判例データベース
A銀行・B労働者派遣会社解雇事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- A銀行・B労働者派遣会社解雇事件
- 事件番号
- 高松高裁 − 平成15年(ネ)第293号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 A銀行
被控訴人 B労働者派遣会社 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年05月18日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(上告)
- 事件の概要
- 被控訴人(第1審被告)B社は労働者派遣を業とする被控訴人(第1審被告)A社の100%出資の子会社であり、控訴人(第1審原告)は昭和62年2月に、B社の前身であるC社に派遣労働者として雇用され、その後B社の派遣労働者として、A社の支店で就労していた女性である。控訴人は、平成12年5月末日をもって、B社から雇用契約の更新を拒絶されたことから、当該更新拒絶は権利濫用として許されず、控訴人とA社との間にも黙示の労働契約が成立しているとして、被控訴人らに対し、労働契約上の権利を有することの確認及び賃金の支払いを求めるとともに、いじめを行ったA社の上司及び被控訴人らに対し、慰謝料を請求した。
第1審では、雇用関係存在確認、賃金請求につき、控訴人と被控訴人B社との間の雇用契約は登録型の契約であって、平成12年5月31日をもって終了しており、控訴人と被控訴人A社との間に黙示の雇用契約が成立したとも認められないとして、いずれも請求を棄却した。また、派遣先であるA社の上司によるいじめ等に対する損害賠償請求につき、A社、B社の不法行為責任、債務不履行責任を否定して、控訴人の請求を棄却した。 - 主文
- 1 控訴人の被控訴人伊予銀行に対する控訴に基づき、原判決中、控訴人の被控訴人伊予銀行に対する損害賠償請求を棄却した部分を次のとおり変更する。
(1)被控訴人伊予銀行は、控訴人に対し、金1万円及びこれに対する平成12年10月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人の被控訴人伊予銀行に対するその余の損害賠償請求を棄却する。
2 控訴人の被控訴人伊予銀行に対するその余の控訴(当審追加請求を含む。)及び被控訴人ISSに対する控訴(当審追加請求を含む。)をいずれも棄却する。
3 訴訟費用の負担は次のとおりとする。
(1)控訴人と被控訴人伊予銀行との間について
控訴人と被控訴人伊予銀行との間に生じた訴訟費用は、第1、第2審を通じてこれを100分し、その99を控訴人の、その余を被控訴人伊予銀行の各負担とする。
(2)控訴人と被控訴人ISSとの間について
控訴人と被控訴人ISSとの間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。
4 この判決の第1項(1)は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 控訴人と被控訴人B社との間の雇用契約関係について
有期雇用契約が当然更新を重ねるなどして、あたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、あるいは期間満了後も使用者が雇用を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合には、雇止めに当たっては解雇の法理が類推適用され、当該雇用契約が終了となってもやむを得ないといえる合理的な理由がない限り許されないというべきであり、これは登録型雇用契約の場合でも同様である。本件では雇止めとなった平成12年5月31日以降、控訴人が雇用継続について強い期待を抱いていたことは明らかであるが、同一労働者の同一事業所への派遣を長期間継続することは常用代替防止の観点から派遣法の予定するところではないから、控訴人の雇用継続の期待は同法の趣旨に照らして合理性を有さず、保護すべきものとはいえないと解される。そうすると、控訴人と被控訴人Bとの間の雇用契約が反復継続したとしても、あたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、あるいは期間満了後も雇用を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合には当たらないから、解雇権濫用の法理が類推適用されることはないというべきである。
控訴人とC社ないし被控訴人B社との間の雇用契約は、派遣就労の希望と派遣登録、派遣元による就労場所のあっせんと派遣労働契約の締結がいわば同時に行われたものであるが、C社ないし被控訴人B社は待機期間中の休業手当を負担してまで控訴人を常用の派遣労働者として雇用する意思を有していたとは考えられず、むしろ派遣期間中に限って控訴人を雇用する意思であったものであって、法的には登録型の雇用契約であって、常用型の雇用契約であると認めることはできない。
2 控訴人と被控訴人Aとの黙示の労働契約の成否
労働者派遣の法律関係は、派遣元が派遣労働者と結んだ雇用契約に基づく雇用関係を維持したままで、派遣労働者の同意・承諾の下に派遣先の指揮命令下で労務給付をさせるものであり、派遣労働者は派遣先とは雇用関係を持たないものである(派遣法2条1号)。したがって、派遣労働者と派遣先との間で雇用契約締結の意思表示が合致したと認められる特段の事情が存在する場合や、派遣元と派遣先との間に法人格否認の法理が適用ないし準用される場合を除いては、派遣労働者と派遣先との間には、黙示的にも労働契約が成立する余地はないのである。
