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N保険会社転勤拒否仮処分申請事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- N保険会社転勤拒否仮処分申請事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 昭和42年(ヨ)第2053号
- 当事者
- その他申請人 個人1名
その他被申請人 N保険会社 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1969年07月10日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被申請人(会社)は保険事業を営む相互会社であり、申請人は昭和30年に内務職員として会社に雇用され、昭和40年4月から茨木支社で勤務していた者である。
会社は、宮崎支社の業務が増加して奉仕係を2つに分割したこと、申請人は入社以来1回しか転居を伴う転勤をしておらず、九州出身で九州地区の支社勤務経験があって奉仕係長業務に豊かな経験を有していたことから、申請人に対し、昭和42年4月1日をもって宮崎支社第一奉仕係長に任命する旨の内示を行った。ところが申請人はこれに応じようとしなかったことから、会社は何回となく説得を行ったが、申請人が転勤を拒否し続けたため、本件転勤命令を発した。申請人は組合に対し苦情調整の申立てをするなどしたが、同年4月7日に職場調整委員会で本件転勤命令は正当との決定がなされたことから、会社は申請人に対し書面で宮崎支社への赴任を催告したが、申請人があくまで転勤を拒否し続けたため、休職期間満了の同年7月8日、会社は組合の同意を得た上で申請人を解雇した。
これに対し申請人は、本件転勤命令は、業務上の必要性は低く九州出身とはいっても宮崎の事情にはうといから適格性がないこと、申請人夫妻の組合活動を嫌悪し申請人の組合活動を排除すべくなされたもので不当労働行為に該当すること、申請人は妻及び2女の4人家族で生活しているところ、本件転勤命令は申請人夫妻に対し「夫と妻子の別居」か「妻の退職」かの選択を迫るものであって、申請人の家庭を崩すものであるから被る不利益は重大であること等を主張し、本件転勤命令及び解雇の無効の確認及び賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 被申請人は、申請人を被申請人茨木支社に勤務する従業員として仮に取扱い、且つ申請人に対して昭和42年7月9日以降毎月20日限り1ヶ月金1万円の割合による金員を仮に支払え。
申請人のその余の申請を却下する。
訴訟費用は被申請人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 労務の提供場所の確認を求める訴の適法性
労働契約では、労働者はその労働力の使用を包括的に使用者に委ねるものであるから、労務の種類、態様、場所などは特にこれを特定する旨の合意がなされない限り、それらを個別的に決定する権限は使用者が有する。しかしながら、労働の場所は、労働者の生活についてその本拠とも不可分の関係にあり、それに対して与える影響ははなはだ重大なものであるから、賃金や労働時間などとともに重要な労働条件に当たり、労働契約の要素をなすことは明らかである。したがって、使用者が労働者に対して転勤を命ずる場合、これは労働条件を一方的に変更させもって労働契約の内容をも変更する形成的効果を生ずる意思表示であると解される。そうすると、労働者が転勤命令の効力を争って労働場所の確認を求めることは、現在の労働契約内容である労働条件を確定させる意味があるので、かかる法律関係の確認を求める訴は適法である。
2 本件転勤命令の業務上の必要性
会社では、男子職員においては程度の差こそあれ一応全員が管理職要員として取り扱われ、入社10年目で係長に登用されていること、男子内勤職員については特殊技術者を除いて定期異動の対象になり各職種相互間での配置換え及び転勤が頻繁かつ広範囲に行われており、係長級においては平均2年8ヶ月で異動していること、第一奉仕係の事務は営業部門のうちでは質的には最も一般的定型的なものであることが一応認められる。宮崎支社では、昭和42年4月に奉仕係長を2つに分割したところ、申請人が奉仕係長等を経験し、九州地区出身者であり、転居を伴う転勤は1度だけで7年間在阪勤務をしていること等の事情を総合して、会社は申請人を同係長の適任者と考えたことが一応認められる。
