判例データベース
S社転勤拒否解雇事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- S社転勤拒否解雇事件
- 事件番号
- 札幌地裁 − 昭和56年(ヨ)第598号
- 当事者
- その他債権者 個人1名
その他債務者 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 1982年03月01日
- 判決決定区分
- 却下
- 事件の概要
- 債務者はスウェーデンの親会社の100%出資による超硬工具、超硬耐磨耗部品の輸出入・加工・製造・販売等を業務内容とする子会社であり、債権者は昭和50年4月に債務者札幌営業所の従業員として雇用された女性である。
債務者札幌営業所は、昭和45年5月に開設され、4部各1名の体制で事業をしていたが、昭和47年1月、同52年3月に販売成績の不良から部が廃止され、同年4月以降セールスエンジニアと債権者の2名のみが在籍することとなった。そこで債務者は札幌営業所をセールスエンジニア1名の駐在事務所とし、債権者を転勤させることとして意向打診したが、債権者は消極的な態度を示した。その後の意向打診についても債権者が転勤を拒絶したことから、債務者は昭和56年2月9日、債権者に対し広島営業所に転勤して欲しいこと、それができなければ同年3月31日をもって退職して欲しいことを告げた。その後債務者と債権者及び労働組合との交渉が行われたが解決に至らず、債務者は同年5月末日の札幌事務所の閉鎖に伴い債権者を解雇した。
これに対し債権者は、札幌営業所閉鎖に合理的理由がなく、仮に閉鎖を前提にしても解雇は避けられたこと、、札幌営業所の廃止により剰員が生じたとしてもセールスエンジニアの配転により吸収することが可能であることから、本件解雇は解雇権の濫用で無効であると主張したほか、債権者は昭和55年に結婚し、母は入退院を繰り返し現在療養中であるから、債権者の解雇により、債権者夫婦及び母の生活は崩壊に瀕し、回復し難い損害を被るおそれがあるとして、従業員としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 本件仮処分申請をいずれも却下する。
申請費用は債権者の負担とする。 - 判決要旨
- およそ解雇権の行使は、原則的には使用者の裁量に委ねられていると解される(民法627条1項)が、賃金をその生活の手段とする労働者は、解雇により生活を脅かされることになり、また、再就職し得たとしても、終身雇用を原則とする我が国においては労働条件において種々の不利益が生ずることも否定できないから、右の使用者による解雇権の行使も、解雇時に存在する事情に照らして客観的に合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になるものと解される。
本件解雇はいわゆる整理解雇に属するものということができるが、債務者は本件解雇に先立ち、これを回避するために債権者に対して広島営業所への転勤を勧告しており、債権者が右勧告に応じていた場合には解雇に至らなかったことは明らかであり、債権者が結局解雇されることになったのも右の勧告を拒絶したからにほかならないという事情が存する。
企業が、その特定の営業所の業務量の減少等に対処して企業運営の合理化を図るため、当該営業所を閉鎖することは経営者の専権に属するところであると考えられるが、その方策として剰員となった労働者を解雇する場合には、解雇権濫用の法理が適用されることとなる。いわゆる整理解雇は、労働者の責に帰すべからざる事情によって継続的な雇用関係を期待する労働者を一方的に解雇するものであるから、これが正当として是認されるためには、相当強度の経営上の必要性に基づくものが必要であり、このような必要性に基づくことなく単に企業経営を合理化するためになされた解雇は、権利の濫用としてその効力を否定せざるを得ないものである。しかしながら、企業経営の合理化を策定した企業において、剰員となる労働者の解雇を回避するため,この者を同一企業の他の営業所に転勤させる措置を講じ、右の転勤措置が相当であるのに正当な理由なくこれを拒否した場合になされた解雇については、これが解雇とは違って雇用関係の存続を前提とするものであるから、整理解雇の場合とは自ずから別異の要件の下に検討されるべきである。右の転勤措置が相当として是認され得るのに、これを正当な理由なく拒絶した労働者に対してなされた解雇については、解雇の合理性を肯認するのが信義則に適うところであって、もはや整理解雇としての経営上の必要性を要件とするものではないと解される。