派遣労働者と派遣先との間に黙示の雇用契約が成立したといえるためには、単に両者の間に事実上の使用従属関係があるというだけではなく、諸般の事情に照らして、派遣労働者が派遣先の指揮命令のもとに派遣先に労務を供給する意思を有し、これに関し派遣先が派遣労働者に賃金を支払う意思が推認され、社会通念上両者間で雇用契約を締結する意思表示の合致があったと評価できるに足りる特段の事情が存在することが必要である。これを本件についてみると、控訴人はC社社長から採用面接を受けた際、派遣先で仕事がある間だけC社に雇用されることの説明を受け、C社や被控訴人B社を雇用者とし、控訴人を労働者とする雇用契約書を作成し、控訴人はC社宛てに誓約書を提出している。他方被控訴人A社はC社や被控訴人B社に対し、控訴人の派遣料を他の派遣労働者の分と一括して支払っており、控訴人に対し就労の対価として賃金を支払った事実はない。以上の事実に照らすと、控訴人が被控訴人A社の指揮命令のもとに同社に労務を提供する意思を有し、同社が控訴人に対し賃金を支払う意思が推認され、社会通念上控訴人と同社で雇用契約を締結する意思表示の合致があったと評価できるに足りる特段の事情が存在したものとは到底認めることができない。
派遣元が派遣労働者との間で派遣就業の同意を伴う雇用契約を締結している場合であっても、派遣元が実態を有せず、派遣先の組織の一部と化していたり、派遣先の賃金支払いの代行機関となっていて、派遣元の実体が派遣先と一体と見られ、法人格否認の法理を適用し得る場合若しくはそれに準ずるような場合には、派遣先と派遣労働者との間で雇用契約が成立しているものと認めることができる。被控訴人B社は、被控訴人A社の100%子会社であるが、被控訴人A社の関連会社や直接資本関係のない会社等に対しても労働者を派遣しており、派遣労働者の採用や、派遣先、就業場所、派遣期間、賃金その他就業条件の決定、派遣労働者の雇用管理等について意思決定をしている。また被控訴人A社が派遣労働者の募集・採用を雇用主として行ってきた事実はなく、派遣労働者の給与等を決定し、支払っているのは被控訴人B社である。以上の次第で、被控訴人B社は、派遣元として必要な人的物的組織を有し、独立した企業としての実体を有し、派遣労働者の採用や就業条件の決定、雇用管理等について、被控訴人A社とは独立した法人として意思決定を行っている。したがって、被控訴人B社の実体が被控訴人A社と一体と見られ、法人格否認の法理の適用ないし準用により、控訴人と被控訴人Aとの間に黙示の雇用契約が成立したと認めることもできない。
確かに、被控訴人らについては、控訴人について、一般的な行政指導による派遣期間(3年間)を経過して被控訴人A社の支店で勤務していたとか、部分的に派遣対象業務の範囲を超える業務に従事していたとか、被控訴人A社の担当者が就業前に控訴人と面談していたなど、少なからず問題点があったことは否めない。けれども認定された事実等に照らせば、上記問題点があったからといって、控訴人と被控訴人B社との間の雇用契約が無効であったとまでは認められないから、上記のような問題点を根拠に、控訴人と被控訴人A社との間には、黙示的にも労働契約が成立したと認めることはできない。
3 損害賠償責任の有無
被控訴人A社の支店長Dが控訴人に渡した慰労金明細書の裏に「不要では?」という付箋付着していたが、これが意図的なものか否かにかかわらず、これを受け取った控訴人からすれば、自己が支店において不要な人物であると思われていると考えさせるに充分であって、控訴人に対し大きな精神的苦痛を与えるものであることは容易に推認できる。そのような付箋が付着したまま控訴人に渡してしまったDの行為はいかにも軽率であり、わざとしたものではないとしても、社会的妥当性を欠き、不法行為を構成すると認めるのが相当である。そしてDの上記行為は、被控訴人A社の職務としてなされたものであるから、被控訴人A社は使用者責任を負うというべきである。以上の不法行為の態様、控訴人が受けた精神的苦痛の程度、本件紛争の経過その他諸事情を総合考慮すると、慰謝料の額は1万円と認めるのが相当である。
確かに被控訴人A社が控訴人に対し、派遣対象業務以外の業務に従事させていたとの点につき、派遣先の指揮命令権の行使に問題があったといわざるを得ないが、被控訴人らの上記問題点によって、社会通念上控訴人の人格的利益が侵害されたものであるとか、精神的損害が生じたものであるとまでは認め難いものといわなければならない。また、被控訴人A社が控訴人に自己申告書を提出させていたことにより、控訴人のプライバシーが侵害されたとまで認めることもできない。以上のとおりであるから、被控訴人らは、控訴人に対し損害賠償義務を負うべき債務不履行ないし不法行為責任を負うものとまでは認められない。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条、労働者派遣法2条
- 収録文献(出典)
- 労働判例921号33頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
松山地裁 - 平成12年(ワ)第757号 | 棄却(控訴) | 2003年05月22日 |
高松高裁 − 平成15年(ネ)第293号 | 一部認容・一部棄却(上告) | 2006年05月18日 |
最高裁 - 平成18年(オ)第1186号 | 上告棄却 | 2009年03月27日 |