判例データベース
S国大使館事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- S国大使館事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成14年(ワ)第13427号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 個人1名 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年01月23日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 原告は、S国大使館貿易公団商務部の商務官であり、被告は主席商務官として原告の上司の地位にあった。原告は、被告から次のようなセクハラ行為を受けたと主張した。
被告は、平成7年ないし8年頃、残業している原告のところへ来て、「飲みに行こう」と繰り返し誘い、原告のお尻を触る、お尻の肉をぎゅっと掴む、背中を撫で下ろす、首を触る等の肉体的接触をし、同僚らと飲みにいった際、「腕組もうや。」と、原告が嫌がっているにもかかわらずもたれかかってきた(第1事実)。被告は、平成9年5月、原告及び原告の姉と夕食をともにした際、原告の姉に手を重ね、「ええ女やと思うとる。」と言った(第2事実)。被告は、平成12年5月、原告が嫌がっているのを知りつつ、頻繁に飲みに行こうと誘った(第3事実)。被告は、海外での女性経験を自慢し、もっぱら独身者や離婚者に性的働きかけをし、40歳以上の女性を「おばさん」と呼んで差別し、グラマーな女性の胸をいつもなめるように見ていた(第4事実)。被告は平成12年5月、原告、A(女性)と飲みに行った際、「商務部では男女関係が必要や。」「わしは原告とAを一人前の商務官にしてやるからな。」などと述べ、原告との男女関係を望んでいることを見せ付けた(第5事実)。被告は、同年7月原告との食事の際、「商務部では男と女の関係が必要や。一緒に仕事をする人間にはいつも女を感じていたい。お前が最初に大使館に来たとき、人目見て可愛い子やと思った。前から好きやったんや。俺を男として見られへんか。そしたら仕事をサポートしたるからな。」旨発言し、顔を原告に近づけ、腰に手を回して上体を引き寄せようとする等絶えず肉体的接触をした(第6事実)。その後被告は地下鉄の中でも原告に体を押し付け、頻繁に原告の手を握ったり、太股をさすったりした(第7事実)。被告は、勤務中にも、繰り返し原告のお尻を撫でる、首筋を触る等の肉体的接触をした(第8事実)。同年8月、被告、原告、A、B(男性)で個室カラオケに行った際、被告は原告を強引にスローダンスに誘い、無理矢理原告の手をとって自分の下半身を押し付け、自分の体の方へ原告を抱き寄せようとし、原告に対し、「Bと男と女の付き合いをしたらどうや。男とセックスせなあかんのや。」等と言った(第9事実)。被告は、同年11月、原告をみかん狩りに誘った(第10事実)。被告は、同年12月、原告をAと3人の温泉旅行に誘った(第11事実)。被告は、原告が誘いを断る度、原告に大変な仕事を回したり、無意味な文句をつけたり、憎らしそうに睨んだりした(第12事実)。同年12月職場旅行の際、原告、Aら3人を指し、「わしのグループには、こういうエンジェル達がおるんやで。」と言った(第13事実)。職場旅行の際、被告は原告のベッドにもぐりこみ、他の女性からたしなめられてベッドから出た(第14事実)。職場旅行の際、被告は皆の前で、「これがAさんからもらったパンツやでー。」とズボンを下げて見せ、「わしはブルーカラーや。」と言った(第15事実)。平成13年1月、被告はA及び受付女性とスキー旅行へ行った(第16事実)。同月、被告は原告、Aら5人との飲み会の際、原告に対し「今年は男と絶対寝なあかん。仕事は全力でサポートしたるからな。」と言った(第17事実)。同年2月、被告とAは職場の会食の場で、Aが被告にからみ倒れこみ、被告の首にキスし、被告がこれに応じた(第18事実)。Aはオフィスの自分の机の前に被告の写真を飾っており、被告はこれを放置していた(第19事実)。被告は同年6月、Aが1週間のヨーロッパ旅行に行く際、オフィスでAを抱き寄せ、原告にこれ見よがしに、Aとキスをした(第20事実)。被告は、同年6月、出張に行くと行き先も告げずにCとオフィスを出て行き、性的関係を持った(第21事実)。被告は、原告以外の女性と性的関係を持ち、原告のみに対して不機嫌になっていき、特にCと関係ができてから、エスカレートして、オフィスで原告を名前で呼ばず、「お前ー」といつも怒鳴りつけていた(第22事実)。被告は、原告に対してのみ、怒鳴ったり、面倒な仕事を回したり、仕事の妨害をしたり、故意に情報を隠したり、電話の取次ぎをしなかったりした(第23事実)。被告は原告の筋腫について言及し、そのことを知りながら、「お前この頃腹が出てきたな。」と言った(第24事実)。被告は、平成13年度に入ってから、原告に対し、「俺は上司やぞ。言うことを聞け。」と高圧的な態度をとった(第25事実)。被告は平成13年6月、原告が業務時間外に旅行社に電話した際、「うるさい。大きい声で私用の話をオフィスでするな。」と怒鳴った(第26事実)。原告の旅行前、「留守中外からの連絡が一切入らないようにしろ。」と無理な要求をした(第27事実)。被告は、同年10月、原告に対し、「家の者からのメールを止めろ。」とメールを送り、電話に対しても文句をつけるなど、他の同僚にはしないようなことをした(第28事実)。被告は同月、原告に姉からメールが入ったことから激高し、原告が私用ではないと説明しても、「いつも私用電話が多くて皆迷惑してるんや。上司の俺のいうことが聞かれんのやな。よし分かった。」と、殴りかからんばかりの勢いで怒鳴った(第29事実)。
原告は、平成13年10月26日、商務参事官に被告やAについての苦情を訴え、同年11月5日、同参事官、被告、原告の3人で話し合いの機会を持ったが、その際参事官と被告は、原告に対し、(1)被告に対して尊敬の念がない、(2)A、Cについて被告と愛人関係にある旨の中傷をした、(3)外部の顧客に(1)(2)の事実を暴露し、商務部の信用を落としたとして、解雇を言い渡した。その際参事官は、原告に対し、表向きは自己都合とするが、拒否すれば即解雇すると通告した。
