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S社配転拒否仮処分申請事件

事件の分類
配置転換
事件名
S社配転拒否仮処分申請事件
事件番号
津地裁 - 昭和46年(ヨ)第64号
当事者
その他申請人 個人1名
その他被申請人 株式会社
業種
製造業
判決・決定
決定
判決決定年月日
1971年08月03日
判決決定区分
却下
事件の概要
被申請人(会社)は、石油及びその副産物の採掘、製造加工並びに販売等を業とする株式会社であり、申請人は昭和33年4月S社四日市製油所に採用になった者であって、昭和41年に会社、S社、労働組合の協定によりS社を退職し会社に入社し、出向により現にS社に勤務するものである。

 会社は、神奈川県所在の中央技術研究所の拡充を図ることとし、研究要員として、既に一人前の試験・研究員としての経験がある者で30歳前後の男子を充てることとし、四日市製油所に人選を指示した。同製油所ではこの指示を受けて、一般試験と機器分析・化学分析の経験があり、優れた研究論文を出している申請人が適任と判断し、人事部に推薦したところ、会社はこれを受けて申請人に対し家庭事情について事情聴取を行ったが、申請人は転勤拒否の意向を強く主張し、家庭の事情については多くを話そうとしなかった。会社は申請人の実母がスモン病の妹の面倒を見ていることを把握したが、転勤の支障となる程の家庭事情はないものと判断し、昭和46年6月16日付けをもって、申請人に対し同年7月1日から中央技術研究所で勤務するよう転勤を命じた。
これに対し申請人は、(1)本件転勤命令は部長の「お気の毒な人が出るかも知れない」との発言や、職制が組合の職場集会の中で不当介入を認め謝罪させられており、人事異動の慣例に従わず、6月に申請人唯一人を、しかも遠隔地に追いやろうとしていることなどから、申請人の組合活動を嫌悪して組合の団結を阻害する不当労働行為意思は明らかであること、(2)労働協約によれば「本人の生活事情を参酌して転勤又は配置転換を命ずることがある」と規定されているところ、申請人は63歳の母と妹と同居して扶養してきたが、妹はスモン病で、母は低血圧症候群の持病を持ち、しかも申請人は2女を設け、妻は産後の肥立ちが悪く旅行や環境の変化に耐えられる状況ではないこと、(3)申請人はこうした病人3人と乳飲み子を抱え、借金も抱え、文字通り火の車の生活の大黒柱であることから、本件転勤命令は労働協約に違反するばかりでなく、申請人に対して合理的に認められる範囲を超えて不利益を与えるもので、信義則上是認し難く、人事権の濫用として無効であると主張し、その無効確認の仮処分を求めた。
主文
申請人の申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
判決要旨
1 労働協約違反、人事権濫用の主張について

 労働協約には「会社は、業務上の都合により、本人の事情を参酌して、組合員に転勤を命ずる」旨の定めがあることが認められる。その趣旨は、会社が転勤を命ずるに際しては本人の個人的な私生活上の事情にも配慮すべく、これを濫用してはならない旨を規定したものと解せられるが、会社の発した転勤命令が右協約に違反し、或いは人事権の濫用となるか否かは、要するに個別的な転勤命令に際しての会社の業務上の必要性と本人の個人的な私生活上との比較考量によって、当該転勤命令が労働者の生活関係に重大な影響を与えずにはおかないことから認められる合理的な制約に違反するか否かによって決せられるべきものと解する。

 申請人の妹はスモン病の疑いにより昭和42年から療養生活を続け、母と2人伊勢市の借家住まいで通院加療中であること、母は低血圧症候群に罹患していること、申請人は右2名の生活の援助のため、毎月1万5000円を送金していること、申請人の妻は昭和46年4月に次女を出産後体調がすぐれないこと、申請人が住んでいる住宅は、会社からの借入金等により購入した持家であることが認められる。しかし、妹の病状は近時やや快方に向かい、婚約者も決まり、再婚したいという話もあること、母親の病状については昭和45年12月から同46年4月にかけて診療実績が皆無であることが認められ、右事実からすれば両名の現在の病状は緊急性を要するような状態にあることは認め難く、また申請人の両名に対する今までの援助の態様が主として金銭的なものであったこと、伊勢市には実兄も住んでいることが認められるので、以上の事実を総合して判断すれば、母親と妹の病気に対する関係では、申請人が現在地を離れることによる支障は、肉親の別離に伴う通常の精神的苦痛以外には格別のものはないものと認められる。また妻の病気については、将来とも場所的異動を困難ならしめるものとは認め難いので、病の回復を待つため、暫く申請人との別居生活を余儀なくされることはあるかも知れないが、妻の病気のため申請人の転勤に支障を生ずるものとは認め難い。また新勤務地には社宅が用意されており、持家については会社においてその管理につき責任を持つ意向であることが認められるので、住宅関係についても本件転勤による格別の支障があるとは認め難く、この他には転勤に支障を生ずるような申請人の家庭事情の疎明はない。

 申請人の個人的家庭事情は以上の通りであるとすれば、会社における業務上の必要性と対比して考えると、申請人の能力を高く評価した抜擢人事ともみ得る本件転勤命令が協約に違反するとか人事権の濫用になるほどの申請人の個人的私生活上の事情を無視した措置であるとは認められない。

2 不当労働行為の主張について
 申請人が昭和37年9月から同40年8月まで四日市支部執行委員であったこと、昭和43年9月から1年間職場代議員をしたことが認められるほか、申請人は就業時間外の手当なしの講習会に抗議して受講を拒否したこと、増員要求を巡る職場集会において課長代理を陳謝させたこともあるので、申請人が会社から厄介視されていたことは明らかである旨主張するが、会社はこれらについて意に介せず、申請人を厄介視していたわけではないことが認められる。申請人は既に2年程組合の役職を離れており、その間特に目立つ活動はしていないし、従前の組合活動も特段目立った活動であったとは認め難く、したがって申請人は組合活動の故に会社より特に厄介視される程の存在ではなかったとみるのが相当であるから、会社が申請人の組合活動を嫌悪して申請人を差別的に取扱い、或いは組合の団結を阻害する不当労働行為意思をもって本件転勤を命じたものとは到底認め難い。よって、申請人の本件仮処分申請は相当でない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
その他特記事項