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近畿郵政局事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 近畿郵政局事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成14年(ワ)第12224号
- 当事者
- 原告個人1名(男性)
被告個人1名A(女性)
被告日本郵政公社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年09月03日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告は、昭和63年9月、郵政事務官に任命され、郵便外務業務に従事し、平成14年6月7日以降休職中である。被告Aは、原告の勤務する郵便局の総務課長代理の地位にあり、原告と直接の指揮命令関係にはなかった。
原告は、平成13年5月30日、当日の勤務を終えた後、1時間の年休を取って午後4時頃本件浴室を「使用中」と表示した上ででシャワーを浴び、脱衣場で体を乾かしていた。
被告Aは局内をパトロールしていたところ、浴室が使用されている様子だったので、中を確認するためノックをしないで浴室の扉を少し開け、原告がいたためにすぐに閉めたが、原告がズボンを履いていたこともあり、これを注意しようと考え、再び扉を開けて脱衣場に入り、「ねえ、ねえ、何してるの」「何でお風呂に入っているの」などと原告に質問した。
原告は、翌31日、「「入浴中」の表示にもかかわらず、突然ドアを開け、着替え中の職員の全裸(性器を含む。)を覗く」と記載して、郵便局の厳正な対応を求める趣旨の報告書を、総務課宛の郵便物を入れる棚に置き、更に同年6月5日、同趣旨のセクハラ発生報告書を近畿郵政局人事部長及び総務部長に郵送した。総務課長は報告書を見て直ちに被告Aから事情を聴取するとともに、本件浴室の状況を確認した。
近畿郵政局C調査官は、人事部長、総務部長に報告書が郵送されたことから、本件郵便局総務課長に対し、原告に対応するよう要請したため、同課長は同月6日、郵便課長とともに原告から事情聴取しようとした。しかし原告は郵便課長の立会いを拒否し、同人が立ち会うのであれば話ができないと述べた。原告は、C調査官に電話をかけ、自己の立会者を入れることや、郵便課長を代えるよう要請したが、C調査官は本件は郵便局で確認すべきであって、人権啓発室は対応しない旨の発言を行った。
原告はこの回答を不服として、郵政局人事部長宛にセクハラ報告書2を提出するとともに、人権相談室の担当者に相談した。その後原告は総務課長や局長に対し、本件セクハラ事件に対する対処を促したが、話し合いの要請には応じなかった。
同年7月に就任した新郵便局長は、本件を早期に解決したいと考え、総務課長立会いの下で原告と面談したが、原告は総務課長の立会いに反発し、第三者の立会いを求めるとともに、郵便課長が一件落着と発言したことを非難し、話合いにならなかった。
原告は、同年7月19日、労働事務所に本件セクハラ行為について相談し、被告Aの謝罪と処分について仲介を求めるととともに、C調査官の対応を二次セクハラに当たると訴えた。同事務所は総務課長に対し、原告の意向を伝え、総務課長は本件開扉はマナーが欠けていたとして口頭で謝罪したいが、文書による謝罪は行わないと回答したところ、この連絡を受けた原告は、これを拒否した。その後近畿郵政局D調査官が郵便局を訪れて総務課長立会いの下で原告と面談した。D調査官は原告と総務課長に対し話合いの機会を持つよう要請し、その結果話し合いが持たれ、局長は被告Aのマナー違反について謝罪させることで解決したいと話したが、原告はこれを拒否した。その後郵便局側はマナー違反についての謝罪文を用意したが、原告はセクハラについての謝罪がないとして受領を拒否した。
同年9月7日、郵便局長は原告に対し、原告と被告Aの主張が大きく相違するのでセクハラの認定は難しく、話合いはこれで最後にしたいと述べた。その後原告は成人病検診を受けたところ、メンタルヘルスに関して心配される点が多く、身体的影響もあると示唆され、さらに同年11月9日、高血圧で入院した。
原告は、本件セクハラ及び二次セクハラによって精神的苦痛を受け、PTSDに罹患し、休業を余儀なくされたとして、治療費、休業補償及び慰謝料として、被告A及び被告公社に対して、連帯して4426万8650円を支払うよう請求した。 - 主文
- 1 被告日本郵政公社は、原告に対し、15万円及びこれに対する平成14年12月7日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告日本郵政公社に対するその余の請求及び被告Aに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、原告及び被告日本郵政公社に生じた費用の300分の1を被告郵政公社の負担とし、原告及び被告日本郵政公社に生じたその余の費用と被告Aに生じた費用を原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件セクハラの違法性及び被告らの責任について
