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躁うつ病大学教授事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
躁うつ病大学教授事件
事件番号
東京地裁 - 平成11年(ワ)第23739号
当事者
原告(反訴被告) 個人1名

被告(反訴原告) 個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2001年04月08日
判決決定区分
本訴一部認容・一部棄却、反訴棄却(控訴)
事件の概要
 原告(反訴被告)は、平成10年4月にA大学法学部に入学した女子学生であり、被告(反訴原告)は、A大学の英文学教授である。

 原告は、1年時に履修すべき「英語1」の単位を落としたことから、2年時にその単位を取る必要が生じて被告の講義を受講することとなった。原告は平成11年4月13日に第1回の講義を受けるまで被告とは面識がなく、以後も5月までは教授と学生という関係に過ぎなかったにもかかわらず、被告は同月中旬頃までに、原告と相思相愛の仲にあるとか、原告と結婚したいなどの妄想に取り付かれるようになった。原告は同月18日の講義を欠席したところ、被告は原告宅に電話し、原告の母に対し、原告が試験を受験しなかったこと、受験しないと単位を取れない心配があること、特別に追試を受けさせたいことを説明した。原告が追試を受けたいと申し出たところ、被告は自宅に来るよう指示したため、原告は同月23日被告の自宅に赴いた。

 被告は母や知人に婚約者が来訪するかのような説明をし、原告は誘われるままに被告やその知人と温泉に赴き、食事や入浴をしたが、食事終了後には被告から原告に対し、婚姻届が示されるなどした。原告は被告とは結婚できないと返事し、試験を実施してくれるよう申し出たが、結局試験は実施されないまま原告は夜行列車で帰京した。原告は翌早朝帰宅し、母に説明したところ、母は大学教授である被告が地位を利用して原告を自宅に呼び出し、無理に結婚を迫ったものと理解し、大学に対し然るべき対処を求めた。大学は規程に基づきセクシャルハラスメント調査委員会を開催することとしたが、他方、同月24日以降、被告から原告の携帯電話に頻繁に電話がかかるようになり、1日に60件にものぼることがあった。そのため原告は、終始被告につきまとわれているかのような心理状態になり、登校が困難となった。被告は、同年6月2日、原告の自宅を訪れたところ、原告は面会を避けたが、不眠、情緒不安定といった症状が現れ、結局平成12年4月頃まで大学に登校しなかった。原告はこの間、心療内科に通院し、神経症との診断を受けた。

 セクシャルハラスメント委員会は、調査の結果、被告にセクハラ行為があったものと認定し、これを受けて教授会では被告について解雇が適切である旨決定がなされ、総長は平成11年8月2日付けで被告を諭旨解雇とした。
 原告は、被告の一連のストーカー行為により、著しい精神的苦痛を受けたとして、被告に対し慰謝料500万円を請求したところ、被告は、そもそもストーカー行為といえるものではないこと、当時の被告は重度の躁うつ病のために事理弁別に従って行動することができない状態にあったから被告に責任はないことを主張し、原告がストーカー行為を捏造し、被告を解雇させたのみならず、不当にも本訴を提起し、週刊誌記者に虚偽の情報を提供して被告の名誉を毀損する記事を掲載させたなどとして、原告に対し1000万円の慰謝料の支払いを求める反訴を提起した。
主文
1 被告は、原告に対し、250万円及びこれに対する平成11年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求及び反訴原告の反訴請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、本訴反訴を通じて、これを5分し、その1を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 被告は、自分の講義の受講生であった原告に好意を抱くようになるや、原告自身の意思を何ら確認することなく、原告と相思相愛であるとか、原告と婚姻したいなどと思い込むようになり、担当教授としての地位を利用して、試験を実施するとの名目で、原告を自宅まで呼び出し、原告に対して婚姻届を示すなどして婚姻を迫り、その後原告と連絡が取れなくなるや、1日に数十回も原告の携帯電話に電話をかけ、更に原告の自宅を訪問するなどしたものであって、これにより原告は、被告につきまとわれているとの恐怖感を抱くようになって神経症になり、自宅から身を隠すことなどを余儀なくされたのみならず、大学への登校が困難となり、相当期間登校できなかったものであるから、これにより原告が被った精神的苦痛は多大なものであったと認められる。以上によれば、被告の一連の行動は、原告の人格権を侵害したものとして、原告に対する不法行為を構成するものというべきである。

 被告は、本件行動をなした当時は躁うつ病により意思無能力状態にあったから責任はないと主張する。確かに、被告には過去に躁うつ病の病歴があり、平成4年頃にも常軌を逸した浪費などの奇行が見られ、大学を休職になったことなどがあったこと、本件被告の行動の当時も、躁うつ病による極端な躁状態にあったものと推認され、これが常軌を逸した本件被告の行動の原因となったものと窺われるものの、それ以上に、当時の被告が事理弁別にしたがって行動することが不可能であったとまで認めるに足りる証拠はない。被告は、原告が被告に対して好意を示すような行動をとったこと、原告の行動の中には被告との婚姻を了承しているかのようなものが少なからずあったことなどとして、これを前提に、原告は被告の原告に対する愛情を誘発、増強したなどと主張するが、それらの信用性には疑問があって採用できない。その上、仮に原告に被告の主張するような行動があったとしても、教授である被告から単位に必要な試験を実施するからとして被告宅に呼び出されたのに、被告宅に赴いたところ試験は実施されず、被告と原告が婚姻するような話になってしまっていたという、全く予想だにしない事態に遭遇した当時の原告の状況に照らすならば、原告において、試験の合否の決定権を持っている被告やその知人の行動に対して明確な異議を唱えることなく、その場の雰囲気に合わせた行動をとったとしても無理ないことであり、そのような原告の行動が、被告から見れば婚姻を了承したかのように見えたとしても、だからといって原告に何らかの落度があったなどということはできないというべきである。
 以上に検討したところに加えて、本件被告の行動は、客観的に見れば、教員である被告が学生である原告に対する優越的地位を利用して行ったという悪質なものであること、被告の本件反訴が理由がないことなども含めた本件の一切の事情を総合考慮すれば、被告が原告に支払うべき慰謝料を250万円とするのが相当である。
適用法規・条文
民法709条、710条
収録文献(出典)
判例タイムズ1101号221頁
その他特記事項
本件は控訴されたが、和解した。