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S生命保険会社既婚女性賃金差別事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
S生命保険会社既婚女性賃金差別事件
事件番号
大阪地裁 - 平成7年(ワ)第12566号
当事者
原告 個人12名 A、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K、L
被告 生命保険会社

被告国
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2001年06月27日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告会社では、昭和38年に共働きする女性が出てきたことから、昭和40年代に入って、入社面接において内勤女性職員が婚姻後勤務を続けることを許さないという人事方針を示し、結婚したら辞めるよう告げ、昭和48年3月まで、結婚退職を勧奨するため内勤女性職員が結婚退職する場合の退職金優遇制度をとっていた。

 原告らはいずれも、昭和30年代に被告会社に採用され、婚姻、出産をした女性であるところ、被告会社の既婚女性差別がなければ、同時期入社の高卒未婚女性の標準的基準である昭和63年に一般指導職1号に昇格し、その後2年ごとに1号ずつ昇号していたものであるとして、その地位の確認を求めた。また、原告らは、被告会社は原告らに対し既婚女性であることを理由に査定差別、昇給差別、昇格差別を行っており、これは労働契約において負うべき平等取扱い義務に違反するとして債務不履行責任を負うこと、既婚女性差別は公序良俗に違反する不法行為に当たり、査定、昇給、昇格について差別的取扱いを行った行為は全て無効であることとして、被告会社に対し労働基準法13条に基づく差額賃金を請求するとともに、原告ら各人に対し慰謝料を請求した。
 併せて原告らは、大阪婦人少年室長が本件を男女雇用機会均等法に基づく調停対象事項ではないとして、2度にわたって調停不開始決定をしたのは、均等法、指針、憲法14条、女子差別撤廃条約等に違反するとして、被告国に対し国家賠償法に基づき1000万円の損害賠償を請求した。
主文
1 原告らの被告会社に対する訴えのうち、過去に一般指導職又は特別一般指導職の各号に昇格、昇号したこと若しくは一般指導職又は特別一般指導職の各級号に格付けされたことの確認を求める部分はこれを却下する。

2 被告会社は、別紙認容額一覧表記載の各原告に対し、同一欄表合計欄記載の各金員及び別紙認容遅延損害金一覧表(1)ないし(12)記載の各原告に対し、同一欄表ないし(12)記載の請求金内金欄記載の各金員ごとに、これに対する同一欄表(1)ないし(12)記載の起算日欄記載の各年月日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。

3 被告会社は、別紙認容退職金差額一覧表記載の各原告に対し、同一欄表の退職金差額欄記載の金員及びこれに対する同一欄表の記載日欄記載の各年月日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。

4 原告らの被告会社に対するその余の請求を棄却する。

5 原告らの被告国に対する訴えのうち、労働省告示第4号、第15号及び第19号の規定について無効確認を求める部分は、これを却下する。

6 原告らの被告国に対するその余の請求を棄却する。

7 訴訟費用は、原告らに生じた費用の各5分の1を被告会社の負担とし、被告会社に生じた費用の4分の3、被告国に生じた費用の全部を原告らの負担とし、その余は各自の負担とする。
8 この判決2項、3項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 地位確認請求について

 原告らは、それぞれが一定の時期に昇格し又は格付けられたとして、その確認を求めるが、これらは過去の事実ないし法律関係の確認を求めるものであり、その確認の訴えに法律上の利益を認めることができない。

 被告会社では、昭和46年に職能給が導入され、昭和54年には資格給が導入されるとともに、これに伴う資格要件が制定され、昭和61年には標準に満たない者について、それまで採られていた最低保障的運用を採らないとされた。また昭和48年の人事考課の改訂により、昇給については前1年の考課、昇進・昇格については前3年の昇給に係る考課の値を基本に行うものとされた。以上のことからすると、被告会社における各年度の昇格については、単なる年功だけではなく、各人の職務遂行能力、勤務成績、経験年数、当該職能段階在任期間などを総合的に勘案した各年度の人事考課に基づき行われてきたといえる。このことに鑑みれば、昇格は被告会社の裁量権の行使によって決せられるものであり、原告らが請求する地位の確認のためには原則として被告会社による昇格決定がなければならないところ、本件ではかかる昇格決定はなされていない。

