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神奈川県市役所事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
神奈川県市役所事件
事件番号
横浜地裁 − 平成15年(ワ)第32号
当事者
原告個人1名

被告Y市
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年07月08日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 原告は、平成13年4月に常勤職員として被告に採用され、総務部行政管理課に配属された者である。

 同年4月、5月に係の歓迎会、7月に暑気払い、9月に課長宅でのバーベキューパーティー、10月に係の懇親会及び文書管理研究会終了後の懇親会が開かれ、原告及びその上司であるA係長はいずれにも参加した。

 原告は、同年10月29日に、セクシャルハラスメント苦情相談担当者である市民課長に、A係長によるセクハラ被害を申し出るとともに、職場での性差別についても改善を求めた。それによると、懇親会等の席で、A係長は原告に対し、「結婚しろ。」「子供を生め。」「結婚しなくても良いから子供を生め。」というような言動を繰り返し、課長宅でのバーベキューの際には、写真撮影の時に原告の腕をつかんで座らせ、抱え込んで「不倫しよう。」と言った。また10月の懇親会の席で、「言葉のセクハラだけで体のセクハラがないのは、自分に魅力がないからか我々に理性があるからか考えろ。」と言い、研究会懇親会の席で、他市の独身男性に「うちにいいのがいるから。」と発言したりした。

 市民課長は原告からの相談を、職員のセクハラ担当である職員課長に伝え、原告に対しては同課長から連絡が行くだろうと伝えた。職員課長は10月30日に原告の直属課長及びA係長から事情聴取したが、原告には何の連絡もしなかったため、原告は11月15日に職員課長に面談を求め、同課長及び職員係長と面談した。

 面談では、職員課長が、原告が異動を希望していると理解しているような発言をしたので、原告は異動希望ではなく、A係長と離れたい旨答えた。職員課長はA係長の行為がセクハラに当たることを認めながら、これをかばうような発言が多く、異動については4月まで待って欲しいと言うのみであった。その後職員課長は原告の直属課長、A係長から事情聴取したが、その結果を原告に知らせなかった。

 平成14年2月25日付けで、原告は被告市長に対し通知書を送付したが、その内容は、A係長からのセクハラ被害及び職員課長からの二次被害によって悪化している原告の就労環境の改善と精神的苦痛の慰謝のため、A係長と職員課長の文書による謝罪、A係長の配置転換、慰謝料200万円の支払い、組織の配置・事務分担における性的役割分担の廃止等を要求するものであった。同市長は同月27日、3月12日及び20日、原告を呼んで面談し、A係長、職員課長が書いた書面を原告に交付したが、原告はこれに納得せず、一連の被害への適正な対処を求める内容の通知書を送付した。

 同年4月25日、被告助役は原告に対し、A係長のセクハラに該当する行為は認められなかったこと、職員課長が原告の申し出を放置したという事実はなく、同課長がA係長のセクハラ行為を認めたこともないことを回答した。
 原告は、上司の係長からセクシャルハラスメントに当たる行為をされ、苦情申出に対する職員課長や市長の対応に違法な義務違反があって、原告はこれらの違法行為によって重大な精神的損害を被ったと主張して、国家賠償法1条1項の規定に基づき、被告に対し330万円の損害賠償等を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、220万円及びこれに対する平成15年1月25日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその他の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを3分し、その2を被告の負担とし、その他を原告の負担とする。
4 この判決の第1項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 A係長の行為の違法性

 A係長の言動を原告が了承ないし宥恕していないことは明らかであるから、A係長のバーベキューでの記念撮影の際に原告の手を掴んで自分の方へ引き寄せ「不倫しよう」と言った言動は、客観的に、多くの人たちの面前で原告に強い不快感、屈辱感と羞恥の感情を与え、もって原告に強い精神的苦痛を与えるものであり、原告の個人としての人格や尊厳を違法に侵害する権利侵害行為というべきである。更に、A係長の上記言動は、男女雇用機会均等法21条1項の「性的な言動により女性労働者の就業環境が害される」いわゆる「環境型セクシャルハラスメント」に該当するものということができる。

 文書管理研究会懇親会の席で、A係長が他市の独身男性に対し「うちにいいのがいるから。」と発言したことは、A係長の原告に対する性的関心に基づくものと認めるのが相当であり、話題になった女性である原告に不快な感情を抱かせ、精神的苦痛を与えるものと認められるから、原告の人格に対する違法な権利侵害行為であるというべきである。

 A係長が原告に対してした、結婚しろ、子供を生めなどの発言も、性的関心に基づくもので、原告に不快な感情を抱かせ、精神的苦痛を与えるものと認められるから、原告の人格に対する違法な権利侵害行為であるというべきである。

