判例データベース
広島女子高生アルバイト事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 広島女子高生アルバイト事件
- 事件番号
- 広島地裁 − 平成13年(ワ)第1069号
- 当事者
- 原告個人3名A,B,C
被告個人1名D
被告株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年01月16日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 原告Aは、平成13年3月2日から30日まで被告会社にアルバイトとして勤務していた者であり、原告B,Cはその父母である。また、被告Dは被告会社の従業員であり、アルバイトの指揮監督を行う責任者の地位にあった。
同月12日、原告Aと被告Dとが二人だけで残業していた際、被告Dは原告Aに対し、自己の女性経験を話した後、原告Aが帰宅しようとすると、「こっちに来て座りんさい。」と声をかけ、原告Aが言われるままに近づくと、いきなり胸を触り始め、下着の上から陰部を触り、更に下着を脱がせて陰部を舐めるなどした。更に被告Dは自分のズボンとパンツを脱いで陰部を出したので、原告Aは性交までは避けようと考え、被告Dの陰部を自分の口の中に入れた。被告Dは他の従業員が入ってくることを恐れ、それ以上の性的行為を行わずに終わった。
同月15日、原告Aと被告Dが二人で残業していたところ、被告Dは原告Aに対し「Aちゃんの若い××××甞めたいなー。」などと言って、原告Aの胸を触った。その夜原告Aは、私服に着替えてタイムカードに刻印したところ、被告Dから言われ、一緒に屋上に行ったところ、被告Dは屋上の倉庫内で原告Aの胸や陰部を触ったり、舐めたりした上、原告Aを全裸にして性交した。その際、被告Dは避妊具を使用しておらず、原告Aは妊娠を避けるため、被告Dは原告Aの口内に射精した。その後被告Dは原告Aに対し「締まりがいいなー、みんな早いでしょ。」などと言った。その1週間後、残業で原告Aと被告Dの二人になった際、原告Aが自分の手首を切ったことを話したところ、被告Dはこれを無視し、原告Aの胸や陰部を触ったり舐めたりした。
原告Aの母である原告Cは、原告Aの様子に不審を抱き、事情を確かめたところ、原告Aは上司であるため断れなかった、アルバイトを辞めさせられるのが怖かった等と説明したが、原告Cは原告Aの手首に多数の傷があることを深刻に受け止め、夫である原告Bとともに被告会社に赴き、代表者や被告Dと面談したところ、被告Dは「私に下心がありました。」などと言って謝罪した。
原告Aは大学付属病院精神科で受診し、治療を受けたところ、解離性同一性障害(多重人格障害)に罹患しており、症状の程度は6段階の重い方から2番目であって、3年ないし5年をかけて週1回あるいは2回のカウンセリング等の治療を要すると診断された。
原告Aは、被告Dがセクハラ行為により、その人格権及び性的自己決定権を違法に侵害したこと、原告B,Cは被告Dのセクハラ行為により、両親として甚大な精神的苦痛を被ったことを主張し、併せて被告会社に対して、本件各セクハラ行為がアルバイトに対する指揮命令権を行使する立場にあった者により、被告会社内において、かつ残業中又は残業を終えて帰宅しようとした際に行われたものであって、被告会社の事業の執行につきなされたものであると主張した。これらの主張を基に、原告Aは被告らに対して、慰藉料、治療費等として連帯して1110万7680円を、原告B,Cは被告らに対して、連帯して慰謝料等110万円を請求した。 - 主文
- 1 被告らは連帯して、原告Aに対し、金220万5120円及び内金220万円に対する平成13年4月2日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは連帯して、原告B及び同Cに対し、各金22万円及びこれらに対する平成13年4月2日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを5分し、その4を原告らの、その余を被告らの負担とする。
5 この判決は、第1,2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 被告Dの責任
女性労働者が、職場内という閉鎖的な状況下で上司から突然に性的行為を受けた場合、困惑する中で種々の配慮や思惑が交錯し、セクハラ行為を毅然として拒絶するという態度をとりがたく、不本意ながら従属的な対応をしてしまうことは十分想定されることであり、女性労働者をそのような困難な境遇に陥らせないために、近時、職場でのセクハラ行為の防止が標榜されているものということができる。したがって、被告Dの一連の行為は、有形力や脅迫的言辞によって抵抗を抑圧したものではないが、女性労働者がその自由意思に基づいた行動をとりがたい職場環境及び自己の地位の優越性を利用し、その人格権や性的自由を違法に侵害したセクハラ行為に当たると認めるのが相当である。
