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I福祉会保母配転・解雇控訴事件

事件の分類
雇止め
事件名
I福祉会保母配転・解雇控訴事件
事件番号
福岡高裁 - 平成14年(ネ)第372号
当事者
控訴人(附帯被控訴人) 社会福祉法人
被控訴人(附帯控訴人) 個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年03月26日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(上告)
事件の概要
 被控訴人(附帯控訴人・第1審原告)は、昭和48年7月に控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)に雇用され、保母として勤務していた女性である。

 控訴人は、被控訴人の勤務状態が不良であり、保母の業務をさせられないと判断し、平成10年10月の理事会で事実上の解雇を決定し、これを穏便に進めるため被告代表理事Aから被控訴人に対し同年11月1日付けで清掃美化整備業務への変更を通告した。その後被控訴人の休息場所を主に物置として使用されていた2階に指定し、平成11年4月1日付けで、用務員へ配転を命じた。更に控訴人は被控訴人に対し、同月30日55歳定年により退職するよう通告し、被控訴人がこれを拒否すると、同年5月18日付けで被控訴人を解雇した。これに対し被控訴人は、解雇の無効確認及び賃金の支払い並びに精神的苦痛に対する慰謝料500万円を請求した。

 第1審では、被控訴人の勤務態度にも一部問題があることは認めながらも、それらは軽微であり、注意すれば足りるところ、適切な注意・指導が行われなかったことを指摘し、本件配転命令は、いずれも業務上の必要に比べ被控訴人が受ける不利益が著しく大きいことから無効であるとし、本件解雇についても解雇権の濫用として無効とした。また、控訴人の一連の行為により被控訴人は精神的苦痛を受けたとして、慰謝料100万円、弁護士費用100万円の支払いを命じた。そこで、控訴人は原判決の取消しを求めて控訴に及んだが、一方被控訴人は慰謝料等の増額を求めて附帯控訴した。
 なお、被控訴人は、本件解雇後他で就労し、収入を得ていたが、民法536条2項但書によりその利益を使用者に償還すべきところ、労働基準法26条で使用者の責による休業の場合は6割の休業手当の支払いが義務付けられていることから、得た利益の4割について償還すべきであると判断された。
主文
1 本件控訴を棄却する。

2 本件附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)被控訴人が、控訴人との雇用契約上の権利を有する地位を有することを確認する。

(2)控訴人は、被控訴人に対し、金245万7762円及びこれに対する平成11年6月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)控訴人は、被控訴人に対し、金583万9280円及び内金305万3004円に対する平成13年8月7日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)控訴人は、被控訴人に対し、金456万6740円及び内金184万8785円に対する平成14年12月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)控訴人は、被控訴人に対し、平成15年1月1日から平成16年4月30日まで毎月末日限り金24万0102円を支払え。

(6)被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを5分し、その4を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
4 この判決は、第2項(2)ないし(5)に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 控訴人の主張の可否

 控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)が解雇理由として主張する、被控訴人(附帯控訴人・第1審原告)の行為について、(1)無断欠勤については、担当医師の不在による診断書の郵送の遅れであり、無断欠勤とはいえないこと、(2)無断外出、家庭訪問後の職場放棄については、被控訴人は主任に連絡して外出したと同僚が証言していること、(3)突然の休暇については、証拠が不足していること、(4)遅刻・早退については、証拠が不足していること、(5)私用電話・長電話については、確かにその事実は認められるが、他の職員も必要に応じ私用電話をしており、Aから注意をされたとの証拠もないから、被控訴人ら職員のしていた程度の私用電話は事実上黙認していたとみられること、(6)私用優先については、控訴人主張のように職員の実父の告別式への全員参加が申し合わせされた証拠はないこと、(7)保育中のテレビについては、確かに子供の午睡中であっても勤務時間中にテレビを見るなどは本来許されていないことであるが、保母らは子供の午睡中にテレビを見るなどして過ごしており、Aから殊更注意されなかったことからみると、控訴人はこれらの行為を事実上黙認していたこと、(8)子供への目の行き届きについては、子供の午睡中にテレビを見るなどして、その間子供への注意が行き届かなかったことは否定できないが、控訴人はこれらを事実上黙認しており、ひとり被控訴人のみを責められないこと、(9)園児の退園については、様々な理由や原因が複合していると考えられるので、保護者の被控訴人に対する評価のみを強調するのは相当とはいい難いこと、(10)給与の差押さえについては、控訴人が給与債権相当額を供託するなどの事務をせざるを得ず、その限りで控訴人に支障が出ることは間違いないが、これによって被控訴人の勤務状態が特に不良になったことまで認める証拠はないこと、(11)立入り禁止である2階へ子供が上がるのを黙認したことについては、被控訴人がこれを黙認していたと認める証拠はないこと、(12)乳児の洗剤誤飲については、確かに被控訴人が乳児の手の届くところに洗剤を放置したことは不注意であったといわざるを得ないが、当日の保育体制にも問題がなかったとはいえず、被控訴人のみを責めることはできず、またこの事故をもって被控訴人の通常の勤務態度が不注意であったと決め付けることはできないこと、(13)園児の呼吸停止の未報告については、その園児を直接担当していた保母が報告すべき義務を負っており、被控訴人の未報告を責めることはできないことが認められ、解雇理由に関する控訴人の各主張はいずれも採用できない。