 原告らは、被告会社による各原告に対する昇格決定は既婚者差別によるもので違法である(憲法14条、労基法3条、民法90条)と主張するが、仮に労基法13条の適用を考慮するとしても、同法の中に無効となった部分を補充し得る具体的な昇格の基準を求めることはできない。また、原告らと同期入社の高卒一般職の未婚の女性職員の資格は広く分布しており、標準的な基準なるものを認めることもできない。また、原告ら主張の労働契約不履行については、別途損害賠償を発生させることはともかく、昇格決定までも求め得るとすることは困難である。よって、原告らの地位確認請求は理由がない。

2 被告会社における既婚女性差別について

 被告会社が、女性従業員が婚姻し、出産した後も勤務を続けることを歓迎していなかったことは認められるものの、結婚、妊娠又は出産を理由に退職を強制する方針をとっていたとまでは認めることができない。他方、被告会社は、昭和30年頃から平成7年まで、女性内勤職員の面接試験の際に、結婚したら辞めるべきことを告げ、女性職員に対して既婚者を辞めさせることは会社の方針であること等と全職員に対して通告したほか、女性職員の結婚や妊娠時に退職を強く勧奨したことが認められる。これら面接担当者の発言や婚姻、出産時の退職勧奨については、原告らを含む既婚女性の中でも退職勧奨を受けなかった者もいることや、退職勧奨を受けた時期も一律ではなく、被告会社本社の指示によるとまでは認められないが、その数が多く、しかもかなり強く勧奨された者もあることからすると、被告会社の既婚女性の勤続を歓迎しない姿勢は被告会社の管理職従業員の姿勢となっていたものということはできる。原告らが主張する嫌がらせについては、個々の上司の問題であるとしても、現実に既婚女性が勤務を続けることを快く思わず、これを理由に嫌がらせといえるようなことをしたとすれば、それは嫌がらせを受けた各原告に対する不法行為になるから、その責任は被告会社において負担すべきことになる。

 また、現実に個々の具体的な人事考課において、既婚女性であることのみをもって一律に低査定を行うことは、人事考課・査定が昇格・非昇格に反映され、賃金等労働条件の重要な部分に結びつく被告会社の人事制度の下では、個々の労働者に対する違法な行為となるといわなければならない。けだし、婚姻の有無といった業績や能力等考課要素以外の要素に基づいて一律に査定することは、本来就業規則で予定されている人事権の範囲を逸脱するものといえるからである。また、被告会社が人事考課において、産前産後休業を取ったり、育児時間を取得したこと自体をもって低く査定したのであれば、それは労基法で認められた権利の行使を制限する違法なものというべきで、その場合、被告会社はその責任を負うことになる。

 被告会社の人事制度については、それ自体が既婚女性を区別した扱いをしているものではないが、その考課査定においては主観的な部分が残らざるを得ず、その意味では運用によっては、差別を容認したり、助長したりすることはあり得るというべきである。被告会社は、既婚女性は未婚女性に比べて提供する労働の質、量に自ずと差異を生じると主張するが、個々の既婚女性従業員について実際の労働の質、量が低下した場合にこれをマイナスに評価することは妨げられないであろうが、一般的に既婚女性の労務の質、量が低下するものとして処遇することは、合理性を持つものではない。産前産後休業、育児時間を取得したことによって休業期間、育児時間に労働がなされていないことより労働の質、量が低いというのであれば、それは法律上の権利を行使したことをもって不利益に扱うことにほかならず、許されないことである。労基法が産前産後休業や育児時間など権利行使のため不就労した者と、欠務のない者と同等に処遇することを求めているとはいえないが、その権利を行使したことのみをもって、例えば能力が普通より劣る者とするなど低い評価をすることは、人事制度が相対評価を採用している場合でも、労基法の趣旨に反するというべきである。

 平成8年3月在籍の昭和33年から同38年までの入社の内勤女性職員93人中、未婚者は61人、既婚者は32人であるが、未婚者のうち50人が一般指導職以外に昇格し、既婚者で一般指導職以上に昇格している者は2人である。近畿圏における原告らと同期入社者の昇格状況をみると、未婚者のうち早い者は昭和54年までに一般指導職に昇格しているが、既婚者では昭和61年に昇格した者が最も早く、原告らは今日まだ昇格していない。そして未婚者39人中32人が昭和63年までに一般指導職に昇格しているのに対し、原告も含めた既婚者は26人中昇格した者は2人だけである。これらによれば、既婚女性と未婚女性との間に顕著な格差がある。

