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洋菓子シェフ強制わいせつ事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
洋菓子シェフ強制わいせつ事件
事件番号
神戸地裁 − 平成15年(わ)第1457号
当事者
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年06月28日
判決決定区分
有罪
事件の概要
 被告人(当時39歳)は、平成12年2月から洋菓子の製造販売等を業とする会社に勤務し、平成13年6月頃は、グランドシェフの肩書きで同社の製造部門の責任者などを務めていた男性であり、被害者A(当時19歳)は平成13年3月から同社の販売員として勤務していた女性である。

 被告人は、同年6月30日午後9時過ぎ頃、Aに夜景を見に行こうと誘い、夜景の見える薄暗い場所に軽四輪自動車を止め、駐車中の同車内において、同車運転席から助手席に座っていたAの後頭部付近の髪を触り、左耳たぶを触るなどした上、唇にせっぷんし、右手でAの着衣及びブラジャーをめくり上げてAの乳房を揉むなどの行為を行い、Aがこれを拒む態度を明確に示さなかったことから、更にAのスカートの中に右手を差し入れて、太股付近を触るなどの行為をした。Aは被告人に同車で家まで送ってもらったが、その間被告人は、Aに対し、希望する工場勤務にそろそろ配転する旨の話をした。
 Aは、同僚に対し上記の話をしたものの、その後しばらく勤務を続けたが、同年8月下旬、被告人と同じ職場で働くのは耐えられないとして退職し、被告人が謝罪に来たことから告訴をしないでいたところ、平成15年2月頃、被告人が本件後も同様な行為をしていた旨を聞いて、警察に被害届を提出し、被告人を告訴するに至った。
主文
 被告人を懲役1年に処する。

 この判決確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。
 訴訟費用は全部被告人の負担とする。
判決要旨
 Aと被告人の供述が一部一致していないところ、Aは本件後1年7ヶ月以上後になって警察に被害を届け出たものであって、本件犯行の具体的態様についての記憶がその時まで保たれていたかどうかは疑わしく、一方被告人の供述は捜査段階から一貫している。しかしながら、被告人がAの唇にせっぷんし、右手で乳房を揉むなどした行為は、上記事実を前提にしても、なお強制的な手段を用いて、被害者の意思に反してなされたものであり、また被告人にはAの意思に反することの認識があって、強制わいせつの故意に欠けるところはなかったと認めるのが相当である。

 Aは、被告人から髪や左耳たぶを触られ、唇にせっぷんされ、着衣及びブラジャーをめくり上げられて乳房を揉まれても、言葉や行動でこれを拒む態度を明確に示してはいないのであるから、それはAがそのような行為をされることを承諾しているのではないかと見る余地が多分にある。しかし、被告人とAとの間には上司と部下以外の恋愛関係等の個人的関係は全くなく、被告人は39歳で妻子がおり、Aは19歳で男性と同棲中であること、Aは被告人から夜景を見に行こうと言われてこれに応じたものであって、それ以外の目的はなかったこと、本件現場は、午後9時半過ぎには、人や車両の通行量が少ない薄暗い場所であり、被告人とAはそのような場所で自動車に2人きりで乗車していたものであること、Aは本件の翌々日に同僚に対し、本件の話をしていたこと、Aは平成13年8月下旬には、被告人と同じ職場で働くのは耐えられないと思って、幼い頃からのケーキ職人になりたいとの夢を実現させるべく入社した職場を退職してしまったことなどの事実を考え併せると、Aが被告人の行為に驚き怯え動揺してしまったため、これを拒む態度を明確に示すことができなかったものの、被告人の行為を承諾していたわけではない旨いうところは、十分信用に値すると認めることができる。

 被告人は、自己の性的な欲望を充たす目的で本件犯行に及んだものであって、その身勝手な動機に酌量の余地はないこと、被告人は職場の上司と部下という関係を悪用し、Aの抵抗が困難な心理状態を利用して本件犯行に及んだものであって、犯行の態様は卑劣なものであること、被告人のわいせつな行為の程度は決して軽いとはいえないこと、Aは、本件後、被告人と同じ職場で働くことに耐えかねて、幼い頃からのケーキ職人になりたいとの夢を実現させるべく入社した職場を退職するに至っており、その被った精神的苦痛は大きいこと、Aとの示談は現在に至るも成立しておらず、Aの処罰感情には厳しいものがあること、被告人は本件後も同様な行為に及んで警察から事情聴取されるなどしており、被告人には安易にこの種犯行に及ぶ傾向が窺えることなどを考え併せると、被告人の刑事責任は軽くないといわざるを得ない。
 しかしながら、被告人がAに加えた強制の程度は弱く、わいせつな行為の内容も強度とまではいえないこと、Aは抵抗が困難な心理状態にあったとはいえ、被告人が髪や耳たぶに触り、唇にせっぷんし、乳房を揉むなどしても、明確な拒絶の意思表示をしておらず、それが被告人の行為をエスカレートさせる一因ともなっていること、被告人は、その後Aのスカートの中に手を入れて太股付近を触るなどし、Aの拒絶に遭って止めており、Aの拒絶を無視して更にわいせつな行為を継続するまでの意思はなかったことが窺えること、Aが警察に被害を届け出るまでに1年7ヶ月以上が経過しており、Aもそれまでは被告人の処罰を求める意思がなかったこと、被告人は、Aに受け容れられていないとはいえ、弁護人を通じて示談金として100万円を支払う旨申し出ていること、被告人も犯罪の成否は別として自己の行為自体が間違いであったことを認め、その限度で反省していること、被告人にはこれまで前科がないこと、被告人は妻子を扶養すべき立場にあることなどの、被告人のために酌むべき事情も認められるので、今回は、被告人を主文の刑に処した上、その刑の執行を猶予することとする。
適用法規・条文
刑法176条、25条
収録文献(出典)
その他特記事項