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東京自転車健康保険組合整理解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
東京自転車健康保険組合整理解雇事件
事件番号
東京地裁 - 平成18年(ワ)第449号
当事者
原告個人1名

被告東京自転車健康保険組合
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年11月29日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、健康保険法に基づき設立された公法人であり、国の健康保険事業全般を代行することを主たる業務としている。原告は平成10年12月、被告に入社し、総務課に勤務していた。

 被告は、加入組合員数、被保険者数ともの長期逓減傾向が著しいことから、部長の兼務、レセプト業務職員の削減などの合理化を実施し、健康相談室の本来の利用が殆どないことからこれを廃止することとし、そこで勤務する保健師である原告の解雇を決定して平成17年4月28日、原告に対し解雇予告を行った上で、同年5月31日をもって解雇した。
 これに対し原告は、整理解雇が有効であるためには、人員削減の必要性、解雇回避努力義務の履行、人選の合理性、説明協議義務の履行の4要件を満たす必要があるところ、本件整理解雇はいずれの要件も満たしていないとして、本件解雇の無効確認と賃金の支払いを求めたほか、違法な整理解雇により原告の復職希望を不当に拒絶し、出産を控えた原告に著しい精神的苦痛を与えたとして、300万円の慰謝料を請求した。
主文
1 原告が、被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は、原告に対し、平成17年6月から本判決確定に至るまで、毎月17日限り金28万7100円及びこれらの金員に対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告に対し、平成17年6月から本判決確定に至るまで、毎年6月末日及び12月末日限り、金57万4200円及びこれらの金員に対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 被告は、原告に対し、金100万円及び是に対する平成17年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 原告のその余の請求を棄却する。

6 訴訟費用はこれを8分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
7 本判決は、第2項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 整理解雇が有効か否かを判断するに当たっては、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続きの相当性の4要素を考慮するのが相当である。被告である使用者は、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性の3要素についてその存在を主張立証する責任があり、これらの3要素を総合して整理解雇が正当であるとの結論に到達した場合には、次に原告である従業員が、手続きの不相当性等使用者の信義に反する対応等について主張立証する責任があることになり、これが立証できた場合には先に判断した整理解雇に正当性があるとの判断が覆ることになると解するのが相当である。

 被告の被保険者数は年々減少してきているが、(1)被告の収支は平成10年度から同16年度まで連続黒字であり、殊に同15、16年度は連続して1億円を超える黒字を計上し、内部留保額も多く財政的には当面心配のない状況にあること、(2)被告は原告を本件整理解雇した翌日に原告の代替職員を採用していること、(3)原告の健康相談室での勤務時間は1週間に僅か2時間であることが認められる。以上のような被告の財政状況、職員の採用状況に照らすと、被告においては、本件整理解雇時に人員削減の必要性があったということはできない。

 被告は、本件整理解雇時までに原告を他の職務に転換させる等の話合いなどしたことがなく、その他解雇回避努力を尽くした形跡はないこと、かえって、原告を整理解雇した直後に新たに原告の代替職員を採用していることが認められる。以上によれば、被告は本件整理解雇に際し、解雇回避努力を尽くしたとはいえない。

 被告は健康相談室の廃止に伴い原告を整理解雇したと主張するが、原告が担当していた健康相談室での担当業務は木曜日の午前中だけの執務であり、原告の大部分の職務は総務課での業務であることからすると、健康相談室廃止に伴い、原告を整理解雇の対象に選ぶ合理性は乏しいというべきである。以上によれば、本件整理解雇には、人選の合理性があるということはできない。以上検討したとおり、本件整理解雇には、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性について、いずれの要素についても立証がされていないというべきであり、本件整理解雇は有効ということはできない。

 本件整理解雇は、解雇の要件を満たしていないにもかかわらず行われた、解雇権を濫用したもので違法というべきである。被告は、退職金規程の改定、健康相談室廃止などの施策を実施しようとしたところ、これに反対する原告が外部機関に相談することを快く思わず、整理解雇の要件がないにもかかわらず、本件整理解雇を強行したと認めるのが相当であり、そうだとすると、本件整理解雇は不法行為を構成するというべきである。
 一般に、解雇された従業員が被る精神的苦痛は、解雇期間中の賃金が支払われることにより慰謝されるのが通常であり、これによってもなお償えない特段の精神的苦痛を生じた事実が認められるときに初めて慰謝料請求が認められると解するのが相当である。これを本件についてみるに、(1)本件整理解雇は、被告において、退職金規程の改定、健康相談室廃止などの施策を実施しようとしたところ、これに反対する原告が外部機関に相談すること等を快く思わず、整理解雇の要件がないにもかかわらず本件整理解雇を強行したこと、(2)原告は本件整理解雇時妊娠しており、被告は当該事実を知っていたこと、(3)原告は被告に対し本件整理解雇を撤回し、現職に復帰させるよう要求したが拒否されたことが認められる。以上によれば、原告は、本件整理解雇により、解雇期間中の賃金が支払われることでは償えない精神的苦痛が生じたと認めるのが相当であり、本件整理解雇の態様、原告の状況等本件整理解雇の諸事情に照らすと、その慰謝料額は100万円が相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
判例時報1967号154頁
その他特記事項