2 解雇の相当性

 雇用契約において、特に労働者の職腫や従事する業務等を特定する旨定めた場合を除いては、一般に使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の職種や業務等を決定し、あるいは既定の業務等を変更するなどの配転を命ずることができるというべきである。しかし、そのような場合であっても、その権限を無制約に行使することが許されるものではなく、当該配転につき業務上の必要性がない場合、又は業務上の必要性があっても同配転が他の不当な動機、目的をもってなされたものであるとき、若しくは労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときには、当該配転命令は権利の濫用として無効となると解すべきである。

 これを本件についてみるに、控訴人は、同命令の理由として、被控訴人には勤務態度が不良で保母の業務に適しない事情を挙げるが、前記の通り控訴人主張の解雇理由の大半は上記事情に該当しないか、それを認めるに足りる証拠がなく、また被控訴人の勤務態度に問題がある場合(保育中のテレビの視聴やパンフレットの閲読、コサージュ造りへの非協力、研修会の欠席、外園児と面会しなかったことなど)についても、いずれも被控訴人に対する口頭での注意の他、園内の慣行の改善、さらに注意に応じない場合には、譴責、減給、昇給停止等の懲戒処分により改善を図り得る軽微なものである。更に控訴人は、平成10年10月2日の理事会において、既に被控訴人の解雇を事実上決定し、その上でAに穏便な手段で解雇することを一任していることが認められ、以上の事実を前提とすると、本件の業務変更命令も、被控訴人の自主退職を進めるための一手段であったものと推認することができる。してみると、本件の業務変更命令は、被控訴人の被る不利益ないし損害に見合う業務上の必要性が認められず、権利の濫用として無効というべきである。

 控訴人は、2階は職員の休憩室、会議室であり、日当たり良好で静かな場所であるとして、2階への休息場所の変更は被控訴人を退職に導くためのものではない旨主張するが、仮にその事実があったとしても、被控訴人が休息場所として使用していた頃の2階は、その主たる使用目的が物置であり、職員が余り出入りしない部屋であったものと認められ、休息に相応しい場所であったとはいえない。してみると、被控訴人の休息場所を2階に変更することに合理的な理由はなく、それは上記業務命令変更と同様に被控訴人を退職に導くための一手段であったと推認せざるを得ない。

 確かに被控訴人が清掃業務に不慣れであったとは認められないが、清掃美化整備業務への変更命令は無効であり、休息場所の変更も合理的な理由がないものであり、洗剤事件は被控訴人のみに責任を負わせるのは相当でなく、スコップや清掃用具の置き忘れについても、口頭での注意等で対応すべきことであったから、本件用務員への業務変更命令には、保母として稼働できなくなるという被控訴人の被る不利益に見合う業務上の必要性があったとは到底認められない。

3 本件解雇の有効性

 控訴人が指摘する解雇理由については、その大半が解雇事由に当たらないか、あるいは解雇理由に当たると認めるに足りる証拠がなく、また勤務態度に問題がある場合も、それらはいずれも軽微な事実であって、口頭での注意等で改善が可能であったものと考えられるところ、控訴人らはそれらの多くを事実上黙認するなどして放置していたものである。それのみならず、控訴人の理事会は、平成10年10月2日の時点で被控訴人の解雇を事実上決定しながら、当時控訴人の定年が55歳であったことから、被控訴人を自主退職に導くべく、その処理をAに一任し、その後、その為の手段として清掃美化整備業務への変更命令、休息場所の変更、用務員への業務変更命令等を行ったものである。以上の諸事実を総合考慮すると、本件解雇は著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができず、解雇権の濫用として無効となるというべきである。

4 各金員請求の当否

 本件清掃美化整備業務への変更命令、休息場所の変更等は、被控訴人を自主退職に導くことを意図してなされたもので、業務命令権を濫用するものであって、これらは不法行為に該当するので、控訴人にはこれによって被った被控訴人の精神的損害を慰謝する責任があるというべきであり、被控訴人が正当な理由なく突然清掃美化整備業務に変更され、休息場所も主に物置として使われていた2階に変更され、各種行事への参加も要請されず、ついには清掃美化整備業務に従事することすら中止されたことなどに鑑みると、被控訴人の被った精神的苦痛は小さくないこと、しかし、他方では、被控訴人の勤務態度にも問題があり、それらが控訴人の各行為の遠因となっていること、その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると、被控訴人の被った精神的苦痛を慰謝すべき賠償額は、100万円をもって相当額と認める。また、原・当審の審理経過、請求認容額、その他の諸事情を総合考慮し、弁護士費用を120万円と認める。
 使用者の責に帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間中に他の職に就いて利益を得たときは、労働者は使用者に対する役務を提供することなく賃金の支払いを請求することができるのであるから、民法536条2項但書に基づき、上記利益を使用者に償還するのが相当であるというべきである。ただし償還額については、原判決と同様に、同利益金額を賃金額の4割の範囲内で控除した額を支払うべきことになる。
適用法規・条文
民法709条、710条、44条1項、536条2項
労働基準法26条
収録文献(出典)
労働判例933号20頁
その他特記事項
本件は上告された。