被告Aが浴室の扉を開けた際、原告は全裸であったと供述し、その旨報告書に記載しているが、原告は被告Aが2回目に扉を開け、入ってきているのに、それに抗議するどころか、タオルで身体を隠す等の行動さえしなかったとしていることは不自然というべきであり、それはむしろ、原告は少なくとも下半身については私服を着用していたことと整合する。また、被告Aは原告がカーキ色のズボンを着用したと供述しているところ、原告も当日カーキ色のズボンを着用していると認めていることを総合考慮すれば、本件開扉時に全裸であったとする原告の供述等は直ちには採用できず、両者の供述等を総合考慮すれば、当時、原告は本件浴室の脱衣室で、カーキ色のズボンは着用していたものの、上半身は裸の状態で、扇風機に当たって身体を乾かしていたことが推認される。
いくらズボンを履いていたとしても、男性が上半身裸でいる状態の男性浴室の脱衣室に、使用していた原告の承諾も得ないまま立ち入り、上半身裸の原告をじろじろ見つめながら「ねえ、ねえ、何してるの」「何でお風呂に入っているの」と発言することは、セクハラ防止規程にいう「他の者を不快にさせる職場における性的な言動」というべきである。
したがって、本件郵便局内の防犯パトロールという公権力の行使に当たる公務員である被告Aが、その職務を行うにつきした前記行為は、防止規程に基づき、原告に対しセクハラ行為をしないように注意すべき職務上の法的義務に違背する違法な行為というべきであり、被告Aにおいて少なくとも過失があったことは明らかであるから、国は国家賠償法1条1項に基づき賠償責任を負い、被告公社がその責任を承継した。なお公権力の行使に当たる国の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人は責任を負わないと解するのが相当である。
2 本件二次セクハラの違法性と被告公社の責任について
原告からセクハラ被害の申告を受けた総務課長としては、まず原告から事情聴取を行い、被害内容を把握すべきであった上に、本件においては、加害者とされた者が自己を補佐して職員を管理すべき立場にあった被告Aであったのであるから、原告が申告により不利益を受ける恐れがないように、原告から詳細な事情を聴取する前に、加害者とされる被告Aにその申告の有無やその内容を告知してはならない職務上の法的義務があったというべきである。にもかかわらず、総務課長は、原告の報告書を入手するや否や、直ちに被告Aに示し、事情聴取をし、浴室の調査まで行っている一方で、原告から事情聴取を行ったのは当日から1週間も経過した後である。しかも、事情聴取の際には、原告が立会いを拒んでいた郵便課長の立会いに固執する余り、実質的には事情聴取ができなかったにもかかわらず、被告Aから事情聴取した内容を原告に告知して、被告Aの主張する事実関係が信用できるとの判断をしているような対応をした。これらは、防止規程等に基づき相談員が相談者に対して負担している職務上の義務に違反するもので、違法というべきである。したがって、公権力の行使にあたる公務員である総務課長が、その職務を行うについてした前記行為は、防止規程等に違背する違法な行為というべきであり、同課長において過失があったというべきであるから、国家賠償法1条1項に基づき、賠償責任を負い、被告公社がその責任を承継した。
3 本件セクハラ及び本件二次セクハラと原告の損害との因果関係
原告が現在PTSDに罹患していると認めるに足る客観的な医学的証拠は存在しないし、PTSDの診断基準にも該当しないことは明らかであるから、原告が本件セクハラ及び二次セクハラによりPTSDに罹患したとは認められない。また、原告を診断した医師は、原告の症状を適応障害としているが、適応障害は一般にストレスから1ヶ月以内に起こり、持続は6ヶ月を超えないとされている点からすれば、原告の症状が適応障害だとしても、診察を受けたのが本件セクハラから2ヶ月経過後であり、適応障害と診断されたのが5ヶ月経過後であるから、本件セクハラと原告の適応障害の発症との間に因果関係があるとは断定できない。また、原告は平成13年12月8日以降出勤せず、現在に至るまでその症状が継続していることは、適応障害の持続は6ヶ月を超えないとされている点とも整合しない。
したがって、原告の現在の症状が適応障害であることが立証されたとは言い難く、仮にそれが適応障害であったとしても、本件セクハラ及び二次セクハラと因果関係があるとは認めがたい。
4 原告に生じた障害の有無及びその額
原告がPTSD又は適応障害に罹患したとは認めるに足りないから、この罹患を前提とする通院治療費等及び休業損害は、本件セクハラ及び二次セクハラと相当因果関係があるとは認められない。
ただ原告は、本件セクハラ及び二次セクハラにより精神的損害を被ったというべきであり、本件セクハラ及び二次セクハラの態様、また、原告においても、浴室において全裸でいるところを被告Aに見られたと過大な申告をしている上、被告Aに対して攻撃的な言動をとるなど過剰な反応を示していること等諸般の事情を考慮すると、精神的損害に対する慰謝料としては10万円が相当である。そして本件事案の性質、認容額等を考慮すると、各セクハラ行為と相当因果関係がある弁護士費用の損害は5万円と認める。 - 適用法規・条文
- 国家賠償法1条1項
- 収録文献(出典)
- 労働判例884号56頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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大阪地裁 − 平成14年(ワ)第12224号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2004年09月03日 |
大阪高裁 − 平成16年(ネ)第3055号 損害賠償請求控訴 | 控訴認容、附帯控訴棄却(原判決控訴人敗訴部分取消し)(確定) | 2005年06月07日 |