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京都弁護士会館裸婦画掲示週刊誌掲載控訴事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
京都弁護士会館裸婦画掲示週刊誌掲載控訴事件
事件番号
大阪高裁 - 平成17年(ネ)第3157号
当事者
控訴人S出版社
被控訴人個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年06月14日
判決決定区分
控訴棄却
事件の概要
 控訴人(第1審被告)は、週刊Sなどを発行する出版社であり、被控訴人(第1審原告)は京都弁護士会に所属し、同会の両性の平等に関する委員会の委員長を務める女性弁護士である。
同弁護士会の新会館建設に伴い、裸婦画を新会館に移転させて飾るか議論になったところ、週刊S平成14年11月28日号に、被控訴人が「裸婦画はセクハラ」であると主張する無粋な女性である旨の記事が掲載された。被控訴人は、本件記事は実名及び顔写真まで掲載した上原告を誹謗中傷するものであり、社会的評価を低下させるものであるなどとして、慰謝料1000万円、弁護士費用100万円を請求するとともに、週刊S及び全国紙に謝罪広告の掲載を請求した。
第1審では、本件記事が公益を図ることを目的としたものであるとしながら、記事の内容は真実ではなく、控訴人が真実と信ずるに足る合理的な理由もないとして、控訴人に対し、慰謝料300万円及び弁護士費用30万円の支払いを命じたが、謝罪広告の掲載については被控訴人の請求を棄却した。
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
判決要旨
1 本件記事及び本件広告が被控訴人の名誉を毀損するか
 本件記事中には、(1)「裸婦画はセクハラ」と取り外しを要求した無粋な女性弁護士(記載1)、(2)「現在飾られている裸婦画は新館には展示するな。理由はセクハラの危険あり」というのだが、そんなアホなと笑われている(記載2)、(3)「そんな彼女ならではの問題提起ですが、なぜあの絵なのと驚いた」(元同僚弁護士)(記載3)、(4)懇談会の会場で原告は文書を配布し「あの裸婦画を飾り続けるのは女性へのセクハラに当たる」と主張した(記載4)、(5)30人ほどの懇談会出席者はただ困惑するばかりだった(記載5)、(6)「裸=セクハラ」というのは余りにも短絡的で幼稚な主張だ(記載6)の記載がある。また本件記事には、被控訴人の実名及び顔写真が掲載され、「女の勲章」として企画した特集の一環であり、遺産17億円を寄付した「粋な女性」の直後に「舞台は同じでも、こちらは無粋な話」との記載がある。
 本件記事は、本件裸婦画がセクハラの危険があることを理由として新会館に展示しないよう要求した被控訴人の言動が嘲笑の的になっているとの事実を摘示したものであり、読者に対し、被控訴人の人格が短絡的で幼稚であり、その言動が無粋であるとの印象を与えるものである。以上の事実からすると、本件記事は、弁護士である被控訴人の人格について短絡的で幼稚であって、その言動は無粋であるとの印象を一般読者に与えるなど、被控訴人に対する社会的評価を低下させるものであるというべきである。
 控訴人は、本件記事は被控訴人の人格ではなく、その主張が短絡的で幼稚であり、無粋である趣旨と読者は受け取る旨主張するが、人格と主張とをことさら切り離して読み、考えることは通常あり得ないというべきであるから、被控訴人の人格について短絡的で幼稚との印象を一般読者に与えるものといって差し支えないというべきである。また、控訴人は「そんなアホな」という意味は、そのような主張・意見・事象は疑問であり、受け容れ難いことを意味するものであり、嘲笑の意味はないと主張するが、「アホ」の語源は「阿呆」であり、愚かであるさま、ばかなこと、またそのような人を意味し、嘲笑と同義であるというべきであるから、控訴人の主張は理由がない。更に控訴人は、記載1ないし3及び5は被控訴人の氏名その他被控訴人を窺わせる記載がないから、被控訴人の社会的評価を低下させるものではない旨主張するが、本件記事が名誉を毀損するか否かは、一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきところ、本件記事中に被控訴人の氏名と顔写真が掲載されているなど、一般読者には、本件記事全体が被控訴人に関するものと受け止められることが明らかである。
 本件広告には、「「裸婦画はセクハラ」と取り外しを要求した無粋な女性弁護士」との記載がある一方、被控訴人を窺わせる記載は存在しないが、本件広告と本件記事とは一体ともいうべきであって、両者相まってその記載内容を踏まえるべきである。そうすると、本件記事と相まって本件広告を読んだ一般の読者は、本件広告の記載から上記「女性弁護士」を被控訴人であると認識するというべきであるから、本件広告も本件記事と相まって被控訴人の社会的評価を低下させるものというべきである。
