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N市社会福祉協議会ホームヘルパー解雇事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- N市社会福祉協議会ホームヘルパー解雇事件
- 事件番号
- 山口地裁 - 平成10年(ヨ)第21号
- 当事者
- その他債権者 個人2名 A、B
その他債務者 社会福祉法人 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 1999年04月07日
- 判決決定区分
- 却下
- 事件の概要
- 債務者は、N市からホームヘルパー派遣事業の委託を受け、その運営を遂行してきた社会福祉法人であり、債権者Aは平成7年4月、債権者Bは平成8年4月に、それぞれ債務者に雇用され、ホームヘルパーとして勤務してきた女性である。
債務者は昭和57年11月以降N市との間でホームヘルパー派遣事業委託契約を締結し、家事、介護、相談及び助言指導等に関するサービスの提供を遂行してきたが、平成7年6月、N市は在宅関連施設を一体的に整備することとし、これらを一括してF会に委託することを決定し、債務者に対し、平成9年度末をもって本件委託契約を解除し、F会へ委託替えする旨通告した。
そこで債務者の当時の会長及び事務局長は、平成8年10月、債権者A他1名に対し、ホームヘルパー事業が民間委託となることを伝え、「残りたければ債務者に残る権利がある。自分達で決めて欲しい」と言った。他方、債務者はF会に対し債権者らをホームヘルパーとして雇用するよう申し入れ、最終的に債務者における勤務条件とほぼ同等の条件で移籍可能との回答を得、平成9年10月、債権者らに対しその旨説明した。なお、同年8月に債権者A他1名が債務者への残留の可能性を確認したのに対し、事務局長は、債務者には沢山委託事業があるから大丈夫と回答している。その後同年11月の債務者と組合との間の団交の席で、組合は債権者Aは債務者に残り、債権者BはF会に移るよう最大限の努力をするよう債務者に要求したところ、債務者は善処する旨回答した。債務者はこの回答に沿って債権者Aの債務者内部での配転につきN市と折衝したが拒否され、債権者Bは平成10年2月、作文による試験を実施することに抗議して面接試験を受験しなかったことから、債務者は平成10年3月31日をもって債権者両名を解雇した。
債権者らは、債務者に残留を希望する意思を表示し、債務者が雇用を継続する旨再三約束していたから、雇用継続保障契約とでもいうべきものが成立したと解されるところ、債務者は右契約の基礎事情に何らの変化も生じていないにもかかわらず、本件解雇を行ったのであるから、同解雇は信義則上右契約に違反し、かつ解雇権の濫用として無効であること、本件解雇は整理解雇であるところ、人員削減の経営上の必要性はなく、解雇回避の努力を怠り、手続きの妥当性を欠くから無効であるとことを主張して、債務者の従業員としての地位の保全と、賃金の支払いを求めて、仮処分の申立てを行った。 - 主文
- 1 本件各申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は、債権者らの負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件解雇は雇用継続保障契約に違反し無効となるか
債務者の会長、事務局長らの債権者らに対する各言動は、債権者らに雇用継続を約束したとの期待を抱かせる類のものといえなくはない。しかしながら、債権者らの残留の意思表明に対し、単に「わかった」と答えたのみで、右約束をしたとまで認めるのは経験則に照らし困難であるし、平成8年8月11日の事務局長の債権者らに対する発言にしても、その1ヶ月後には「皆は社協の職員だから、行くか残るか君たちの意志で決めて欲しい」と、以前に比べてそのニュアンスを変えていることが認められ、更に同年10月14日の組合との団交の席上での理事の発言についても、その翌日には、債務者への残留の意思を表明した債権者らに対し、「2人の気持ちはわかったが考え直せるなら又言って欲しい」などと後退した内容を述べているのであるから、これらを全体として客観的に見た場合、それぞれの真意が果たして債権者らに対し、雇用継続まで約束するものであったとはにわかに断じ難いところである。更に、債権者らを債務者に残留させるか否かは、本件委託契約を含む組織、制度上、債務者の一存のみで決し得ることではなく、長門市の承認を要する事項であることに照らせば、債務者の幹部らがなしたとはいえ、前記各言動をもって、債権者らと債務者との間で雇用継続保障契約が成立していたとは認め難いところである。したがった、右雇用継続保障契約が成立したことを前提に、本件解雇が信義則に反し、解雇権の濫用に当たるとして無効であるとする債権者らの主張は肯定し得ない。
2 本件解雇は整理解雇の要件を欠くか
整理解雇は、労働者の責に帰すべき事由によるものではなく、専ら使用者側に存する事由に基づいて労働者を一方的に解雇するものであるから、整理解雇が有効であるためには、憲法が労働者の生存権、労働基本権を保障している趣旨と、経営者の経営の自由を保障している趣旨に鑑み、(1)人員整理の経営上の必要性、(2)整理解雇を回避する手段の有無、(3)解雇手続きの相当性を総合的に考慮して決するのが相当である(本件においては「被解雇者選定の妥当性」は考慮することを要しない)。
債権者らは、いずれも債務者にホームヘルパーとして雇用されたものであること、債務者が運営してきたホームヘルパー派遣事業は、N市から委託を受けて行っている事業であり、同事業の予算は、全額同市からの委託金で賄われていて、その使途も限定されていたこと、同市が平成10年度から同事業の委託先を債務者からF会に委託替えすることを決定したことから、債務者の同年度以降の同事業の受託が不可能となったことが認められる。とすれば、右事業にホームヘルパーとして従事してきた債権者らに対する人員整理は、債務者の合理的運営上やむを得なかったものと認められる。
債務者は、債権者らに対し、再三にわたり、F会へ移籍するよう説得し、実際債権者らにつき、N市を通じてF会に対し、これまでとほぼ同様の労働条件で採用するよう働きかけてその旨の合意に達し、その後債権者Aについては、債務者における他の事業への配置転換を検討し、債務者に残留することを前提とした予算編成をして、それを長門市に提出したこと、また債権者Bについても、面接試験のみで移籍できるようF会を説得したこと、以上の各点が指摘されるのであるから、債務者は、本件解雇回避のための真摯かつ合理的な努力をしたものと認められる。
本件解雇に際しては、債務者において、債権者らに対しその事情を説明し、F会への移籍を勧め、そのための手筈も整え、組合とも団体交渉の機会を数回持っている。してみると、債務者は本件解雇に至るまでに、債権者らに対し、当初債務者へ残留できるかもしれないとの期待を抱かせた幹部の言動が存したことは否定し得ないが、それを考慮に入れても、なお同解雇を回避せんがための手立てを尽くしていたものと認められ、これによれば、同解雇手続きが不相当・不合理であったとは解されない。したがって、本件解雇は、整理解雇の要件をいずれも満たすものと認められるので、解雇権の濫用を理由に無効となるものではないと解される。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報1718号3頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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