一般に、使用者は労働者に対し、労働契約上勤務場所等を限定する明示もしくは黙示の合意がなされていない限り、労働契約に基づき、勤務場所等を具体的に決定して労務の提供を命じ得る権限が存するものと解される。しかるところ、債権者の採用通知の中に、債権者を札幌営業所の従業員として採用する旨の記載があるが、使用者が労働者の雇用を決定した場合、これに当面の勤務場所を通知するのは通常のことであって、右の記載部分に、将来退職するまでの間債権者の勤務場所を札幌に限定する趣旨が包含されているとまで解することは困難であるといわなければならない。かえって、債権者の雇用された当時札幌営業所に勤務する社員は3人に過ぎず、将来いかなる業務上の必要が生じようとも右当時の体制を存続させ、債権者を同営業所から異動させないとの意思を有していたとは考え難く、更に債務者は、昭和53年1月頃から債権者に対して重ねて転勤の意向打診を行っているのであって、結局、債権者自身の期待はともかくとして、労働契約上債権者の勤務場所を札幌に限定する明示もしくは黙示の合意がなされていたと認めるべき疎明はない。
転勤措置は、労働者の生活関係に少なからぬ影響を及ぼすものであるから、これは無制約に許されるべきものではないことはいうまでもなく、これが相当として是認されるためには、人選の妥当性等とともに、業務上の必要性の存することが必要であると解されるが、他方、転勤措置は使用者の労働契約に基づく労務指揮権の行使として行われるものであるので、これにつき使用者に相当大幅な裁量権が認められるものと考えられる。そして、転勤措置の前提をなす営業所の閉鎖等は企業経営者の専権に属すべき事項であって、企業経営につき責任も的確な能力も有しない裁判所がその当否や是非を論ずるのは本来相当でないことに鑑み、裁判所において、右営業所の閉鎖等につき一応の合理性が認められ、解雇の口実を作り上げるため等の不当な目的の追求のためになされた等特段の事情が存する場合を除き、企業経営者の判断を尊重せざるを得ないものと考える。
札幌営業所においてセールスエンジニア1名の駐在員体制とし、余剰人員1名を折から増員の必要のあった他の営業所に転勤させようとしたものであるところ、同営業所における取引相手である4社からの在庫照会、電話による受注、伝言の取次ぎ等が減少し、反面、広島営業所においては、債権者と同様の立場にある者が1人で50社を相手に同様の仕事をしており、このような事務量の極端な不均衡に照らせば、債務者が札幌営業所を閉鎖して、その剰員1名を広島営業所に移そうとすることの業務上の必要性については、優に一応の合理性を肯認することができ、また、債権者に対する転勤措置が不当な目的の追求のためになされたものと認めるに足りる疎明はない。
債権者は、昭和55年9月に小樽拘置所の刑務官と結婚し、現在に至っているので、広島営業所に転勤することになっていれば、少なくとも当分の間は夫との別居生活を余儀なくされることになり、またこれに伴い経済的な不利益が生じることも予測されるところである。本件の転勤措置が債権者に及ぼすこのような不利益は、もとより転勤者の人選に当たって十分に考慮されなければならない事柄であるが、共働き夫婦の別居という事態は、債権者が結婚し、かつ債務者との労働契約関係を継続することを決めた段階において、当然に受けることが予測された不利益の範囲、程度を超えるものとまでは認め難い。また、債権者の母親は、現在、無職・独身の身で、高血圧、気管支拡張症、過敏性大腸症候群などの持病を有することが一応認められるが、他方、長年学校教員を勤めて年金等により自活の能力があり、また右持病も付添看護を要するほどの状態でないことも一応認められるのであるから、債権者が母親を連れて転勤しない場合においても、母親との別居は、これをもって特段の生活関係上の不利益とはなし難く、この点は債権者の夫が将来債権者の許に転勤した場合に予想された債権者の夫の両親の独居という事態も、債権者の夫の両親には自活の能力があることが一応認められるのであるから、同様である。
以上のとおり、本件の転勤措置は、業務上の必要性と人選の妥当性の要件において欠けるところのない相当なものであって、債権者の拒絶は正当な理由がなく、労使間の信義則に違反した手続上の瑕疵があるとは認め難いので、結局本件解雇は有効というべきである。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働判例383号50頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|