3 各原告に対する既婚女性差別について

(1)原告Aについて

 原告Aは昭和33年に被告会社に雇用され、昭和39年10月に婚姻し、昭和40年9月に第1子、昭和44年2月に第2子を出産し、産休後1年間の育児時間を取得した。被告会社は、原告Aが産前産後に休業し、育児時間を取得したこと等から、その業績は他の職員より低いと主張するが、その業績の低さが休業又は育児時間により就業しなかったことをいうのであれば、それは労基法上許されないというべきである。けだし、産休、育児時間、有給休暇を取得した結果、その間の業務量が他の職員より減少することはやむを得ないが、これを人事考課上マイナスの要因にすることは、それにより労基法上の権利の取得を事実上妨げるものであり、かかる権利を保障した趣旨を実質的に失わせることになるからである。被告会社は、原告Aが殆ど定時退社するため、業務量が他の職員に比較すると少なく、他の職員の負担増となっていた旨主張するが、残業命令違反があったものではなく、これをもって人事考課上のマイナス要因とすることは相当ではない。原告Aと負担増となった他の従業員との業務量に差がある場合、これを考課において同等に扱う必要はないが、相対評価をする場合であっても、普通以下の評価をすることは許されるべきではない。

 原告Aは、残業時間を見ても昭和55年から昭和62年まで、年間それぞれ314時間、248時間、158時間、129時間、102時間、129時間、265時間、225時間行っているなど、標準者以上の査定を受け、昇給して然るべきところ、標準者より低く査定されてきたものであるが、これを合理的に説明できる事情はない。これは結局のところ既婚女性であることを理由に低く査定したというべきであり、被告会社が既婚女性の勤続を歓迎していなかったことを勘案すれば、上記低査定は原告Aが既婚女性であったことを理由とするものといわざるを得ないものである。原告Aは、昭和46年に、内務1級10号に位置付けられたが、、本来標準者として内務1級11号に位置付けられるべきであった。原告Aは昭和47年に内務1級11号に昇格したが、、昭和53年まで同号に留め置かれているが、これも不当な低査定の結果というべきである。原告は、同年に内務2級1号に昇格したが、これは2年前に昇格すべきものであり、昭和59年には事務職3級9号になるべきであったといい得る。被告会社が年功序列的に昇格するものではないことを考慮しても、標準者として扱うべき原告Aについて、平成8年まで一般指導職に至っていない未婚者と同列に扱う理由はない。これらを総合すれば、原告Aについては、昭和63年4月1日以降、主務ないし一般指導職1号に昇格しなかったことは、不当な措置というべきで、同日には主務に昇格させて然るべきであったというべきである。

 原告Aは、差額賃金ないし差額賃金相当損害の請求根拠について債務不履行を主張するが、昇給・昇格は契約によるものであり、使用者においてその意思表示をしていない以上、合意による昇給・昇格の効力が発生する余地がないから、賃金請求権はこれを認めることはできない。原告Aは、昇給・昇格差別は公序良俗違反で無効であるから、無効となった部分について、労基法13条により、原告らと同期入社した高卒未婚女性職員の標準的基準が労働条件になっていた旨主張するが、同標準的基準というものを認めることができず、労基法13条により差額賃金を請求することはできない。

 通常、人事考課制度においては、たとえ同じ業績を上げた者がいたとしても、その他の考課要素(能力考課等)を加味された結果、最終的には常に同じ考課結果となるとは限らず、個々の労働者のいかなる業績、能力等に対し、いかなる評価をするかは、基本的には使用者の人事権の裁量の範囲内の問題である。したがって、裁量権の範囲内において各労働者を一律平等に取り扱うべき債務というものを観念することは困難であるから、原告らの債務不履行に基づく差額相当額の請求は認められない。

 既婚者であることを理由として、一律に低査定を行うことは、そもそも被告会社に与えられた個々の労働者の業績、執務、能力に基づき人事考課を行うという人事権の範囲を逸脱するものであり、合理的な理由に基づかず、社会通念上容認し得ないものであるから、人事権の濫用として、かかる人事考課、査定を受けた個々の労働者に対して不法行為となる。原告Aについては、合理的な理由なく、昇給・昇格がなされなかったものであるから、不法行為に該当するものであり、被告会社はこれによって生じた損害を賠償する義務がある。原告Aの本訴提起は、平成7年12月11日であるから、不法行為に基づく損害賠償請求は、平成4年12月11日以前に発生したものは、時効により消滅している。

 原告Aの月例給与における差額賃金相当額は、158万5200円、臨時給与の差額賃金相当額は77万1935円、退職金差額は171万1000円となる。原告Aに対する不合理な査定及びこれに基づく昇給・昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し、慰謝料は300万円、弁護士費用は70万円をもって相当とする。

