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情報・システム研究所非常勤職員解雇事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- 情報・システム研究所非常勤職員解雇事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成16年(ワ)第5713号
- 当事者
- 原告 個人1名A
原告 国立情報学研究所非常勤職員組合
被告 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構(訴訟提起時 国) - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年03月24日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄権利義務却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、昭和61年4月に大学共同利用機関である学術情報センター(センター)を前身とし、平成12年4月、国立情報学研究所(国情研)として改組され、平成16年4月の国立大学法人法の施行により権利義務を承継した法人であり、原告Aは平成元年5月、学術情報センターに事務補佐員として任用された女性である。また原告国立情報学研究所非常勤職員組合(原告組合)は、国家公務員法に基づき平成15年3月に人事院に登録した職員団体である。
センターは、国情研への改組決定後の平成11年12月27日付け管理部総務課長名事務連絡文書において、平成12年以降は任用期間は原則として1年とするが、最大3年間更新できる旨各課長宛てに発したが、非常勤職員に対しては知らされなかった。原告Aらは、国情研に対し、任用期間の上限については承知しておらず、継続勤務を希望する旨の要望書を提出したほか、原告組合を結成して人事院に国家公務員法上の登録申請をして国情研に団交を申し入れたが、職員団体としての要件具備を求められ、実質的な交渉に入れなかった。その後原告組合の登録がなされたため、国情研との間で予備交渉が行われたが、両者の主張は平行線をたどって決着せず、平成15年3月31日をもって原告Aらの任期は満了し、任期の更新はされなかった。
そこで、原告Aは本件任用拒絶は合理性を欠き、かつ信義則に反するので、解雇に関する法理ないし信義則及び権利濫用の法理に基づき、本件任用更新拒絶は許されないとして、平成15年4月以降も国情研の非常勤職員としての地位を有し、平成16年4月をもって被告大学共同利用機関法人情報・システム研究機構の職員に移行し、労働契約上の地位を有するに至ったとして、主位的には職員としての地位の確認及び賃金の支払い、予備的に任用更新拒絶による精神的損害に対する慰謝料200万円及び再就職に必要な期間6ヶ月分の賃金相当額114万余を請求した。また、原告組合は、国情研による実質的な団交拒否により、職員団体としての社会的評価及び存在価値を毀損され損害を被ったとして、不法行為による損害賠償100万円を請求した。 - 主文
- 1 原告Aと被告との間で、原告Aが被告に対して労働契約上の地位を有することを確認する。
2 被告は、原告Aに対し、金190万290円並びに平成16年3月17日から本判決確定の日まで、毎月17日限り、1ヶ月金19万29円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告国立情報学研究所非常勤職員組合の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、原告Aと被告との間においては全額被告の負担とし、原告国立情報学研究所非常勤職員組合と被告との間においては、被告に生じた費用の3分の1を原告国立情報学研究所非常勤職員組合の負担とし、その余を各自の負担とする。
5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金500万円の担保を供するときは、上記執行を免れることができる。 - 判決要旨
- 1 原告Aの勤務関係
原告Aは、平成元年5月1日をもって、任期付きの時間雇用職員たる非常勤職員として任用され、以来その任用更新が繰り返され、平成15年3月31日をもって本件任用更新拒絶がされたものであるから、原告Aの勤務関係は、任期を定めて任用された公法上の公務員任用関係であると認められ、私法上の労働契約関係とは認められない。
2 解雇に関する法理の類推、信義則・権利濫用の法理の適用の有無
常勤職員と非常勤職員とは、その採用方法や処遇において法により歴然と区別がされており、かつ、任期の定めのない非常勤職員の存在は、法の予定していないところというべきであるから、任期を定めて任用された職員について、その任用の更新が繰り返されたからといって、常勤職員に転化することがないことはもとより、期限の定めのない非常勤職員になることもない。また、同様に当事者の合理的意思解釈によって、任用関係の内容が改訂・変更されるとすることも認め難いことから、任用更新が繰り返されたことによる非常勤職員の更新への期待に対して、直ちに合理的期待であるとして法的保護が与えられると解することもまた困難である。権利濫用ないし権限濫用の禁止に関する法理は、解雇に限らず一般的に妥当する法理であって、信義則の法理と共に、公法上の法律関係においても適用の余地のある普遍的法理というべきである。そして、任期付きで任用された公務員の任用関係が、公法的規律に服する公法上の法律関係であるとしても、特段の事情が認められる場合には、権利濫用・権限濫用の禁止に関する法理ないし信義則の法理が妥当することがあり得ると考えるのが相当である。
任用更新拒絶が権利濫用に当たる場合に言及した裁判例によれば、(1)任命権者が非常勤職員に対して、任用予定期間満了後も任用を続けることを確約ないし保障するなど、任用が継続されると期待することが無理からぬものと見られる特別な事情があるにもかかわらず、任用更新をしない理由に合理性を欠く場合、(2)任命権者が不当・違法な目的をもって任用更新を拒絶するなど、その裁量権の範囲を超え又はその濫用があった場合、(3)その他任用更新の拒絶が著しく正義に反し社会通念上是認し得ない場合など、特段の事情が認められる場合には、権利濫用・権限濫用の禁止に関する法理ないし信義則の法理により、任命権者は当該非常勤職員に対する任用更新を拒絶できないというべきである。
3 原告Aに対する本件任用更新拒絶の有効性