2 本件記事等について名誉毀損の違法性阻却事由等が存在するか
 事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に係り、かつその目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、その行為には違法性がなく、仮にその事実が真実であることの証明がないときにも、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁昭和41年6月23日判決)。
 本件裸婦画は、高い芸術性を有する作品であると考えられるところ、それが裸婦画であるが故に新会館のような公共的な場所に展示することの是非を巡って意見が分かれており、本件記事が公表される少し前に新聞紙上で報道され、複数の読者から投書が寄せられていたこと、弁護士の職務及び弁護士会の社会的役割等を併せて考慮すると、本件記事で取り上げた内容は、公共の利害に関する事実に係るものというべきである。
 そこで、本件記事の記載1ないし6において摘示された各事実が真実か否かを検討すると、記載1については被控訴人は本件懇談会においても問題点の指摘をしてもらいたい旨述べるに留まること、記載2については、取材を受けた脚本家、学芸課長及び弁護士がセクハラを理由に本件裸婦画を新会館に展示することは適切でないとの意見には強く否定的であったが、そのことから直ちに被控訴人の言動が嘲笑の対象になっているとまで推測することは困難であること、記載3については、記者の原稿にも同僚弁護士が「そんな彼女の問題提起ですが、なぜあの絵なのと驚いた」旨の発言をした旨の記載はないこと、記載4について、被控訴人は本件懇談会においても問題点を指摘してもらいたいと述べるに留まり、それ以上に本件裸婦画の展示について個人的な意見を述べていないこと、記載5について、本件懇談会においては本件意見書が配布はされたものの、本件裸婦画については特に議論されなかったことが認められるから、出席者が困惑するという事態は起こり得る余地はなかったこと、記載6について、被控訴人が「裸=セクハラ」という考えを持っていることを認めるに足りる証拠はないことから、記載1ないし6において摘示された各事実は、いずれも真実であるということはできない。また、控訴人が記載1ないし6で摘示した事実のいずれについても、真実と信じたことに相当の理由があるということはできないから、本件記事による控訴人の名誉毀損行為について、違法性阻却事由は存在しないというべきである。
3 損害額及び謝罪広告の要否について
 本件記事のうち、記載1ないし6は、いずれも真実と認めるに足りる証拠がない上、逆に真実ではないというべき記載も存在し、控訴人が記載1ないし6の各事実について真実であると信じたことについて相当の理由も認めることができない。かえって、本件記事の中には記者の取材を通じて得られた内容と相違する事実をあたかも真実であるかのように記載されたものも存在することを踏まえると、控訴人の上記名誉毀損行為等の違法性は軽視することはできない。本件記事は全国に広く流布し、これに伴って被控訴人の被った精神的損害も拡大したというべきであるのに対し、控訴人は本誌の売上げにより相当程度の利益を上げたものと推認される。
 被控訴人は、控訴人が被控訴人の言動として取り上げた事実について「無粋」「短絡的で幼稚な主張」等と表現した本件記事により社会的評価を低下させられたほか、本件記事が掲載された当時、読者と思われる者から被控訴人を対象として弁護士会に対し、被控訴人の「裸婦画はセクハラになるので新会館には展示するな」との発言は、男女差別、女尊男卑である等として懲戒申立がなされ、被控訴人は答弁書の作成を余儀なくされたこと、被控訴人は本件記事による精神的苦痛により、事実上弁護士業務を停止していた時期もあったことが認められ、損害額の算定に当たって、かかる事実を考慮しないことは相当ではないというべきである。
 上記認定した本件記事の表現や構成の態様、それによる名誉毀損行為の違法性の程度、被控訴人の被害の程度、他方、控訴人が本誌の発行により得ている利益及びその他本件に現れた一切の事情を総合すると、被控訴人が本件記事の名誉毀損によって被った精神的苦痛に対する慰謝料としては300万円が相当であり、弁護士費用としては30万円を認めるのが相当である。
 本件記事は、一応公益を図る目的により掲載されたことが認められること、既に本件記事が掲載されてから一定程度の時間が経過していること、控訴人に対し330万円にのぼる慰謝料等の支払いを命じることにより、被控訴人の名誉の回復は相当程度可能であると考えられること、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すれば、上記慰謝料等の支払いを命じる以外に、被控訴人の名誉を回復するために謝罪広告を必要とするまでは認めることはできない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
その他特記事項