(2)原告Bに対する既婚女性差別

 原告Bは、昭和34年に被告会社に雇用され、昭和43年5月に婚姻し、昭和44年3月に第1子、昭和47年に第2子を出産し、それぞれ1年間の育児時間を取得した。原告Bは、第1子の妊娠中に配置換えとなり、残業も毎日のようこなしており、出産後は業務の変更や転勤を繰り返しているが、業務軽減などの配慮はされなかったし、勤務について特段過誤があったという指摘もない。原告Bは、昭和44年以降標準者より低く査定されてきたものであるが、これを合理的に説明できる事情はない。原告Bの昇給額が標準者より低くなったのは、その婚姻の翌年からであり、出産した年及び育児時間を取得した年の評価が特に低いことからすると、この低評価の理由は、原告Bがこれらを取得したことが原因になっているといわざるを得ない。被告会社が、出産のための休業、育児時間取得、その後の家事や育児のため等により定時に退社することが、業務の質と量を低下させるとして、低評価の理由としてきたことが認められるところであり、被告会社が既婚女性の勤続を歓迎していなかったことを勘案すれば、上記低査定は原告Bが既婚女性であったことを理由とするものといわざるを得ないものである。

 原告Bは、昭和53年に内務2級1号に昇格しており、その後については標準者としての評価をすべきであり、昭和63年4月には主務に昇格すべきであったと推認できる。そして、原告Bが昇格しなかった理由は、既婚者であることを理由とする低査定にあったから、昇格しなかった理由もまた既婚者であったことを理由とするものであるということができる。

 原告Bの月例給与における差額賃金相当額は201万1000円、臨時給与の差額賃金相当額は97万6850円、退職金の差額は203万2000円となり、原告Bに対する不合理な査定及びこれに基づく昇給・昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮して、慰謝料300万円、弁護士費用80万円をもって相当とする。

(3)原告Cに対する既婚女性差別

 原告Cは昭和34年に被告会社に雇用され、昭和43年9月に第1子、昭和45年5月に第2子及び第3子を出産し、育児時間を取得した。原告Cは、婚姻した翌年の昭和43年4月に定期昇給が標準以下に留められたが、この時期原告Cの勤務ぶりについて、標準者より低く査定する事情は認められない。原告Cは、昭和47年7月から9月まで欠勤したから、昭和49年の昇給額が低かったことはやむを得ないが、昭和51年以降標準者より低い査定をすべき事情は認められない。したがって、原告Cに対する査定は、原告A及び同Bと同じく、既婚女性であることを理由としたものと認められる。

 原告Cは、原告Bと同期であり、昭和46年に内務2級1号に昇格したことも同じである。そして、その査定については、少なくとも標準者として処遇されるべきものであったといえ、原告Cに主務としての能力がなかったという事情も認められないから、原告Bと同様に昭和63年4月には主務に昇格して然るべきであったと認められる。

 原告Cの月例給与における差額賃金相当額は179万3000円、臨時給与の差額賃金相当額は120万9595円、退職金の差額は179万2000円となり、原告Cに対する不合理な査定及びこれに基づく昇給・昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し、慰謝料300万円、弁護士費用80万円をもって相当とする。

(4)原告Dに対する既婚女性差別

 原告Dは、昭和43年3月に婚姻し、昭和44年1月に第1子、昭和45年11月に第2子を出産し、1年間育児時間を取得した。原告Dは傷病により長期欠勤をしており、出産のための休業、育児時間の取得を考慮しなくても、原告Dを標準者として扱うことは困難であり、この間の被告会社の査定を不当ということはできない。

