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電信電話会社(大阪・名古屋配転)事件

事件の分類
配置転換
事件名
電信電話会社(大阪・名古屋配転)事件
事件番号
大阪地裁 - 平成14年(ワ)第11728号(第1事件)、大阪地裁 - 平成15年(ワ)第1209号(第2事件)、大阪地裁 - 平成15年(ワ)第11239号(第3事件)
当事者
原告 個人23名 A〜W
被告 電信電話会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年03月28日
判決決定区分
第1事件 一部却下・一部棄却(控訴)、第2事件 一部認容・一部棄却(控訴)、第3事件 棄却(控訴)
事件の概要
 原告らは、いずれも昭和30年代後半から同40年代にかけて旧電電公社に雇用された者であり、旧電電公社は昭和60年4月に日本電信電話株式会社(NTT)に権利義務を引き継ぎ、その後NTTが西日本地域における業務を行う被告と、東日本地域における業務を行うNTT東日本に分割され、これに伴い原告らは被告の従業員となった。

 被告は、構造改革の一環として、固定電話・専用線に関する基本業務を地域単位で行う子会社(OS会社)に外注することとし、51歳以上の社員全員を、(1)繰延型(50歳で被告を退職し、OS会社に再雇用され、最高65歳まで雇用する)、(2)一時金型(雇用の形態は繰延型と同様で、被告退職時に一時金を受給できる)、(3)60歳満了型(現行の人事・給与制度の下で60歳まで勤務するが、勤務地を問わない)に分け、組合に提示した(本件計画)上、従業員の希望を確認した。この場合、雇用形態を選択しない者は60歳満了型を選択したものとみなすこととされ、原告らはいずれも雇用形態の選択を行わなかったため、60歳満了型を選択したものとみなされた。本件計画については、多数組合であるNTT労組はこれを了承したが、原告らが所属する通信労組はこれを了承しなかった。

 被告は、平成14年5月ないし6月に、原告A(香川支店)、B(徳島支店)、C(岡山支店)、D(大分支店)に対し、スキル転換研修を命じ、大阪支店、兵庫支店への配転を命じ(本件配転命令1)、同年4月に原告E〜Wに対し、従前の勤務地内で職種の配転を命じた(本件配転命令2)後、更に同年11月ないし12月に名古屋支店への配転命令を行った(本件配転命令3)。
 原告らは、(1)原告らは労働契約上、勤務地及び職種が限定されているから、原告らの了解なしに配転はできないこと、(2)本件計画は必要性がないものであること、(3)本件計画は51歳以上の従業員を対象とするものであって、年齢による差別に当たること、(4)本件配転命令は業務上の必要性がないこと、(5)本件配転命令は不当な動機・目的に基づくものであること、(6)本件配転命令は不当労働行為に該当すること、(7)本件配転命令は適正な手続きが執られていないこと、(8)本件配転命令によって通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を受けたことを主張し、原告1人につき各300万円の損害賠償を支払うよう請求した。
主文
1 原告Dの訴えのうち、被告大阪支店(茨木)に勤務すべき労働契約上の義務がないことの確認を求める訴え及び被告大分支店において勤務すべき労働契約上の地位にあることの確認を求める訴えをいずれも却下する。

2 被告は、原告Eに対し、80万円及びこれに対する平成15年2月20日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告Fに対し、40万円及びこれに対する平成15年2月20日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

4 被告は、原告Rに対し、80万円及びこれに対する平成15年2月20日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

5 原告E、同F及び同Rのその余の請求、並びにその余の原告らの請求(原告Dの第1項記載の訴えに係る請求を除く。)を、いずれも棄却する。

6 訴訟費用は、次のとおりの負担とする。

(1)原告Eに生じた費用は、その3分の1を被告の負担とし、その余を原告Eの負担とする。

(2)原告Fに生じた費用は、その6分の1を被告の負担とし、その余を原告Fの負担とする。

(3)原告Rに生じた費用は、その3分の1を被告の負担とし、その余を原告Rの負担とする。

(4)その余の原告らに生じた各費用は、いずれも各原告らの負担とする。

(5)被告に生じた費用は、その30分の1を被告の負担とし、その36分の1を原告Eの負担とし、その30分の1を原告Fの負担とし、その36分の1を原告Rの負担とし、その余をその余の原告らの負担とする。
7 この判決は、第2ないし第4項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 原告らの勤務地又は職種の限定の有無

