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N航空賃金請求事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- N航空賃金請求事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成16年(ワ)第13320号
- 当事者
- 原告 個人4名A、B、C、D
被告 株式会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年03月26日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 被告は、定期航空運送事業等を目的とする会社であり、原告Aは昭和55年に、原告Bは昭和53年に、原告Cは昭和58年に、原告Dは昭和56年に、いずれも客室乗務員として被告に雇用され、原告らが賃金等を請求している期間(本件請求期間)は、国際線への乗務を主とする成田基地に配置されていた女性である。なお原告らはいずれも客室乗務員組合(客乗組合)の組合員である。
被告には、申請により午後10時から午前5時まで(深夜時間帯)の勤務を免除する「深夜業免除制度」があり、原告らはその適用を受け、被告が指定した勤務割に従って勤務したが、多くても月に2回程度しか乗務が割り当てられなかった。その結果、原告らは、乗務が割り当てられた日と月間10日の休日を除いた日については、賃金規定にいう「客室乗務員が深夜業の免除を請求し、不就業が発生した場合」に当たる無給日(MSH)に指定された。これに対しJALFIO所属の客室乗務員に対しては、月10日程度の乗務が割り当てられていた。
そこで原告らは、深夜時間帯以外の時間帯においては労務に従事する意思と能力を有し、労務を提供したにもかかわらず被告が受領を拒絶したこと、「不就業が発生した場合」とは、可能な限り深夜業以外の勤務に就かせる措置を採った上でなお勤務を指定できない場合を指すところ、被告は機械的に月1回程度の乗務を指定したこと、客室乗務員諸手当規程16条1項8号の新設により、従来深夜業免除者にも適用されていた業務手当一般保障が停止されたが、これは就業規則の不利益変更に当たること等を主張した。その上で、無給日とされた日(A=6ヶ月で月平均13.5日、B=7ヶ月で月17.6日、C=27ヶ月で月15.1日、D=20ヶ月で月17.0日)につき、主位的には賃金の支払い(原告Aに対し253万3696円、原告Bに対し428万3727円、原告Cに対し1302万6097円、原告Dに対し1141万2425円)を、予備的には休業手当の支払いを求めて提訴した。 - 主文
- 1 被告は、原告Aに対し、159万4257円及びうち144万0050円に対する平成16年6月30日から、うち15万4207円に対する同年9月25日から各完済まで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告Bに対し、198万0363円及びうち159万2823円に対する平成16年6月30日から、うち38万7540円に対する同年9月25日から各完済まで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告Cに対し、584万5858円及びうち197万8217円に対する平成16年9月25日から、うち386万7641円に対する平成18年7月5日から各完済まで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告Dに対し、558万2146円及びうち278万8832円に対する平成17年3月29日から、うち279万3314円に対する平成18年7月5日から各完済まで年6分の割合による金員を支払え。
5 原告らのその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は、これを2分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
7 この判決は、1項ないし4項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 原告らが、深夜業の免除を申請する以前から、被告が指定した勤務割に従って客室乗務員として勤務してきたことは明らかである。そして、原告らは、被告に対して深夜業の免除を申請することによって、深夜時間帯における就労の免除を求めたにすぎないと解されるから、原告らがそれ以外の時間帯において、客室乗務員としての労務を提供する意思及び能力を有しており、その履行を提供していたことは、客観的に見て明らかである。被告は、客室乗務員の労務が深夜勤務を中核とするものであるとして、原告らに深夜勤務をする意思がない以上、原告らが債務の本旨に従った労務の提供をしたとはいえないと主張するが、被告の深夜業免除制度は、育児・介護休業法に基づく制度であるところ、同法19条1項は、「午後10時から午前5時までの間において労働させてはならない」と規定しており、深夜時間帯が所定労働時間内であるか否かにかかわらず、労働者の労務提供義務が消滅することを明らかにしたと解するのが相当である。そうすると、深夜業免除者である原告らには、深夜時間帯における労務提供義務はないのであるから、客室乗務員の労務が深夜勤務を中核とするものであったとしても、原告らのした労務の提供が債務の本旨に従った労務の提供として欠けるところはなかったというべきである。したがって、被告は本件MSHにおいて、原告らが提供した債務の本旨に従った労務の受領を拒絶したと認めることができる。