 原告Dの昭和47年以降の考課については、原告Dが既婚者であるということよりは、頚肩腕障害に罹患し休業したことに基づくものであったというべきである。原告Dは労災による休業を理由とした不合理な扱いも請求原因として主張しているが、労災による休業を労働者の不利に扱うことは原則としてできないが、原告Dの場合病気休業及び産休後の育児時間を取得しての就業の中で、1年を経ずして頚肩腕障害に罹患したもので、昭和60年4月1日までその就労日数は極めて少ない。しかも就業期間中の業務自体、その質量は低いものであったし、考課期間中全く就労しないしていない期間も多くあったのであって、障害の原因が業務上のものである以上は、一定程度の負担は使用者の責任であるが、休業期間が著しく長いなど相当な範囲を超える場合に、期間が長引いた原因に労働者自身の素因に基づく部分があったことも推認され、その全部を使用者の負担とすることは公平性を失することもあり、その昇給において、通常の勤務をしたものと全く同一に扱わなければならないとまではいうことができない。本件についてみると、被告会社は、昭和47年及び同48年は原告Dを標準者並みに昇給させており、その後は標準者より10円少ない昇給をさせており、被告会社の昭和60年までの査定を不当ということはできないというべきである。原告Dは復帰後2年程度は十分な業績を上げることはできなかったものと推認され、昭和61、62年の査定及び昇給額はこれを不当とする理由はない。ただし、昭和63年については復帰後2年以上経過しており、標準者より低く査定する理由は認め難い。原告Dに対する昭和62年までの査定について、これを不当とする理由はないから、その資格についても原告Dが昭和63年までに一般指導職に昇格していたとは到底いえない。原告Dの昭和63年以降の査定、昇給については、主として頚肩腕障害による著しく長期の休業後の業務であることが理由となったものと推認され、既婚者であることを理由としたものとは考えられないが、不合理な理由によって査定、昇給を他の従業員と差別することが不法行為になることは疑いない。

 原告Dの月例給与における差額賃金相当額は60万円、臨時給与の差額分は認められず、退職金については差額42万9000円となり、原告Dの勤務状況、不合理な査定及び是に基づく昇給決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し、慰謝料100万円、弁護士費用20万円をもって相当とする。

(5)原告Eに対する既婚女性差別

 原告Eは、昭和38年4月に婚姻し、昭和40年7月に第1子、昭和42年12月に第2子を出産した。原告Eは、昭和41年から昭和44年まで特段の指摘がないのに昇給が標準者より低く、昭和45年には標準者の昇給額に戻っていることからすると、この間の査定は原告Eが産前産後に休業し、育児時間を取得したことによるものと推認すべきで、合理的な理由がない。原告Eは、昭和50年前は標準者並みに評価されながら、同年及び昭和51年から昭和63年まで標準者より低い評価をされている。この間の原告Eの職場は多忙で、他の従業員との比較では残業時間が少なかったことは認められるが、原告Eの年間残業時間数は年平均148時間に及んでおり、原告Eのようにある程度残業を行っている以上は標準者並みに扱うような調整がされて然るべきであったといい得る。原告Eに係る昭和63年7月から平成5年3月までの査定は標準者より低いものであったが、原告Eはこの間標準者といい得る程度の業務はこなしていたものと認められ、査定を標準者より低くする合理的な理由はない。原告Eは平成6年、7年には処理量が劣っており、ミスもあったことから、標準者以下の昇給考課とされたことについては不合理とする理由はないが、その後においては標準者として扱われるべきであった。原告Eは、昭和53年に内務2級1号に昇格しており、昭和63年4月には主務に昇格すべきであったと推認できる。そして原告Eが昇格しなかった理由は既婚者であることを理由とする低査定にあったから、昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであったということができる。

 原告Eの月額給与における差額賃金相当額は196万1400円、臨時給与の差額相当額は143万3925円、退職金の差額は152万7000円となり、原告Eに対する不合理な査定及びこれに基づく昇給、昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し、慰謝料300万円、弁護士費用80万円をもって相当とする。

(6)原告Fに対する既婚女性差別

 原告Fの標準者より低い評価と産休、育児時間取得の時期とが符号しており、原告Fの勤務に特段に劣るところがあったとはいえないことからすると、この間の低い評価は合理性がないというべきである。原告Eの職場はもともと残業がほとんどない部署であったが、原告Fは必要な場合は残業しており、業務命令を拒否したようなことはないから、原告Fは昭和53年まで標準者として扱われるべきであった。原告Fは始業ギリギリに出社し、終業とともに席を立つ、休日出勤しても必ず振替え休日をとることなどから、昭和54年以降標準者より低い昇給額とされているが、この間も原告Fに標準者より低い評価をする合理的な事情はない。原告Fは昭和53年に内務2級1号に昇格しており、昭和63年4月には主務に昇格すべきであったと推認できるところ、原告Fが昇格しなかった理由は、既婚者であることを理由とする低査定にあったから、昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。

 原告Fの月額給与における差額賃金相当額は255万8000円、臨時給与の差額相当額は166万4425円、退職金の差額は219万3000円となり、原告Fに対する不合理な査定及びこれに基づく昇給・昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し、慰謝料300万円、弁護士費用90万円をもって相当と認める。