 旧電電公社及び被告のいずれの就業規則においても、業務上必要があるときは、勤務地又は担当する職務を変更されることがある旨明記されており、旧電電公社において採用された際に勤務地や職種を限定する旨の合意がされていたと認めるに足りる証拠はなく、一定地域外への配転や職種の変更について同意を要する旨の慣行が形成されていたと認めるに足りる証拠もないから、本件配転命令が原告らの同意なく行われたこと自体をもって、直ちにそれが違法と認めることはできない。もっとも、それが業務上の必要性がないのに行われた場合、それが他の不当な動機ないし目的をもって行われた場合、又は原告らに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合など、特段の事情がある場合には、権利の濫用として許されないものと考えられるが、原告らが本件配転命令に至るまでの間に就業した勤務地や担当した業務内容は、上記権利の濫用に当たるか否かの判断において考慮するのが相当であると考えられる。

2 本件計画の必要性の有無

 被告が本件計画を実施した当時、被告が多額の損失を計上しており、その原因が、固定電話を取り巻く経営環境に大規模な変化が生じている中で、被告の事業構造が、それに要する人件費の点を含め、経営環境に適合しない状況が生じていたところにあったことが認められる。そうすると、本件計画は必要な措置であったと認められるのであって、本件配転命令の前提として、被告がOS会社に対して業務委託を行うとしたこと自体を不当ということはできないから、本件配転命令の違法性を論じるについては、被告がOS会社に対して業務委託を行ったために、従前は被告本体が行ってきた業務の多くの部分が失われる結果となったことを前提とした上で、そのような実情の下で行われた本件配転命令が権利の濫用に当たるかという観点から判断されるべきであると考えられる。

3 本件計画が年齢による差別に当たるか

 本件計画は、従業員の意思にかかわらず51歳以上の従業員を退職させ、OS会社へ雇用関係を移行させて賃金を減額させるというものではなく、各従業員が51歳に至った段階で、退職・再雇用を選択する機会を与えるというものに過ぎないと考えられる。前記のとおり、被告においては従業員の勤務地や職種の限定はされていなかったと認められるから、本件計画が直ちに51歳以上の者に対して不利益を課すものとまではいえない。また、被告は、年度末年齢が50歳に至ったときから企業年金の受給権が発生することや、一般的にその時期にマイホームの購入、子供の教育等の家庭事情から、勤務地域や一時的資金に対する様々なニーズが生ずることを考慮して、51歳に至った段階で従業員にこのような機会を与えたことが認められるから、本件計画が51歳以上の者に対して不利益を課すものとまでは言えず、51歳という年齢を基準として設定したことを不合理ということもできないし、年齢による違法な差別であるということはできない。なお、被告においては、従前、定年年齢である60歳以後も時給制による契約社員として雇用されることがあり得るキャリアスタッフ制度があったが、本件計画の実施により、被告本体においてはこの制度が廃止され、各OS会社に移行されたことが認められる。しかし、高齢者雇用安定法は、本件計画実施当時には、高年齢者雇用確保措置を講ずる努力義務を定めていたに留まる上、仮にキャリアスタッフ制度の廃止に疑義があったとしても、そのことから直ちに本件配転命令を違法ということはできない。

4 本件配転命令の業務上の必要性の有無

(1)大口ソリューション部門への配転 

 本件計画によると、OS会社への退職・再雇用に同意しなかった従業員(60歳満了型)は、被告の行う業務の範囲がOS会社に委託されずに残された業務の範囲に限られるに至ったことからすると、これらの従業員を収益に直結する大口ソリューション営業の部門に配置したことは、事業遂行上合理的な判断であると認められる。また、60歳満了型の従業員に大口ソリューション営業を担当させるについて、京阪神及び名古屋という大規模市場に重点的に配置させたことも、事業遂行上合理的な判断であると認められる。更には、異業種への配転に当たる者については、本件スキル転換研修を行い、その判定を経て具体的な配置先が定められており、営業のスキルに乏しい者に大口ソリューション営業を担当させることについて、一定の配慮がされているところである。以上によれば、本件配転命令1について、業務上の必要性が認められる。