被告は、原告ら客乗組合所属の深夜業免除者に対しては、所定の休日等を除き、1ヶ月に1日か2日程度の乗務を割り当てる日以外については機械的にMSHと指定していることが認められるが、本件請求期間における深夜業免除者の数からみて、全深夜業免除者の全勤務予定日に乗務を割り当てることは物理的に不可能であったといわざるを得ない。
原告らは、深夜業免除者に対して多くの深夜業免除パターンを割り当てる方策を指摘し、その上で「深夜業の免除を請求し、不就業が発生した場合」とは、可能な限り深夜業以外の勤務に就かせる措置を採った上でなお勤務を指定できない場合を指すと主張するが、原告らが指摘した各種方策は、仮にこれらを被告に求めるとすれば、過大な負担を被告に課す結果となるといわざるを得ない。育児・介護休業法は、就労を免除された深夜時間帯の勤務についてすら有給であることは保障していないのであって、まして過大な負担を課す結果となることを使用者に義務づけていると解することは到底できないから、原告らが指摘する各種方策を実施することが被告に義務付けられていると認めることはできない。
しかしながら、客室乗務員の実際の勤務割は、必要に応じて随時柔軟に運用されており、しかも、JALFIO所属の客室乗務員に対して、1ヶ月に概ね10日前後の乗務がアサインされており、深夜業免除者の9割以上がJALFIOに所属していることを踏まえれば、原告ら客乗組合に所属する深夜業免除者に対しても、これと同程度のアサインをすることは十分に可能であったと認めるのが相当である。
以上のような諸事情を総合考慮すれば、JALFIOに所属する深夜業免除者に対して乗務がアサインされた日数を超える部分については「客室乗務員が深夜業の免除を請求し、不就業が発生した場合」に当たると認めざるを得ないとしても、当該日数に至るまでの日数については、これに当たらないと認めるのが相当である。そうすると、本件MSHのうち、上記不就業に当たらないと判断される日数は、JALFIOとの差となり、不就業に当たらないと判断される日数については、被告の受領拒絶による原告らの債務の履行不能は被告の責に帰すべき事由に基づくものであるというべきである。
客室乗務員に対しては乗務手当一般保障の支給があったところ、客室乗務員諸手当規程16条1項8号が新設されて、原告らがその支給を受けられなくなったというのであるから、いわゆる就業規則の不利益変更に当たると解する余地はある。しかしながら、被告は深夜業免除制度を維持するために、既に多額のコストを負担していることが認められるのに対し、原告らは自らの意思で深夜業免除の申請をしている上、昼間勤務自体が限られている状況の中で、結果的に不就業を余儀なくされたに過ぎないのであって、原告らが被る不利益も、原告らが実際には乗務していない時間にかかる乗務手当相当額に過ぎないことが認められる。しかも乗務手当一般保障は、客室乗務員に対して1ヶ月65時間の乗務を指定することが期待できることを前提として、実際にアサインされた乗務時間の不公平を是正するための制度であるから、そのような前提を欠く深夜業免除者にこの制度を適用することはそもそも合理的なものではない。のみならず、全客室乗務員の85%により組織されているJALFIOが上記取扱いに合意をしているし、被告は多数回にわたって客乗組合との間で団交等を行っており、被告のこの間の対応が不誠実であったと認めるに足りる証拠はない。そして、育児・介護休業法が、就業を免除された深夜時間帯の勤務についてすら有給であることを保障してはいないことをも併せて考慮すれば、客室乗務員諸規程16条1項8号は合理的なものであると認めるのが相当である。したがって、「客室乗務員が深夜業の免除を請求し、不就業が発生した場合」に当たると判断された日数については、業務手当一般保障が停止されることとなる。
被告は、基準内賃金について、本件MSHの日数分の日割相当額を翌月の賃金から控除したことが認められるから、「不就業が発生した場合」には当たらないと判断された日数分の日割相当額の支払義務を負うことになる。被告は、「不就業が発生した場合」には当たらないと判断された日数分(JALFIOとの差の日数分)についても、当該日数分の乗務手当一般保障の金額を上回ることが明らかな、1日当たり4時間として計算された当該日数分の乗務手当額、1日4時間あたりの乗務付加手当及び先任付加手当について支払義務を負うことになる。 - 適用法規・条文
- 09:育児・介護休業法19条,
- 収録文献(出典)
- 労働判例937号54頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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