(7)原告Gに対する既婚女性差別

 原告Gの昇給は、昭和49年から昭和53年まで標準者より低いが、昭和49年については原告Gの婚姻が同年10月であることから、これが原因でないことは明らかである。一方昭和50年から昭和53年までについては、原告Gが産休、育児時間を取った時期と符号しており、これが影響していることは推認できる。原告Gは第1子出産後他の従業員が多忙で残業する中、始業時、育児時間を取得して残業せず、繁忙期に上司からの変更の要請を聞かずに休暇を取得する等権利を主張するのに妥協を許さない点があるとしても、これをもって低く評価することはできず、原告Gに対する昇給について、昭和50年から昭和56年まで標準者より低く査定する合理的理由を肯定できない。原告Gは昭和56年2月の異動後の仕事ぶりは雑で、遅く、顧客や営業職員から好感を持たれる対応ではなかったことから、この間の査定についてはこれを不合理とする事情はないといえるが、昭和63年4月の配置換え以降の勤務については、標準者より低く評価すべき理由はない。原告Gの電話応対は、相手によっては厳しく対応して顧客や支部の担当者から苦情が出ることがあり、時に注意を受けたが改善せず、勤務報告書の入力ミスや給与明細の誤発送など、平成6年以降の原告Gの勤務ぶりについては、必ずしも良好なものとはいえない。原告Gは昭和53年に内務2級1号昇格をしたが、これを不当とする理由はない。原告Gの査定については、昭和57年から昭和59年までは標準者といえず、平成4年以降の勤務態度、考課結果からすると、原告Gを昭和63年4月、またその後において、主務昇格させるべきであったとまでいうことはできない。

 原告Gの月例給与における差額賃金相当額は34万5400円、臨時給与における差額は認められず、原告Gの勤務状況、同原告に対する不合理な査定及びこれに基づく昇給決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し、慰謝料100万円、弁護士費用10万円をもって相当とする。

(8)原告Hに対する既婚女性差別

 原告Hは昭和41年9月に婚姻し、昭和44年5月に第1子、昭和45年9月に第2子、昭和49年に第3子を出産し、各1年間育児時間を取得している。原告Hは昭和42年以降昭和50年まで標準者より低い昇給額であったが、この間標準者より低く査定する事情は認められない。原告Hは昭和53年8月頚肩腕障害について労災申請を行い、昭和55年3月、労災認定がなされたが、業務自体は殆ど軽減されておらず、ことさら成績不良であったことを示す事情もなく、残業を拒否して厳重注意処分を受けた昭和55年の査定を除けば、標準者として扱うべきものであった。原告Hは昭和61年12月から平成4年3月まで主として店頭業務に従事したが、ミスが多く、良く注意されていたという点を考慮すれば、被告会社の査定を不当ということはできない。原告Hは、昭和42年ないし昭和45年の昇給については標準者として扱われるべきであったから、内務1級9号に位置付けられるべきであり、昭和54年までは標準者として扱われるべきであったが、昭和53年に内務2級1号に昇格したことが不合理とは言えない。原告Hは、昭和55年には厳重注意処分を受けており、昭和61年に主査に昇格すべきであったとはいえないし、昭和61年以降の原告Hの勤務ぶりが標準者といえないことからすると、昭和63年に昇格したともいえない。原告Hの低査定については、既婚女性に特有の事情を原因とすると考えられるもののほか、その頚肩腕障害に伴うトラブルを原因とする部分もあると思料されるが、いずれも不合理な理由によって査定、昇給を他の従業員と差別することが不法行為になることは疑いない。

 原告Hの月例給与における差額賃金相当額は38万円、臨時給与の差額は認められず、原告Hの勤務状況、同原告に対する不合理な査定及びこれに基づく昇給決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し、慰謝料100万円、弁護士費用10万円をもって相当と認める。

(9)原告Iに対する既婚女性差別

 原告Iは昭和41年12月に第1子を出産後、昭和42年4月に職場復帰するようになった後交通事故に遭い、同年9月まで欠勤し、同年12月まで育児時間を取得している。原告Iの勤務自体については特段劣っていたとの指摘もないから、昭和41年、42年の低査定は、その婚姻による残業等への影響、休業、欠勤、育児時間の取得が原因とされているといわざるを得ない。原告Iは昭和44年から昭和61年まで、その勤務自体について特段劣っていたと認める事情はなく、昭和62年4月に営業グループに移ってからも正確さが要求される大量の事務を中心になって滞りなくこなし、昭和62年には残業していない月はないこと等からすると、この時期の原告Iの考査が標準者より低い者とする合理的な事情はなく、平成4年以降の勤務についても、標準者より低く査定する合理的な事情があったとは認められない。原告Iは昭和53年に内務2級1号に昇格しており、その後については標準者としての評価をすべきであって、昭和63年4月には主務に昇格すべきであったと推認でき、原告Iが昇格しなかった理由は既婚者であることを理由とする低査定にあったから、昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。