(2)京阪神から名古屋への配転

 中部電力の光ファイバーサービスへの参入に対抗するため、名古屋BフレッソPTの部署が設置され、名古屋支店内においてはその必要人員を用意することが困難であったために京阪神地区からの人員(原告M〜V)の配転が行われたことが認められ、本件配転命令3については業務上の必要性が認められる。また、名古屋MI担当への配転命令(原告E〜L、W)については、被告においてMI業務の重要性が認識されるようになってきたこと、MI業務の担当者の増員の必要が生じたが名古屋支店内においては必要人員を用意することが困難であったために京阪神地区からの配転が行われたことが認められ、これらの事実によれば、この本件配転命令3についても業務上の必要性が認められる。

 原告らは、異業種への配転に当たっては、若年労働者を配転させるのが合理的であり、51歳以上の従業員を配転させることには合理性がない旨主張する。なるほど、本件配転命令が権利の濫用に当たるかの判断に当たっては、原告らの年齢を考慮の上で判断されて然るべきであると考えられるが、51歳以上の従業員を一概に適応能力がないということはできないし、また被告においても、原則として57歳以上の従業員については定年までの期間が短いことから異業種への配転を避けたことが認められ、従業員の年齢に対する一定の配慮を行っていたことが認められる。

5 本件配転命令が不当な動機・目的に基づくものであるか否か

 原告らは、退職・再雇用を選択しなかった従業員に対する報復、あるいは見せしめ、脅しの目的で本件配転命令を行った旨主張するが、被告がこのような動機・目的で本件配転命令を行ったことを認めるに足りる証拠はない。本件計画は、従前に被告が行ってきた業務の大半をOS会社に業務委託し、被告本社は企画・戦略、設備構築、サービス開発、法人営業等の業務のみを行うというものであり、そのことは本件計画の策定の当初からの方針であったから、被告がOS会社に委託する予定の業務に従事していた60歳満了型の従業員の扱いについて、早い段階から検討を行っていたとしても、それはむしろ当然であったと考えられ、本件配転命令には業務上の必要性が認められるのであるから、配転を回避しようとしなかったからといって、何らかの不当な動機・目的があったことを推認させるものではない。

6 本件配転命令が不当労働行為に該当するか否か

 本件配転命令が不当労働行為に当たるかについては、本件配転命令についての業務上の必要性の有無及びその程度を考慮して、被告の反組合的意思の有無等について総合的に判断すべきであると考えられる。本件配転命令は、いずれも、本件計画の実施に伴って生じた業務上の必要性に基づいたものであり、しかも本件計画は固定電話を取り巻く経営環境が大きく変化する中で、人件費の削減を含め、被告の事業の在り方を大きく見直す必要性がある状況の中で策定され、実施されたものである。そうすると、本件配転命令における業務上の必要性は、事業遂行上必要と認められる比較的高度のものであったと考えられるところであり、被告の恣意が介入する余地は大きくなかったと考えられる。さらには、本件配転命令当時、通信労組の組合員のみならず、NTT労組の組合員についても相当数の者が遠隔地に配転されたことが窺われ、配転対象となるか否かは、所属する労働組合によるものではなく、単に60歳満了型を選択したか否かという点に基づいていたことが認められる。この他、本件配転命令が不当労働行為に該当することを窺わせる事情を認めるに足りる証拠は見当たらないから、本件配転命令が通信労組の組合員に対する不利益取扱いや支配介入の不当労働行為に当たると認めることはできない。

7 本件配転命令において適正な手続きが執られていたか否か

 被告は、団体交渉や勉強会など、本件計画についての説明を行ったり情報を与える機会を設けており、60歳満了型の従業員について、企画・戦略等や法人営業等の業務などに従事することが見込まれることや、市場性の高いエリア等を中心として、勤務地を問わず勤務することが見込まれる雇用形態である旨を当初から説明していたところである。また、被告が苦境にあることや、赤字を計上していることなどに触れつつ、人件費の削減のため本件計画が必要であることについて説明していたこと、60歳満了型の従業員については、異業種への配転や遠隔地への配転があり得る旨を説明していたことが認められる。