2 公権力性、職務遂行性の有無

 国家賠償法にいう「公権力の行使」とは、私経済作用を除く全ての公行政作用を意味すると解される。そしてA係長の各言動は、私経済作用ではない通常の業務に関連して行われたものであるから、これらの各行為は公権力性を有するというべきである。

 国家賠償法1条1項の「職務を行うにつき」の要件は、職務行為自体を構成する行為のみならず、職務遂行の手段として行われる行為や職務内容と密接に関連し職務行為に附随してされる行為、さらに客観的に職務の外形を備える行為も含むと解するのが相当である。

そして、勤務時間外に職場以外の場所で私費によって行われる懇親会であっても、その会合に原則として職員全員が参加することが想定され、その会の主たる目的が飲食を伴う懇親の機会を得ることによって職員相互の親睦を深め、円滑な職務遂行の基礎を形成することにあるような場合には、職務内容と密接に関連し職務行為に付随してされ、かつ、社会通念上、外形的、客観的に見て職務行為の範囲内に属するといえるから、その懇親会は同条項にいう「職務を行うについて」との要件を充たすものというべきである。

 本件バーベキューは、職員全員が参加することが想定され、その主たる目的が、家族の親睦を含めた職員相互の親睦を深め円滑な職務遂行の基礎を形成することにあったと推認されるから、たとえ休日に勤務場所以外で私費で行われたものであっても、A係長の行為は、国家賠償法1条1項の職務遂行性を認めるのが相当である。

 文書管理研究会の懇親会も、参加各市の職員の交流及び情報交換を目的とするものであったと推認されるから、このような懇親会への出席は、職務行為そのものか、職務内容と密接に関連し職務行為に付随するものと認めることができる。したがって、そのような場でされたA係長の行為は、職務を行うについてなされたものということができる。その他の懇親会等も、主目的は職員相互の親睦を深め、円滑な職務遂行の基礎となる人間関係を形成することにあったと認められるから、この会合への出席も職務行為の範囲内のものということができる。そして、A係長には本件各行為をするについて、少なくとも過失があったと認めることができるから、被告は、国家賠償法1条1項の規定に基づき、A係長の違法行為により原告に生じた損害を賠償する義務を負う。

3 職員課長及び市長の対応の違法性の有無

 地方公共団体の公務員による裁量性を有する権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的やその権限の性質等に照らし、具体的な事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときに、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解される。

 職員課長は、A係長に対する事情聴取からセクシャルハラスメントがあったことを認識していたにもかかわらず、原告から事情を聴き取ったりすることもなく、本件バーベキューの際の事実を確定するために重要な意味を有する客観的な証拠である写真が存在することを知りながら、これを収集せず、原告と面談した際にも、原告が異動を希望していると思い込み、翌年4月まで待つよう述べただけで、全体的にA係長をかばう発言を繰り返し、結局原告に対し何らの措置をとることもなく、A係長についても何らの措置を検討することもなかったものである。本件行為のうちバーベキューに際してのA係長の言動は、原告に対する重大な人権侵害と評価すべきものである。このことを前提に考えると、同課長の不作為は、権限の不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものというべきである。よって、同課長の権限不行使は、原告との関係において国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。

 被告市長は、セクシャルハラスメント問題に関する最終責任者であるが、苦情申出について基本方針及び要綱を定め、問題解決のための実務担当者を定めていたのであり、市長としては通常の指揮命令系統によって適宜報告を受け、担当職員を指揮するなどすることが通常の対処の仕方であると解される。本件においては、市長は3回にわたり原告から事情を聴くなどし、助役に事実調査させるなどして、問題の解決を図ろうとしていたことが認められる。そうすると、市長においてA係長がセクハラに該当する本件各行為に及んだことを前提とした措置をとらなかったという権限不行使が著しく不合理であるとはいえず、その行使が国家賠償法1条1項の適用上違法があるとはいえない。

3 損害額
 原告は、一連のA係長の違法行為により著しい精神的苦痛を被り、さらには職員課長の違法行為も加わって精神的に追い詰められて孤立した状態になり、激しい屈辱感と悲しみに襲われ続け、対人関係にも支障を来たし、身体的にも何日も腹痛が続き、A係長の声が聞こえたり、近くを通ったりするだけで頭がのぼせ吐き気がこみ上げてくるような状態にまで至ったことが認められる。原告が被った精神的な損害は、日々勤務する職場において本来原告を保護指導すべき立場の職員から原告の個人としての尊厳を著しく踏みにじられるという重大なものであったといわなければならない。これらの事情を考慮するならば、A係長の違法行為に対する慰謝料は120万円、職員課長の違法行為に係る精神的損害に対する慰謝料は80万円とするのが相当であり、弁護士費用は前者に係るものが12万円、後者に係るものが8万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
国家賠償法1条1項
収録文献(出典)
判例時報1865号106頁
その他特記事項