申請人は昭和38年1月に結婚し、共働きして2人の子供と共に社宅に居住していたこと、申請人は昭和41年5月の身上調書に「転勤不可能な事情はない」「転勤したいとは思わない」と回答し、同年10月の分には「転勤不可能」と回答していること、それに対し会社では、共働きを理由に転勤させないとなれば、共働きしていない者との間で不公平になること、賃金は高水準で社宅も貸与されるから、妻が退職しても十分生計を維持できること、共働きの場合、8割までは2年以内に妻が退職しているところ、申請人夫婦は既に4年経過していること等から、転勤を控えさせるほどの理由とはなり得ないと判断していることが一応認められる。以上の事実によれば、本件転勤命令は、それによって申請人が著しく苦痛を強いられ、またそれが発せられるにつき不当な意図が潜んでいない限りは、一応業務上の必要性に基づいて為されていると推定される。
3 不当労働行為の成否
会社においては、社内に共産党や民青同の活動が持ち込まれることを非常に不都合であると考えていたところ、本店地区常任委員等の執行部の主要メンバーが申請人を始めとする民青同盟員により構成され、これを嫌悪し警戒していたこと、これらの活動家については本店から支社に配転した後にも充分監視していく必要があると考えていたこと等を窺い知ることができる。会社は多くの組合活動家を遠隔地へ配転し、係長への昇進を抑えていたこと、昭和40年4月の定期異動で申請人を茨木支社に配転したこと、申請人が同支社支部委員に選出される機会を奪ったこと、昭和42年定期昇給に当たっては申請人の人事考課を前年度よりも低く評価していることが一応認められる。これらの事実に照らすと、一連の本店地区からの転勤には、会社が組合本店地区会における民青同と推測される組合活動家に対して、その活動を嫌悪して、それに報復すべく不利益に取り扱う意図、ないしは右地区会からその活動を排除するための意図が含まれていたことは否定できないというべきである。
4 共働き夫婦を転勤させることについて
多数従業員を全国的に擁する会社において、従業員が共働き家庭を営んでいることを理由としてこれを転勤させずにおくことは共働きでない者との間で公平を失するとの見解で、共働きの事実を度外視してとっていた異動方針に首肯すべき一面のあることは否定できないけれども、この方針の具体的実現に際して、会社として夫婦が遠隔の地に別居を強いられ或いはその一方が退職に追い込まれるような生活状態に重大な変動を及ぼす結果となる事態を可能な限り避け、会社の業務の必要性の充足と従業員の受ける苦痛との均衡につき慎重な配慮を加えるべきは当然というべく、かたわら申請人については妻も会社に勤務しているのであるから、妻が他の企業等に就職している場合と較べてこのような配慮をするについての支障は少なかったものと推測される。これに対し、申請人を宮崎に転勤させた場合、申請人が妻と別居を余儀なくされて苦痛を受けることを会社が知っていたことは明らかであるところ、会社がこの苦痛を除くかたわら右方針も貫くため、妻を申請人と同伴で同一勤務地乃至その近辺に転勤させるよう考慮検討した等の事情を疎明するに足る証拠はなく、かえって会社においては、申請人が妻と別居するに至りしかも妻が社宅の貸与を受け続けることができなくなることは当然との前提で、妻が退職に追い込まれても申請人が高額の賃金を得ており、また宮崎で社宅の貸与を受ける以上別段顧慮するに足りないとの考えの下に、本件転勤命令に及んだことが疎明される。
ひるがえって、宮崎支社における第一奉仕係長の職務内容が営業部門のうちでは質的に最も一般的定型的なものであり、また係長級の者についても広く且つ頻繁に職務間の配置換及び転勤が行われてきたものであるから、多数の職員を擁する会社において同係長の職務自体についての適任者は決して少なくないものと推認されるところ、これに対し会社においてこれら適任者の家庭の状況、生活条件等につき検討の末、申請人の如く夫婦別居を強いられ或いは妻が退職を余儀なくされる結果となる者を除いては他に適任者がないとの結論に至ったため申請人を選んだ等の事情を疎明するに足る証拠はない。なお、宮崎支社同係長を務めるについて九州地区に地縁を有するものであることが顧客との接触等の点から業務上好都合であることは疎明されるけれども、申請人以外に右地縁を有する適格者がなかったことを疎明するに足る証拠はないのみか、本店より同係長に地縁のない者が転出したことが疎明されるのに対し、右地縁のなかった結果として業務の正常な運営に支障を来した等の事情の疎明はないので、申請人が九州に地縁を有することは申請人を選ぶについてさして重要な因をなしていなかったものと推認される。
以上の諸点を総合すれば、本件転勤命令は会社の業務上の必要に基づいて発せられたというには合理性に乏しく、申請人の分会活動を嫌悪してこれを制約し且つ分会の組織運営に対して支配介入することを主たる動機として発せられたものと推認するに難くない。よって本件転勤命令は労働組合法7条1号、3号所定の不当労働行為に該当するので無効であり、申請人はかかる無効な業務命令に従う義務はないから、本件解雇は無効である。 - 適用法規・条文
- 労働組合法7条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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