8 各原告らが本件配転命令によって受けた不利益の程度等

 原告らは、一部近接する府県に配転された者を除き、いずれも本件配転命令までの間、採用当初に配属された府県内において勤務してきたところである。また、ほとんどの原告は技術職として採用され、そのうちの多くは本件配転命令までの間技術職として勤務してきており、営業を中心として経験した者は極めて少ない。しかし、就業規則には勤務地又は担当する職務を変更されることがある旨明記されており、原告らが旧電電公社に採用された際に勤務地や職種を限定する旨の合意がされていたとは認められず、一定地域外や他職種への配転について同意を要する旨の慣行が形成されていたと認めることもできない上、本件配転命令について認められる業務上の必要性は、比較的高度で具体的なものであったと認められる。これらの事情を考慮すると、本件配転命令1ないし3がそれまで原告らが経験したことのない遠隔地への配転であったり、他職種への配転であるからといって、そのことのみをもって、これらの配転が原告ら個々人に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであると認めるには足りない。このような配転が権利濫用に当たるか否かについては、さらに原告らが具体的に主張する個々人の事情を検討の上、これらの配転が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであると認められるかを判断する必要があると考えられる。そして、本件配転命令が権利濫用に当たるか否かは、本件配転命令が行われた各時期において、被告が認識していた事情を基礎として判断されるべきである。また、育児介護休業法26条は、事業主に対して、労働者の就業場所の変更に当たって、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない旨を定めているところ、本件配転命令が行われた平成14年5月当時には、同条が既に施行されていたのであるから、本件配転命令が権利の濫用に当たるかを判断するに当たっては、同条の趣旨を踏まえて検討することが必要である。

(1)原告Aについて

 原告Aは、本件配転命令1まで営業業務の経験はなかったが、原告らについて職種の限定がなされていたとは認められず、その業務上の必要性が比較的高度であったと認められることを考慮すると、同命令が原告Aに対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものと認めることはできない。本件配転命令1の結果、原告Aは単身赴任することとなったが、一時的な単身赴任に伴う負担を超える事情が存したと認める証拠はなく、単身赴任を余儀なくされたというだけで、同命令が権利の濫用に当たるということはできない。本件配転命令1により原告Aが被る不利益や負担は、その業務上の必要性が、異業種の配転であるということと、遠隔地への配転であることを一体としたものであることに照らすと、原告Aに対する本件配転命令1が権利の濫用に当たるとは認められない(原告B、同C、同Dについても同様)。

(2)原告Dについて

 原告Dは大阪府に単身赴任となったところ、本件配転命令1当時既に成人T細胞喀血病ウィルス型を有していたと主張する。しかし、原告Dが本件配転命令1以前に被告に健康上の事情を説明したことがないこと、本件訴訟の提起によって初めてこの健康上の事情を被告に示したことが認められるから、原告Dに対する本件配転命令1が権利の濫用に当たるとは認められない。もっとも、原告Dには健康上の問題が認められ、規則正しい食生活とストレス緩和のできる環境整備が求められていること、原告Dの単身赴任先と自宅(大分県別府市)との距離が他の原告らに比べても格段に遠く、週末の帰宅が経済的・時間的に容易とはいえないことなどの事情を考慮すると、被告においては、現在の原告Dの健康上の状況を確認し、その状況を十分に踏まえて、時宜にかなった適切な配慮をすることが求められる。

(3)原告Eについて

 原告Eは、本件配転命令2に至るまで、営業業務の経験を有していなかったことが認められるが、原告らについて職種の限定がされていたとは認められず、かつ同命令について認められる業務上の必要性が比較的高度のものであったと認められることを考慮すると、同命令が原告Eに対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものと認めることはできない。そうすると、原告Eに対する本件配転命令2が権利の濫用に当たるとは認められない(本件配転命令2については、原告F〜Wも同様)。

 原告Eの実父は、本件配転命令3の当時、脳梗塞後遺症やパーキンソン症候群等を患い、外出の際には車椅子が必要であるなど、介護が必要な状況であったため、原告Eは自宅(大阪府柏原市)に実父を引き取り、入浴やトイレなどの世話をしていた。また実母は脳梗塞の後遺症に苦しんでいた上、痴呆の症状が出ていたため、原告Eは実母の居宅(大阪府忠岡町)に頻繁に出向いて世話する必要があった。他方、妻は本件配転命令3当時、大阪府所在の会社に勤務しており、次女や三女の妊娠が相次いだことや、その実父の夕食の世話を兄弟らと分担してしなければならなかったために、原告Eの実父母の介護にあたることができる状況ではなかった。原告Eは新幹線通勤が認められたため単身赴任は避けられたが、通勤時間が片道2時間25分となり、実父母の介護のための時間を確保することが困難となった。これらの認定事実によれば、本件配転命令3当時、原告Eの実父母について介護、頻繁な世話が必要な状況にあったが、原告Eの他にその介護を行う余力のある者が家族の中にいなかったことが認められるから、育児介護休業法26条の趣旨も踏まえて検討すれば、本件配転命令3は、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものと認めるのが相当である。したがって、原告Eに対する本件配転命令3は権利濫用に当たるものであり、諸般の事情を考慮すると、精神的損害を80万円と認めるのが相当である。