 原告Iの月例給与における差額賃金相当額は244万6601円であり、原告Iに対する不合理な査定及びこれに基づく昇給・昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し、慰謝料300万円、弁護士費用90万円をもって相当とする。

(10)原告Jに対する既婚女性差別

 昭和49年から昭和53年までの低い査定については、昭和48年4月の昇給が標準者並みであったこと、その間に婚姻、第1子、第2子の出産と各育児時間の取得があること、原告Jの勤務自体に特段劣ったところや過誤が認められないことからすると、不合理な査定であったというべきで、この間は標準者並みの昇給がされて然るべきであった。原告Jは昭和56年10月に支社の保全業務担当となり、昭和62年、63年の年間残業時間が、それぞれ281時間、222時間であることからすれば、原告Jについて、この間は標準者並みの昇給がされて然るべきであった。原告Jは平成6年10月に一般指導職に昇格し、店頭業務で解約防止件数はグループ内で常にトップで、表彰を受けた。これらによれば、この間の原告Jに係る査定は不合理であり、少なくとも標準者並みの昇給がされて然るべきであった。原告Jは昭和53年に内務2級1号に昇格しており、その後については標準者としての評価をすべきであって、昭和63年4月には主務に昇格すべきであったと推認できる。そして原告Jが昇格しなかった理由は既婚者であることを理由とする低査定にあったから、昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。

 原告Jの月例給与における差額賃金相当額は372万4260円、臨時給与の差額賃金相当額は225万6686円であり、原告Jに対する不合理な査定及びこれに基づく昇給・昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し、慰謝料300万円、弁護士費用90万円をもって相当とする。

(11)原告Kに対する既婚女性差別

 原告Kの昭和49年の昇給額は標準者より2割低いが、このとき原告Kは婚姻前であるから既婚女性を理由とする差別であることはあり得ないし、昭和50年、51年の昇給については、昭和50年2月に原告Kが婚姻したという事情があるが、昭和49年と変わらない額であるから、この昇給が合理性を欠くものであったとは認めることはできない。原告Kの昭和53年の昇給は昭和51年より5円低い額であるが、その考課期間中に第1子出産の産休を取得し、その後生後1年まで育児時間を取得したことがあり、他の原告らの例を見ても、これがその昇給に影響を与えたことは容易に推認できる。原告Kは昭和61年、62年には、年間各153時間、329時間の残業を行っており、グループ長から「正確な事務、迅速な処理」を評価され、積極的に業務改善案を継続して行っていたことからすれば、原告Kに対する昭和57年から平成4年まで標準者より低い評価をする合理的な理由は認められない。原告Kは、平成4年4月以降、支社契約グループに配属され、平成8年10月からは損保業務も担当することになり、年間残業時間は平成4年が184時間、平成5年が170時間、平成11年が229時間であり、上司から「後輩の指導に貢献した」と評価されたことからすれば、原告Kに対する平成5年以降、標準者より低い評価をする合理的な理由は認められない。原告Kは昭和53年に内務2級1号に昇格しており、その後標準者としての評価をすべきであって、昭和63年4月には主務に昇格すべきであったと推認できる。そして原告Kが昇格しなかった理由は、既婚者であることを理由とする低査定にあったから、昇格をしなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。

 原告Kの月例給与における差額賃金相当額は368万2560円、臨時給与の差額相当額は228万7086円となり、原告Kに対する不合理な査定及びこれに基づく昇給・昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し、慰謝料300万円、弁護士費用90万円をもって相当とする。

(12)原告Lに対する既婚女性差別

 昭和46年から昭和49年までの低い査定については、昭和45年4月の昇給が標準者並みであったこと、その考課期間中に、第1子、第2子の出産と各育児時間の取得があること、原告Lの勤務自体に特段劣ったところや過誤が認められないことからすると、不合理な査定であったというべきで、この間は標準者並みの昇給がされて然るべきであった。原告Lは昭和52年7月から昭和55年7月にかけて月間残業時間は多い月は32時間で、20時間を超える月も多数あり、一時期に数種類の仕事を殆ど1人で行っていた。これらによれば、原告Lに対する昭和52年から昭和61年まで、標準者より低い評価をする合理的な理由は認められない。原告Lは昭和61年7月の配転以降、残業が多くなり、月35時間の制限ギリギリまで行う月もあるほか、平成4年以降は一層多忙となり、月20時間から29時間ほどの残業をしていた。これらによれば、原告Lに対する昭和62年以降、標準者より低い評価をする合理的な理由は認められない。原告Lは昭和53年に内務2級1号に昇格しており、その後標準者としての評価をすべきであって、昭和63年4月には主務に昇格すべきであったと推認できる。そして、原告Lが昇格しなかった理由は既婚者であることを理由とする低査定にあったから、昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。

