毎月末日限り
1ヶ月金18万6272円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。
4 この裁判は第2項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 原告は、保母を新たに採用するときは1年の期限付きで雇用する方針を持っており、被告との雇用契約書にも明確に1年の期限を記載しており、被告との面接においても1年の期限付きであることを説明していることが認められる。そして被告の就労後は、原告は被告に日給制の給料を支払ったり、共済等への加入手続きをしなかったりして、被告を他の常勤職員と異なった取扱いをし、被告を期限付き雇用者として扱っていたことが認められる。一方被告も、雇用契約書に期限の記載がなされていることに気づく機会が十分あり、原告から退職するよう通告された後、他の就職先を探しており、また地労委での申請も1年の期限付き雇用であることなどからして、被告も1年の期限付雇用契約であったことを認識していたものと認められる。以上より、原告と被告との間の雇用契約は1年の期限付のものであったと認めるのが相当である。
プール制は本来保育園の職員の地位向上や、保母経験者の定着等による職員の質の向上を目的としており、運用規則の常勤職員に1年の期限付き雇用の職員を含むと解することはプール制の趣旨に反することなどから考えれば、改訂前の運用規則の常勤職員は期限付雇用契約の職員を全て含まない趣旨であったと解するのが相当である。そして、1年の期限付雇用の職員を常勤職員として登録する趣旨は、これらの職員にもできるだけ期限の定めのない正職員と同じ待遇を与えるためであったと認められるから、1年の期限付の職員の労働実態が正職員と同じであり、しかも常勤職員の定数の範囲であれば、雇用契約の内容を改めさせることなく、常勤職員と同様の人件費を支給してきたものと考えられるから、1年の期限付雇用の職員を常勤職員として登録する取扱いが多くあったとしても、右判断を左右するものとはいえない。
原告保育園では、保母の勤続年数は平均して約5、6年であり、平均すれば毎年退職者による欠員が生じる可能性があったところであり、現員保障により常勤職員の定数が減少しても2名までは1年間常勤職員として保障されること、また年度初めに定数が減少しても10月1日までに入園児数を増やし定数を満たせば更に次年度も現員保障が受けられることを併せ考えれば、少なくとも本件保育園では被告を1年の期限付で雇用する必要性はほとんどなかったといわざるを得ない。
原告は被告を常勤職員として登録し、期限の定めのない職員と同様の労働に就かせながら、被告に期限の定めのない職員よりも低い日給制による給料しか支払わず、明らかにプール制の趣旨に反する取扱いをしていたこと、原告保育園において、定数に欠員が出たにもかかわらず、1年の期限付で雇用した3名の保母のうち被告に対してのみ雇止めをしようとしたこと、これらの点からすると、原告は1年の期限付雇用を試用期間と同様に考えていたことが推察されるが、原告保育園の就業規則において試用期間は60日と定められていることが認められ、1年の期限付雇用は職員の地位を不当に不安定にしていると考えられる。これら各点を併せ総合すると、被告の雇用契約に1年の期限を付したことは、著しくプール制及び法の趣旨に反するものであるから、原告被告間の雇用契約のうち1年の期限の労働条件は無効と解するのが相当である。もっとも、保育園によれば、1年で一挙に常勤職員の定数が5名も減少し現員保障があっても1年の雇用期間で職員を退職させなければならないような場合もあることが認められる。しかしそのような事態も経営者の努力により入園者の年齢構成を変動させないようにするなどして避けることもでき、仮に努力してもそのような事態が避けられなければ、保育園が公費のみに頼り一定限度の資金しかないのであるから、整理解雇の法理を類推して解雇も認めることができ、原告被告間の1年の期限付雇用を無効としても原告に不当な義務を課するものとはいえない。
原告は、被告に欠勤が多く、他のクラスの保母に負担かかっていたと主張するが、被告は1年間に12日欠勤し、そのうち病気によるものが9日、弟の交通事故によるものが2日、友人の結婚式によるものが1日あることが認められる。一方、原告保育園では1歳児保育のための設備がほとんどなく、1歳児クラスには0歳児も含まれ、被告の肉体的・精神的負担が重かったほか、被告は昼食時間も乳児を他の保母に見てもらえないことから、1日8時間半から9時間ほとんど休憩なしで働かなければならなかった。また、昭和60年7月から8月にかけて、被告は休暇を十分とれなかったが、他の職員の夏期休暇の間1歳児保育を被告1人で行わなければならず、保育室には冷暖房設備もないことなども重なり、同年9月病気で5日間欠勤したほか、同僚の妊娠のため被告が肉体的に負担の重い仕事を代わって行ったり、無理して出勤したりしたため、同年12月には気管支炎にかかるなどした。原告保育園には当時非常勤職員2名分の人件費が支給されていたにもかかわらず、原告はそれに見合う職員を採用せず、経済的余裕があるのに代替要員としてのアルバイトも雇わなかった。以上の事実によれば、被告の労働条件は労働基準法にも反するほど相当劣悪であり、被告の欠勤の多くはその劣悪な労働条件に原因があるということができるところ、原告はその労働条件を改善する経済的余裕は十分あったにもかかわらず、それを怠ったと認めることができる。したがって、被告の欠勤の多くは原告に責任があるということができるから、そのような欠勤を解雇事由とすることは解雇権の濫用というべきであり、正当な解雇とはいえない。
原告は、被告が長期間保育日誌を提出しなかったこと、ピアノの技量が劣ることも解雇事由として挙げるが、原告保育園においては保育日誌にそれほどの重要性はなく、被告が保育日誌を提出しなかったことは必ずしも解雇事由となるほどの事由とは認められないこと、被告が保育に必要なピアノ技術に欠けているとは認められず、被告のピアノの技量を解雇事由とすることは正当とは認められない。
以上より、原告の解雇の主張は正当な理由に基づくものとはいえず、解雇の主張は採用できない。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働判例538号13頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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