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ラジオ・テレビ放送会社配転拒否仮処分申請事件

事件の分類
配置転換
事件名
ラジオ・テレビ放送会社配転拒否仮処分申請事件
事件番号
高知地裁 − 昭和44年(ヨ)第58号
当事者
その他申請人 個人1名
その他被申請人 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
決定
判決決定年月日
1969年11月15日
判決決定区分
一部認容・一部却下
事件の概要
 被申請人は、従業員約170名を雇用し、東京都、大阪市、高松市にそれぞれ支社を置いて、ラジオ・テレビの民間放送事業を営んでいる株式会社であり、申請人は中学校の美術担当の臨時助教諭を経て、昭和35年5月に被申請人に入社した従業員である。申請人は、当初制作部に配属され、テロップや絵を描いたり、スタジオの背景を作成するなど、技能を生かした業務に従事していたが、被申請人が美術関係の業務を傍系会社に移管したため、これに伴って報道部に配置換えされた。

 被申請人は東京・大阪支社の強化を図るという機構改革の一環として、昭和41年度の人事異動において申請人を大阪支社に配転する決定をしたが、申請人は総務局長に対し、美術関係の仕事を続けたいこと、前年5月に職場結婚をしたところ大阪支店に転勤になれば家庭生活が破壊されることを訴えて再考を求めた。しかしこれは物別れに終わり、同年10月1日付けで申請人に対し、大阪支社営業部勤務を命ずる配置転換命令が発せられた。
 これに対し申請人は、本件配転命令は当時組合の執行委員であった申請人を嫌悪してなされた不当労働行為であること、人事権の濫用に当たることから無効であるとして、仮処分の申請を行った。
主文
 被申請人が昭和41年10月1日申請人に対してなした被申請人を大阪支社営業部勤務を命ずるとの意思表示の効力の発生を仮に停止する。

 被申請人は申請人に対し、昭和44年3月1日から本案判決確定に至るまで毎月25日限り1ヶ月金20000円の割合による金員を仮に支払え。

 申請人のその余の申請を却下する。
 申請費用は被申請人の負担とする。
判決要旨
一般に労働契約においては、労働者はその労働力の使用を包括的に使用者に委ねるものであるから、労務の種類・提供場所などは、特にこれを特定する旨の合意のない限り、それらを個別的に決定する権限は使用者が有するものと解される。しかし、労務の種類並びに提供場所は、賃金や労働時間などとともに重要な労働条件に当たり、労働契約の要素をなすものであることは明らかであるから、いわゆる配転命令は、単なる指示又は指揮命令に留まるものではなく、労働条件を一方的に変更させ、もって労働契約の内容をも変更するところの形成的効果を生ずる意思表示と解するのが相当である。そうだとすると、使用者から配置転換を命じられた労働者が、その意思表示の効力の発生を仮に停止する旨の仮の地位を定める仮処分命令を申請することも、もとより適法というべきである。

 申請人は、本件配転命令が労働組合法7条1号、3号所定の不利益取扱いないし支配介入に該当すると主張するが、本件配転当時申請人が組合組織上重要な地位にあって積極的な活動をしていたこと等については疎明が十分ではなく、一方申請人を大阪支社営業部に配転することについての業務上の必要性が一応認められるから、本件配転命令につき被申請人の不当労働行為意思を認めるに十分ではない。

 使用者は、特別な合意がない限り業務上の必要性に基づいて一方的に従業員の配置転換を決定し得るが、これによる職種ないし職場の変更は労働者の生活関係に重大な影響を与えることがあるから、使用者の右権限の行使も労使間を規律する信義則に照らして合理的な制約を受けるものというべく、右制約を逸脱した権限の行使はその効力を生じないものといわなければならない。そうすると結局、具体的な事案における配転命令が適正であるか否かは、使用者の業務上の必要性の程度と当該従業員の受ける不利益の度合とを比較衡量した上、その権限行使の過程における双方の態度などをも総合的に判断して決せられるべきものである。そこで、これを本件について検討するに、申請人は美術関係の技能を評価されて採用されたものであるが、被申請人としては業務上の必要性があれば申請人を他の部門に配置換えすることも許されるものといわなければならず、被申請人内外の客観情勢からすれば、申請人に対する本件配転命令の業務上の必要性は一応存在していたというべきである。しかしながら、申請人の過去の勤務状況に徴して申請人が外勤中心の部門に身を投ずることに少なからぬ危惧を抱いていたことを了知していたと考えられる被申請人自身、申請人が新業務に直ちに適応するとの見通しを持っていなかったことが窺われるのであり、また、他に申請人の能力を確実に生かす職域が全く存在しなかった訳でもないのみならず、申請人と同年度に配転命令を発せられた従業員数は30名の多きに達していたのであるから、この時期に申請人を大阪支社の営業業務に従事させるべき緊急の必要性があり、別人をもってこれに代えることは困難であったとまで認めるには躊躇せざるを得ない。もっとも、使用者が従業員を新しい職場に配置換えすることにより、その潜在的能力を発掘し適性範囲を拡張しようと試みることは企業経営上必要であると認められるが、かかる趣旨での配置転換が実効性を発揮するためには何よりもまず従業員の意欲が不可欠であるから、使用者としてはその意向を最大限に尊重して同意を得るよう努めるか、当人の家庭生活上の事情等をより慎重に考慮した上で、その実施時期、方法を決定すべきものと考える。
ところで申請人は、当時結婚してから1年半を出ないいわゆる新婚間もない時期であり、しかも長男が誕生して7ヶ月であったところ、申請人が大阪へ赴任すれば、共稼ぎを続ける限り妻子の別居生活を余儀なくされることとなり(それを避けるために申請人の妻に対し退職を期待することはできない)、そうなれば、大阪・高知間の距離並びに交通事情からして、たかだか1ヶ月平均1回帰省して夫婦または親子としての精神的・肉体的共同生活を味わうことができるに過ぎないことは容易に推認されるところであるから、右別居生活によって申請人が蒙る精神的打撃は著しいものと認められるし、大阪在任中は社宅の貸与等がなされるとしても、なお二重生活がもたらす経済的影響は決して少なくないと考えられる。従って、このような申請人の家庭生活上の事情を知悉していた被申請人としては、右のような事態を可能な限り避け得るような慎重な配慮をなすべきであり、しかも申請人の妻も被申請人に勤務しているのでそのような配慮をなすことも不可能ではなかったものと推察されるにもかかわらず、被申請人は事前に何ら申請人の意向を徴することもなく一方的に本件配転命令を発しただけでなく、別居解消のための特段の配慮を加えることもなかったのであって、このような被申請人の姿勢は、就業規則の趣旨を没却するものといわなければならない。以上被申請人の業務上の必要性の程度と申請人の受ける精神的・経済的打撃の度合とを比較衡量し、本件配転命令発令の過程における被申請人の態度を合わせ考えると、結局本件配転命令は前記内在的制約の範囲を逸脱したものとして無効というべきである。
適用法規・条文
収録文献(出典)
その他特記事項