被告らは、原告Aと被告Dとの性的関係は両者の合意に基づくものであると主張するが、被告Dが最初に原告Aに対し性的行為に及んだのは、原告Aが働き始めて僅か10日後であり、僅かの時間性体験につき会話を交わした程度で、原告Aが被告Dの性的欲情に基づく行為を抵抗なく受容する程の感情を抱くに至ることは考えがたい。原告Aは、被告Dから性的行為を受けた頃、その手首を切るなどの異常行動をとっており、母親である原告Cが原告Aの様子の変化に気づき、更に原告Aが被告会社内で興奮状態になって暴れ、被告Dに対する激しい憎悪の念を示す言動をなし、重篤な解離性同一性障害に罹患するに至ったのであり、これら一連の経過等からすれば、原告Aにとって被告Dとの性的関係は、著しいストレスを伴うものであったことが容易に推認される。したがって、原告Aが被告Dの性的行為を積極的に受容したことは考えがたいことである。
被告会社は、原告Aがアルバイトであったことから、被告Dの性的行為を拒絶しても何ら不利益を受ける立場になかったと主張するところ、確かに正社員よりアルバイトの方が職場に固執すべき度合いは低いと思われ、特に原告Aの場合は高校卒業後短大入学までの一時的な就労であったから、客観的、合理的に判断すれば、被告Dの行為を拒絶することは困難でなかったとの見方もできるが、当時未成年(18歳)で社会経験も乏しかった原告Aが、そのような合理的な判断に至らず、被告Dに従属してしまったということも、十分あり得ることである。そもそもセクハラ行為の被害者は、しばしば一般人の通常時における合理的行動に関する経験則では律しがたい行動をとるものであり、本件原告Aの行動についても、セクハラ行為の被害者が置かれた特殊な状況及び心理状態の下での行動であることを前提として経験則を適用しなければならない。特に原告Aは未成年で社会経験も乏しく、アルバイトを始めて日が浅く、不慣れな職場環境にあって、不安定で上司の指示等に従属しやすい精神状態にあったものと考えられる。そのような前提に立てば、原告Aの被告Dの性的行為に対する対応が、その本意に反したものであったと見ることは十分合理性がある。
被告Dの原告Aに対する本件各セクハラ行為は、原告Aの人格権及び性的自己決定権を違法に侵害し、不法行為を構成するものということができる。よって、被告Dは原告Aに対し、不法行為に基づき損害賠償義務を負う。
2 原告B、Cの被害
本件において、当時未成年であった原告Aが被告Dの本件セクハラ行為によって、その心身を陵辱されたことにより、原告Aだけでなく、原告Bらも容易に消し去り難い屈辱感を味わい、著しい精神的苦痛を被ったことは容易に想像されることであり、本件各セクハラ行為の経緯や態様、原告Aの心身の被害の性質、程度その他の諸事情を総合考慮すると、原告Bらの被った精神的苦痛は、その性質、程度において原告Aの生命が害された場合にも比肩すべきものと認めることができる。よって、被告Dは、原告Bらに対しても慰謝料支払い義務を負うものと認められる。
3 被告会社の責任
被告Dの各セクハラ行為が、被告会社内で、勤務時間中ないしそれに密着した時間内に、被告会社における職場環境及び被告Dの原告Aに対する地位の優越性を利用して行われたことなどを考慮すると、被告Dの本件不法行為は、被告会社の事業の執行につきなされたものと認めるのが相当である。よって、被告会社は、原告らに対し、民法715条の使用者責任を免れない。
4 原告らの損害額
原告Aは、被告Dの各セクハラ行為によって著しい精神的苦痛を被り、その結果解離性同一性障害という重篤な精神的疾患に罹患し、平成13年5月から治療を継続しているが、今後更に治療に3年程度を要する見込みであり、その間正常な社会生活を営むことが困難な状態にあることが認められる。他方、原告Aにおいて、被告Dのセクハラ行為を拒絶することは、必ずしも容易ではなかったとしても、これを拒絶することがおよそ不可能であったとも考えがたく、特に1回目のセクハラ行為後はその後の被害を未然に防止する余地もあったと考えられるから、原告Aにもその被害の発生及び拡大につき、責任の一端があるものといわねばならない。以上の事情及び本件証拠に顕れた一切の事情を考慮すると、原告Aが本件不法行為により被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、200万円が相当である。原告Aは、本件不法行為により罹患した障害につき入院治療を受け、7680円を出捐したことが認められるが、過失相殺として治療費相当の損害の3分の1を減ずるのが相当であり、本件事案の性質、審理の経過、認容額等を考慮すると、弁護士費用としては20万円が相当である。
諸事情を考慮すると、原告B及び同Cの精神的苦痛に対する慰謝料としては各20万円が相当であり、弁護士費用は各2万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、710条、711条、715条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1131号131頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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