(4)原告Fについて

 本件配転命令3当時、原告Fの糖尿病の症状の症状が安定していたことが認められるし、糖尿病の通院や治療自体に地域的な差があるとは考えにくいが、家族を伴って転居することの困難な事情がある(同居の長男がいること、定年までの年数を考えた場合一家による転居が容易でないことが推認できる)以上、単身赴任にしろ、新幹線通勤にしろ、自宅と配転先の勤務場所の距離や通勤時間を考えた場合、糖尿病の通院や治療自体に支障があるといわざるを得ない。そうすると、本件転勤命令3は、原告Fに対し、糖尿病の通院や治療に支障を来し、あるいはそのことに不安を抱かせたということができ、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせたというべきである。したがって、原告Fに対する本件配転命令3は権利の濫用に当たるものであり、諸般の事情を総合考慮すると、精神的損害を40万円と認めるのが相当である。

(5)原告Kについて

 原告Kは、以前から網膜色素剥離、開放隅角緑内障、視神経萎縮という眼の疾患を有していることが認められるが、本件配転命令3による新幹線通勤によりその通院治療を受けることが特に困難にならざるを得なくなるような事情は見当たらない(原告Fの場合は、食事療法などの問題があり、新幹線通勤も単身赴任もその治療に支障があると認められる点において、原告Kの場合と異なるといえる)。そうすると、原告Kに対する本件配転命令3が権利の濫用に当たるとは認められない。

(6)原告Qについて

 原告Qは、母が高齢であり、本件配転命令3の当時、常時介護を要したことが認められる。しかし、(イ)原告Qの母は原告Qの兄と同居していたこと、(ロ)一時原告Qが休暇を取るなどして母の通院の送迎を行っていたものの、主として兄が母の介護に当たっていたこと、(ハ)原告Qは新幹線通勤が許されており、介護に大きな支障が生じたとは見られないことが認められる。したがって、本件配転命令3の結果、原告Qの通勤時間が長くなったとしても、そのことから、直ちに原告Qに対し、母の介護について、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせたということはできない。そうすると、原告Qに対する本件配転命令3が権利の濫用に当たるとは認められない。

(7)原告Rについて

 原告Rの妻は、平成13年7月頃、肺ガンの手術を受け、本件配転命令3の時点では、何とか家事もこなせるように回復していたが、平成15年11月頃、肺ガンの再発が判明し、原告Rは平成16年4月1日から大阪支店に再配転となったものの、同年11月に妻は死亡した。この認定事実によると、妻は手術から1年4ヶ月が経過しただけで、再発を心配しなくて良いといわれる5年は経過しておらず、少なくともその間は、原告Rが妻と同居し、家事による負担を軽減させるとともに、妻を精神的にサポートし、更にはその日々の健康状態を子細に見守る必要性が高かったというべきである。そうすると、本件配転命令3は、原告Rにとって、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであると認めるのが相当である。したがって、原告Rに対する本件配転命令3は権利濫用に当たるものであって、諸般の事情を考慮すると、精神的苦痛を80万円と認めるのが相当である。

(7)原告Vについて
 原告Vの義父は潰瘍性大腸炎に、義母は膠原病などに罹患し、身の回りの世話を行う必要があることが認められるが、原告Vの妻が主としてその世話に当たっていること、原告Vは新幹線通勤が許されており、義父母の世話を手伝うことが不可能というわけではなく、他方、本件配転命令3当時に原告V自身が義父母を世話すべき具体的な必要性があったことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告Vに対する本件配転命令3が権利の濫用に当たるとは認められない。
適用法規・条文
02:民法709条、

09:育児・介護休業法26条、
収録文献(出典)
労働判例946号130頁
その他特記事項
本件は控訴された。