原告は、この通告を受けて退職したが、被告の一連の言動は、いずれもセクシャルハラスメントとして不法行為に該当し、これによって退職に追い込まれたとして、精神的苦痛に対する慰藉料及び逸利益失として、2909万2262円を請求した。
これに対して、被告は、第1、2、4、7、8、12、18、22ないし27事実については否認し、他の事実についてもセクシャルハラスメントに当たるものではないと主張して争った。 - 主文
- 1 被告は原告に対し、110万円及びこれに対する平成14年1月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを30分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 第9、第14及び第15事実を除いて、原告が主張する事実は認められないか、セクシャルハラスメントと評価することができないものである。
被告はしばしば原告ら女性職員を飲み会に誘っており、原告はこの点につき、被告の誘う飲み会は女性部下を同伴させて酌をさせ、隙を見ては女性部下と身体的接触をするのが主な目的であったこと、原告が嫌がっていることを知りつつ飲み会に誘っていたこと、飲み会を断ると職場での立場が悪くなるため断れないという意味で強制的であったこと等と述べ、飲み会に誘うこと自体がセクシャルハラスメントの不法行為であると主張する。しかしながら、被告が誘う飲み会がこのようなものであれば他の職員等から苦情が出る等問題にされることが自然であるのに、商務部において問題にされた事実は認められないこと、本件グループのメンバーが常に被告の誘いに応じていたとは考え難く、被告の誘いを断ると職場における立場が悪くなる等の状況があったとはいえないこと、被告が原告を無理に飲み会に誘っていたことを認める証拠はなく、むしろ原告が被告をビヤーガーデンに誘った事実があったことに照らしても、原告の主張を採用することはできない。
第9事実のうち、被告が原告をカラオケに誘ったことについては、仮に強引な部分があったとしても、4名でカラオケに行く誘いであり、被告が原告に対する性的誘いかけの目的を持っていたとは認められないことに照らしても、なお社会通念上許容される範囲にとどまるもので、原告の性的自由ないし人格権を侵害する不法行為になるとはいえない。
男性たる上司がダンスをする際に部下の女性に対してその望まない身体的な接触行為を行った場合において、当該行為により直ちに相手方の性的自由ないし人格権が侵害されるものとは即断し得ないが、接触行為の対象になった相手方の身体の部位、接触の態様、程度等の接触行為の外形、接触行為の目的、相手方に与えた不快感の程度、行為の場所・時刻、勤務中の行為か否か、行為者と相手方との職務上の地位・関係等の諸事情を総合的に考慮して、当該行為が社会通念上許容される限度を超えるものであると認められるときは、相手方の性的自由又は人格権に対する侵害に当たり、違法性を有すると解すべきである。本件ダンスの場にはA、Bがいたこと、Bは礼節を守った踊り方であったとの印象を持っていること等からすれば、被告が原告に対し性的意味を含む肉体的接触をする目的で本件ダンスをしたものとは認め難いものの、他の人の歌う歌に合わせて踊るという本件ダンスの態様は、相当の時間身体的接触を続けるものであり、原告が不快に思っても曲が終わるまでは途中で体を離すことが難しいこと、時刻も真夜中であり、第三者がいたとはいえカラオケ個室という密室の中であったこと、原告の不快感が翌日体調を崩す原因となるほどであると認められることに照らせば、本件ダンスは、男性上司の女性部下に対する行為としては社会通念上許容される範囲を超え、原告の性的自由又は人格権の侵害に当たるものとして、不法行為であるといわざるを得ない。
第14事実について、被告が原告のベッドであることを知りつつ、原告に対する性的嫌がらせ、性的誘いかけ又は性的関心を示す等の目的でことさらに横になったものとは認められないが、深夜に部下である女性の宿泊している部屋に入って、近くにあるベッドに横になるということは、そのベッドを使用する女性に対して性的不快感を与える行為であることは否定できず、社会通念上許容される範囲を超える不法行為であると評価せざるを得ない。
第15事実について、被告はユーモアのつもりで行ったものと認められ、原告を含む女性職員に対する性的嫌がらせ又は性的意味を有する目的をもってしたものとはいえない。しかし、男性の下着を見せるということは、女性に対し視覚的な性的不快感等を与え得る行為であることは否定できず、男性上司が女性部下の前で行う振る舞いとしては社会通念上許容される範囲を超え、原告の性的自由又は人格権を侵害するものとして不法行為と評価することが相当である。
被告が原告に対し性的誘いかけを行ったとは認められず、商務参事官及び被告が原告に解雇する意思を有することを表明した最大の理由は、原告が商務部の顧客に対し、被告が上司として不適任者である、原告に性的嫌がらせを行っている、A及びCと愛人関係にあると訴えたことが被用者としての守秘義務に違反し、商務部の顧客に対する信頼を失わせる行為であり許容し難いと判断されたためであったことが認められる。したがって、原告が退職に至ったこと自体が、被告によるセクシャルハラスメントであって不法行為であると認めることはできない。
本件の不法行為の態様、原告に与えた影響その他を総合的に勘案し、原告の被った精神的苦痛を慰謝するには100万円が相当である。また、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は10万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1172号216頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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