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N区非常勤保育士雇止事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- N区非常勤保育士雇止事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成16年(ワ)第5565号
- 当事者
- 原告 個人4名 A、B、C、D
被告 N区 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年06月08日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告A、Bは平成4年7月1日から、原告Cは同年8月1日から、原告Dは平成7年2月1日から、それぞれ被告の非常勤保育士として任用された者であり、平成15年度まで毎年期間1年間の任用をされてきた。
被告は、平成13年の行財政5ヵ年計画や平成15年の経営改革指針において、保育施設の民営化等による非常勤職員の減少を示唆するとともに、労組に対し、平成16年3月末をもって非常勤保育士等の職を廃止することを提案した上これを正式決定し、平成16年2月24日、原告らに対し、同年3月31日をもって任期満了になること、非常勤保育士の職を同日限り廃止することを通知した。
これに対し原告らは、(1)非常勤職員には成績主義、能力実証主義という基本原則の適用がないこと、(2)非常勤職員には労働組合法、労働基準法が適用されること、(3)地公法上雇用契約の締結は禁止されていないこと等に照らせば、原告らの任用は一般職の公務員とは異なり、雇用契約の締結にほかならないから、その解雇に当たっては解雇権濫用の法理が類推適用されるべきであると主張した。その上で原告らは、(1)原告らの職務は本来正規職員が行うべきと被告は言うが、このような状態は被告が自ら作り出したものであり、これを理由に解雇するのは信義則に反すること、(2)被告は退職予定者を募集したり、原告らを他の職種に配転したりする検討すらしていないこと、(3)労組との十分な協議も尽くされていないこと、(4)本件解雇は、被告が労組を嫌悪し、労組員の一掃を意図したものであり、不当労働行為に該当することを挙げて、本件解雇の無効による非常勤職員としての地位の確認と報酬の支払い及び長期間稼働できるとの期待権を侵害されたことによる精神的苦痛に対する慰謝料として、各自100万円を請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告ら各自に対し、40万円及びこれに対する平成16年4月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その1を被告の、その余を原告らの負担とする。 - 判決要旨
- 1 原告らは非常勤保育士としての地位を有するか
原告ら非常勤保育士は、地公法3条3項3号に定める特別職であり、同特別職である非常勤職員は、法律に特別の定めのある場合を除いて地公法の適用がないものとされるものの、一般的に、任用権者による任用行為により勤務関係が成立していると理解されているのであって、雇用契約の締結がされたとみるのは疑問である。原告らが初めて被告の非常勤保育士になった際及びその後に毎年非常勤保育士とされた際には、毎回任命権者である区長による任用行為があり、発令通知書が交付されていたのであり、原告らと被告との間で雇用契約の締結に該当するような事実はみられない。また、被告の非常勤保育士の地位や労働条件に関しては、被告が定めた非常勤保育士設置要綱等において規定され、その報酬は条例に基づいて支給されているのであって、被告の任用権者らが自由に労働条件を決定することはできないし、交渉により労働条件を決定するような余地もない。以上のとおり、原告らの地位に関する原告らと被告との関係は、私法上の雇用契約とは異なることは明らかであり、原告らの任用関係は公法上の任用関係であったというほかない。
原告らは、平成15年度に、任用期間を同年4月1日から平成16年3月31日までの1年間として再任用されている。そうすると、原告らは平成16年度に新たな再任用行為がない限り、任期終了と同時に、当然に公務員としての地位を失うというほかない。原告らの地位は任用行為の内容によってのみ決定されるのであるから、被告が原告らを再任用しなかったことについて、解雇であれば解雇権の濫用や不当労働行為に該当して解雇無効とされるような事情があったとしても、解雇に関する法理が類推され、原告らが再任用されたと同様の地位を有することになると解する余地はない。
