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I福祉会保母配転・解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
I福祉会保母配転・解雇事件
事件番号
熊本地裁八代支部 − 平成12年(ワ)第80号
当事者
原告 個人1名
被告 社会福祉法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年03月05日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、昭和19年生まれで、昭和48年7月被告に雇用されて保母として働いていた女性である。被告代表者理事Aは、平成10年4月1日、原告に対し、1年後に55歳で定年となることを告げた。原告は同年7月、左足を骨折し、同年9月6日まで欠勤したが、被告はこれを無断欠勤と判断したほか、無断外出、家庭訪問後の職場放棄、突然の休暇、遅刻・早退、私用電話・長電話、私用優先、保育中のテレビ、持ち物の入れ忘れ、卒園式でのコサージ造り・マニキュア・指輪、研修会の欠席、原告の保育を原因とする園児の退園、保護者からの苦情、乳児の洗剤誤飲、園児の呼吸停止の未報告等の事実が見られたとして、解雇することで一致したが、Aは、原告が55歳定年を意識していること、退職金見込額の証明を求めるなど退職の意思があると考察したことから、穏便に処理しようとして、同年10月末日をもって退職を要請し、その返事にかかわらず原告を保育業務から外すこととした。理事会から対応を一任されたAは、原告に退職を要請したところ、原告がこれを拒否したため、同年11月1日付けで、整備美化整備業務へ配置転換し、同年12月16日、原告の休息場所を2階に指定し、忘年会にも誘わなかった。

 平成11年4月1日、原告はAから用務員を命ずる旨の辞令を受け、更に55歳定年により同月30日をもって退職するよう通告されたが、これを拒否した。そこで被告は、原告が就業規則にいう「勤務状態が不良で業務に適しないと認められるとき」に該当するとして、同年5月18日付けで解雇通知をした。
 これに対し、原告は。本件配転は違法であり、本件解雇は解雇権の濫用で無効であるとして、解雇無効の確認と賃金の支払を求めるとともに、被告の一連の行為による精神的苦痛に対する慰謝料500万円等を請求した。
主文
1 原告が、被告との雇用契約上の権利を有する地位を有することを確認する。

2 被告は、原告に対し、金225万7762円及びこれに対する平成11年6月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告に対し、金583万9280円及び内金305万3004円に対する平成13年8月7日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被告は、原告に対し、平成13年5月1日より平成16年4月30日まで毎月末日限り金24万0102円を支払え。

5 原告のその余の請求を棄却する。

6 訴訟費用は、これを3分し、その1を原告の負担とし、その余は原告の負担とする。
7 この判決は、第2、3,4項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 清掃美化整備業務等への変更命令の有効性

 使用者が労働者に対して配転を命ずる権限を有する場合であっても、使用者は同権限の範囲を超えてこれを行使することはできず、仮に同権限が包括的なものであったとしても、使用者の配転に関する権限の行使は無制限に許されるものではなく、合理的な制限に服すべきであって、その制限は、具体的事案において、配転の業務上の必要性の程度と、その配転によって労働者が被る不利益の程度とを比較考量して判断しなければならず、業務上の必要性に比べて労働者の被る不利益ないし損害が著しく大きい場合には、当該配転命令は権利の濫用として無効となるものと解するべきである。

 被告は、同命令の理由として、原告の2ヶ月間の無断欠勤を挙げるが、これは無断欠勤とは認められず、原告の勤務態度にいくらかの問題があるとしても事案軽微というべきもので、口頭での注意の他、園内の慣行の改善、さらに注意に応じない場合は譴責、減給、昇格停止等の懲戒手続きにより改善が図り得るものである。Aが原告に注意したと供述する勤務中の内職や私的な仕事は被告の主張する解雇事由には含まれておらず、またAは始末書を書かせることすら消極的であったとのことであるから、被告が今回指摘する事項について十分な注意がなされたかどうか疑問である。かえって、原告は平成9年4月、同10年4月に昇給辞令を受けている。そして、被告は、平成10年10月2日の理事会において、既に原告の解雇を決定した上で原告が55歳定年を認識していることを踏まえ穏便に解決するためとしてAに退職勧告等を一任しており、本件の業務変更命令は、退職勧告の一手段ともとれるものである。以上によれば、本件の業務変更命令は、原告の被る不利益ないし損害に見合う業務上の必要性が認められず、退職勧告のための手段としてなされたもので、権利の濫用として無効というべきである。

 原告が休息場所として使用していた頃の2階の主目的は物置で、しかも他の職員が余り出入りしない部屋で、とてもリラックスして休息できる場所とはいえない。したがって、原告の休息場所を2階に変更する合理的な理由は見出し難く、前記の業務変更命令とともに原告を退職に導くための一手段ととらざるを得ない。原告は、平成11年4月1日、用務員の辞令を受けたが、同業務変更命令も、原告の被る不利益ないし損害に見合う業務上の必要性が認められず、権利の濫用として無効というべきである。

2 本件解雇の有効性

 解雇権も、信義誠実の原則に従って行使すべきであり、普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇し得るものではなく、当該具体的な事情の下において、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効となると解するのが相当である。

 これを本件についてみると、原告の勤務態度にいくらかの問題があったとしても、いずれも事案軽微であり、口頭での注意等で改善が可能であったものと認められる。かえって、被告の定年は平成12年4月1日に60歳に変わるまでは55歳であり、被告理事会は平成10年10月2日の時点で原告の解雇を決定しながら、その対応をAに一任し、正当な理由なく清掃美化整備業務への変更命令をなすことを始め、原告を自主退職に導くために休息場所の変更等の各措置をとったことが認められる。以上を考慮すると、本件解雇は、本件の具体的な事情の下において、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができず、解雇権の濫用として無効となるというべきである。

3 各金員請求の当否

 被告が原告に対してなした清掃美化整備業務等への変更命令、休息場所の変更等の各措置は、業務命令権の濫用として違法・無効であり、被告はこれによって被った原告の精神的損害を慰謝する責任があるというべきである。そして、原告は長年保母として勤務していながら突如慣れない業務に変更され、休息場所も主目的が物置の2階に変更され、各種行事への参加も要請されず、清掃美化整備業務すら中止されるなどしたもので、原告の被った精神的苦痛は多大なものといわなければならない。上記各違法行為は、理事会から一任されたAによってなされたものであるから、被告は、民法709条、710条、44条1項に基づき、損害を賠償すべき義務があるところ、精神的苦痛を慰謝すべき賠償額は、本件一連の措置を一体として評価算定すべきであり、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、金100万円をもって相当と認められる。また弁護士費用は100万円が相当である。

 本件解雇、業務変更命令は無効であるから、原告は解雇期間中、減額される前の毎月の賃金24万0102円及び同金額に基づく期末手当等の支給を受ける権利を有する。しかし、使用者の責に帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間中に他の職に就いて利益を得たときは、原則として民法536条2項但書により、これを使用者に償還すべきものと解されるが、他方、労働基準法26条が「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合、使用者に対し平均賃金の6割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定しており、同条の規定は、労働者が民法536条2項にいう「債権者の責に帰すべき事由」によって解雇された場合にも適用があるというべきである。したがって、使用者の責に帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間中に他の職に就いて利益を得た場合、使用者が労働者に解雇期間中の賃金を支払うに当たり、同利益金額を賃金額から損益相殺により控除することができるのは、同賃金の4割の範囲内に限られるものと解するのが相当である。
(以下 略)
適用法規・条文
民法709条、710条、44条1項、536条2項
労働基準法26条
収録文献(出典)
労働判例933号30頁
その他特記事項
本件は控訴された。