 原告Lの月例給与における差額賃金相当額は355万9100円、臨時給与の差額相当額は196万8035円、退職金の差額は203万4000円となり、原告Lに対する不合理な査定及びこれに基づく昇給・昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し、慰謝料300万円、弁護士費用100万円をもって相当とする。

4 被告国に対する訴えについて

 そもそも確認訴訟は、原告らの権利又は法律的地位に危険ないしは不安が現存し、その危険ないし不安を除去するために一定の権利又は法律関係の存否について確認判決を得ることが有効適切である場合に認められるものであるところ、本件において原告らは一般抽象的に本件各指針の違憲ないし違法の確認を求めているに過ぎず、確認の利益があるとは認められない。よって原告らの本件各指針の各定めについて違憲ないし違法であることの確認を求める訴えはこれを却下する。

 男女雇用機会均等法に基づき昭和61年1月27日に制定された指針(当初指針)ないし平成6年3月11日に改正された指針(改正指針)の制定経緯、各文言等に照らせば、当初指針あるいは改正指針は、均等法7条、8条に係る男女の「均等」についての意味を前提にしたものといえ、その際の男女の均等取扱い又は機会均等という場合の「均等」とは同一ないし同種の条件を前提とするとするのが相当である。

 第1回申請、第2回申請のいずれにおいても、原告らが対象としているのは同じ一般職の未婚女性であり、本件は女性間の差別の問題である。したがって、大阪婦人少年室長が、原告らの2回にわたる本件調停申立について、昇進・昇格について、女子労働者について、男子労働者と比べて不利な取扱いをしないように求めている均等法8条に基づき、指針ないしは均等法の具体的な努力目標についての明確化の観点から新設された改正指針2(3)ロが示した事業主に講ずるよう努めるべき措置に係るものではなく、均等法15条に基づく調停対象事項ではないとした判断には違法な点はない。この点原告らは、調停不開始としたことは女子差別撤廃条約に違反し、均等法、同指針の解釈を誤ったものであると主張するが、男女間において均等な取扱いが行われているか否かは、同一の募集、採用区分の中で比較しなければ判断し得ないものと言わざるを得ない。けだし、募集・採用区分が異なれば、そもそもの雇用条件が異なることから、比較対照の基礎を欠くと言わざるを得ないからである。また比較対照すべき雇用条件を決定するという観点からは、この「募集・採用区分」とは募集、採用に当たっての区分のみを意味しているものではなく、募集、採用後もその区分により制度的に異なる雇用条件に服するものを予定していると解するのが相当であって、この点についての原告らの主張は採用し得ない。そして均等法については遡及効がないことからすると、均等法施行時(昭和61年4月)時点で既に採用されている労働者については、均等法施行時点における職種、資格、雇用形態、就業形態に応じた雇用管理区分を「募集、採用区分」とするのが相当である。

 女子差別撤廃条約については、同条約1条が「男女の平等を基礎として」と規定しており、男子との比較において女子が差別を受ける場合を「女子に対する差別」と位置付けていることは明らかであり、女子が女子との比較で差別を受けることは「女子に対する差別」とはいえない。また同条約はその2条(b)項において、「女子に対するすべての差別」を禁止する適当な立法その他の措置(適当な場合は制裁を含む)をとることを規定していることからすると、すべての差別を法律の規定により禁止することを求める趣旨ではないことは明らかである。そして雇用の分野で具体的に締結国が措置すべき事項については、同条約の11条に規定されているが、そこでも同条約の実施に当たってどのような具体的な措置をとるかについては、各締結国の国情に応じて適当と判断される措置をとるとされているとするのが相当である。
 以上によれば、我が国の社会、経済の現状を踏まえて規定された均等法7条、8条の努力規定は、同条約の要請を満たしているといえ、同条約に違反するものとはいえない。
適用法規・条文
男女雇用機会均等法7条、8条
収録文献(出典)
労働判例809号5頁
その他特記事項
本件は控訴された。