私法上の雇用契約においては、期間の定めのある雇用契約が多数回にわたって更新された場合、雇用の継続が期待され、かつその期待が合理的であると認められるときには、解雇権濫用の法理が類推適用される余地があると解される。しかし、原告らと被告との関係は、私法上の雇用関係ではなく、公法上の任用関係であるから、その地位は任用行為によって決定され、任用行為以外の事情や当事者の期待、認識によって、その内容が変わる余地はないというべきである。これを労働者の側から見れば、多数回の更新の事実や雇用継続の期待という点で差異がない場合があるけれども、公法上の任用関係においては、労働条件が任用権者等によって自由に決定されたり、任用された際に決定された労働条件と異なる実態が継続したことによって労働条件が変更されることがないようにすべき要請があるのだから、結果として、私法上の雇用契約と比較して不利となることはやむを得ないというべきである。以上によれば、原告らは、いずれも平成16年3月31日をもって被告の非常勤職員としての地位を失っているから、その地位確認及び同年4月以降の報酬の支払いを求める原告らの請求は理由がない。
2 再任用しないことが原告らの期待権を侵害したか
原告らは非常勤保育士の任用を希望した際や、任用をされた際に、非常勤保育士の任用期間は1年間であり、1年後に再任用されるとは限らず、仮に1年後に再任用されても、その後も再任用が継続されるとは限らないことについての説明は一切受けていないこと、かえって、任用時の説明会では、「定年はない」「1日でも長く働いてください。辞めないでください」「正規と同じように非常勤も異動するので大丈夫」などと一部事実に反する説明もされていたこと、原告らの再任用手続きは、原告A及びBが園長から口頭で継続勤務の意思を1、2回確認されたのみで、それ以外の再任用の際には口頭での希望確認すらされていないこと、再任用に先立って毎年行われていた職務意向調査も、次年度の配置換えの希望や、次次年度までの退職予定の有無を確認するものに過ぎなかったこと、以上の各事実が認められるのであって、このように、原告らの任用の際には長期間の稼働に対する期待を抱かせるかの説明がされ、その後の再任用手続きも、本人の意思を明示的に確認しないでの再任用が常態化していたことに照らせば、その任用に制度上は期間の限定があるとされていたことを認識していたとしても、自ら退職希望を出さない限り、当然に再任用されるとの期待を原告らが抱くのはごく自然なことである。そして原告らは勤務時間こそ常勤の保育士と異なっていたものの、職務内容自体は、本来一般職である常勤の保育士が担当するべき職務に従事していたこと、被告における非常勤保育士の職務の必要性は一時的なものではなく、将来的にも不要になるとは考えられないこと、保育士という職務は、専門性を有する上、職務の性質上短期間の勤務ではなく、継続性が求められること、前記のような状態での再任用が、原告A及びBにおいて11回、Cにおいて10回、Dにおいて9回にも及んでいることを考慮すれば、原告らの期待は法的保護に値するというのが相当である。
非常勤保育士の職務は、本来は一般職である常勤の保育士が担当すべきであったといえるところ、被告は、民間委託に伴い一般職の保育士の人員に余裕が生じたことから、それまで非常勤保育士が担当していた職務を一般職の常勤保育士に担当させることにし、その職務を行わせることに疑義があった非常勤保育士を廃止することを決定したという面を否定することができない。そうだとすると、被告は、原告らをその職務からみて疑義のある非常勤保育士として任用をし、その再任用を繰り返し、一般職が担当すべき職務に従事させ、その結果、原告らに再任用の期待を抱かせながら、一転して、非常勤保育士を廃止して再任用しなかったものであり、このような事態を招いた原因は専ら被告にあるのだから、原告らが再任用されるとの期待は、法的保護に値するというべきである。
原告らが再任用されるとの期待権を侵害されたことによる損害は、この期待権が原告らの生活基盤に直接かつ密接に関連するものであり、被告が原告らを再任用しないことが原告らの生活設計に与えた影響は大きいと考えられること、その他一切の事情を考慮すると、原告ら1人につき40万円と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 国家賠償法1条、地方公務員法3条3項
- 収録文献(出典)
- 労働判例920号24頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 - 平成16年(ワ)第5565号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2006年06月08日 |
東京高裁 - 平成18年(ネ)第3454号 | 控訴一部認容・一部棄却 | 2007年11月28日 |