原告Aが担当してきた情報データベース作成関連業務は、被告にとっては恒常的に必要な業務であったこと、それも常勤職員の補助ではなく固有の担当業務として継続して従事していたこと、センター時代は任用更新希望の非常勤職員はほぼ漏れなく任用更新されていたこと、非常勤職員は一般に長く勤められる職場だという認識を持っており、センター側も任期を付されていなかったという捉え方をしていたこと、その中で原告Aは、センター時代から計13回にわたる任用更新を受け、継続して同種の業務に従事していたこと、その間原告Aの勤務態度及び業績に不足があった旨の事情も見受けられないことが認められる。平成12年4月のセンターから国情研への改組に際し、今後は非常勤職員の任用更新は最長3年とする旨の方針が決定されたが、この方針は原告Aには伝えられず、改組以降もそれまでと同様に原告Aの任用更新が継続され、平成14年4月における任用更新に至っても、更新が最後になる旨原告に伝えられた形跡もなく、国情研が原告Aに任用更新の予定がない旨告知したのは平成15年1月に入ってからと認められる。
厚生労働省は「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準を定める告示」において、契約更新がない場合には締結に際しこれを明示するよう求めている。これは私法上の労働契約に関する告示であり、公務員の勤務関係を対象にするものではないが、公務員であっても、その職を失えば収入の途を断たれるわけであるから、仮に任用更新しないことが任用当初からはっきりしているのであれば、任命権者は任期付き任用に際し、被任用者に対して、任用期間満了後における任用更新がないことを明示し、もって被任用者をして再就職の途を探す機会を与える必要があるというべきである。本件においては、任命権者たる国情研所長は、遅くとも平成14年4月の任用更新の時点ではこれを告知し、もってその任期満了後の再就職の途を探す機会を与えるべきであったと思料する。衆議院議員の質問趣意書に対する政府答弁書は、「研究所においては、任期満了後に任用を更新しない非常勤職員に対しては、本人の申し出を受け、可能な範囲で、再就職についての支援を行ったところである。」と回答しているが、原告Aに対し上記告知をしていないのであるから、本人が申し出をする機会を与えていないに等しく、かつ、その後においても同原告に対して再就職の支援を行ったとは言い難い。
思うに、非常勤職員といっても、任用更新の途を選ぶに当たっては、その職場に対する愛着というものがあるはずであり、それは更新を重ねる毎に増していくことも稀ではないところである。任命権者としては、そのような愛着を職場の資源として取り入れ、もってその活性化に資するよう心がけることが、とりわけ日本の職場において重要であって、それは民間の企業社会であろうと公法上の任用関係であろうと変わらないものと思われる。また、任用を打ち切られた非常勤職員にとっては、明日からの生活があるのであって、道具を取り替えるのとは訳が違うのである。これを本件について見るに、国情研においては、原告Aら非常勤職員に対して冷淡に過ぎたのではないかと感じられるところである。永年勤めた職員に対し任用を打ち切るのであれば、適正な手続きを踏み、相応の礼を尽くすべきものと思料する次第である。
以上要するに、原告Aは平成元年5月以降13回の任用更新を受け、それなりに職場に愛着を持ちつつ勤務に励み、平成15年4月以降も任用更新されるものと信じていたところ、国情研においては、既に平成11年末において原告Aの平成15年3月31日をもっての任用終了方針を原則決定しており、しかるにその当時においても、これを原告Aに告知することをせず、まして任期満了後における原告Aの再就職について、斡旋はもちろん心配もした形跡がないことが認められる。上記事情の下においては、本件任用更新拒絶は、著しく正義に反し社会通念上是認し得ないというべきであって、特段の事情が認められる場合に該当するものと思料する。よって、任命権者たる国情研所長が、原告Aに対し、平成15年4月以降の任用を拒絶することは、信義則に反し許されないといわなければならない。
4 任用更新後の原告Aの法的地位について
原告Aと国情研は、平成15年4月以降においても従前の任用が更新されたのと同様の法律関係に立つというべきであるから、原告Aは平成16年3月31日までの任期が付された非常勤職員であったとみなされる。国立大学法人法の施行に基づき、平成16年4月から国情研の設置者が国から被告大学共同利用機関法人情報・システム研究機構に承継されたこと等からすれば、原告Aと国情研との勤務関係は、平成16年4月以降は被告大学共同利用機関法人情報・システム研究機構との労働契約関係に移行したことが認められる。本件のような任用更新拒絶事案においては、当該任用更新拒絶が許されない結果更新される次の任期中に訴訟提起がなされた以上、当該訴訟に対する判決による公権的な判断がなされ、それが確定するまでの間は、その任期が満了したとしても、続いて任用更新がなされたものとして扱うことが、公平の見地から相当であると解される。したがって、平成17年4月1日においても、原告Aは、契約期間を1年とする有期労働契約を更新された立場にあるというべきであり、その理は以後本判決確定まで同様である。
5 原告組合の団交申し入れに対する対応の不法行為該当性
交渉申入れ団体が登録された職員団体でない時は、当該団体の構成員は職員が主体となっているか、その目的が交渉の内容に相応しいものかなど、国情研において総合的に勘案して交渉することが適当であるかどうか判断する必要があるから、国情研が原告組合から平成15年2月6日付けで団交の申入れを受けた際、直ちに交渉ないし予備交渉を行わなかったことは違法とまではいえないところである。また国情研が、登録された職員団体となった原告組合との間で同年3月13日から31日まで3回にわたり予備交渉の場を設けたものの、非常勤職員の任用更新拒絶に関し交渉は平行線をたどり、国情研側としては団交の議題として相応しくないとして交渉に至らなかったものである。以上によれば、国情研は原告組合との間で、一定の交渉を行ったと見ることができる。よって、国情研の対応が原告組合に対する不法行為になるとは認められないから、これを前提とする原告組合の請求には理由がない。 - 適用法規・条文
- 民法1条
- 収録文献(出典)
- 労働判例915号76頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 - 平成16年(ワ)第5713号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2006年03月24日 |
東京高裁 − 平成18年(ネ)第2163号 | 原判決取消し | 2006年12月13日 |