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大学教授アカ・ハラ名誉毀損事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
大学教授アカ・ハラ名誉毀損事件
事件番号
奈良地裁 - 平成15年(ワ)第137号
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年03月17日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、N県立医科大学公衆衛生学教室教授であり、被告は同教室の女性助手である。被告は、原告から、出張妨害、行動監視による精神的圧迫、研究室の使用管理への干渉、欠勤した場合の研究費の減額通告、専門外の教授・講師等への応募の強要、女子短大の非常勤講師就任の妨害等様々な嫌がらせを受けたとして、平成10年3月、原告とN県に対し、それぞれ不法行為及び国家賠償法に基づく損害賠償として、550万円を請求した。第1審では、原告が被告の留守中にその私物を移動させたこと、出勤状況に応じて研究費を配分すると決定したこと、女子短大の非常勤講師就任を妨害したことについて、N県に対し55万円の損害賠償責任を認めた。これに対し、控訴審では、非常勤講師就任の妨害についてのみN県の責任を認め、11万円の損害賠償責任を認め、更に被告は最高裁に上告したが、上告審として受理しない旨の決定がなされ、判決が確定した(先行訴訟)。

 その後、書籍「新版セクシャル・ハラスメント」(記事1、被告の情報提供により他者が執筆)及び「シリーズ5変貌する大学 グローバル化の中の大学」(記事2、被告自ら執筆)に原告による被告に対する嫌がらせ行為が掲載された。記事1では、先行訴訟の事実を指摘した後、「意見を表明する人間は目障り」との見出しの下、原告が公衆衛生学教授に就任して以来、約4年半にわたって被告への嫌がらせが行われたこと、嫌がらせの契機は被告が中心になって基礎助手会を結成し、教授会の改革案に反対を表明したこと、やり方が陰湿極まりないものであることなどが記載され、「教授に嫌われたら、それで終わりという世界なのです」「職場の花といわれる年齢はとうに過ぎて「ドライフラワー」の年齢になっているから、こういう年代の女性は目障りだから追い出そうとしている」という被告の発言を紹介している。

 また、記事2では、被告の実名を明らかして「アカハラを訴える!」との見出しで、原告が教授就任半年後くらいから被告を攻撃するようになったこと、その契機は被告が助手会の代表となったこと、助手会活動が休止しても原告による出張妨害、研究室への不当干渉、研究費の不当配分、実験機器の管理・指導に対する嫌がらせ、非常勤講師としての出講妨害当の嫌がらせは続いたことなど、原告の被告に対する嫌がらせについて記載したほか、あちこちの大学で同様のいじめが行われていること、学問研究は男女平等ではないこと、教授の誤りを指摘した助手が研究費を使わせてもらえなくなったこと等について記載した。
 原告は、記事1は被告の情報提供によって書かれたものであり、記事2は被告自ら書いたものであるところ、原告が中心となって被告に対して陰湿な嫌がらせを継続し、意見を表明する人間、職場の花の時期を超えた女性(被告)を追い出すために嫌がらせを継続しているかのような虚偽の印象を与えて原告の名誉を害したとして、被告に対し慰謝料500万円、弁護士費用60万円を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、33万円及びこれに対する平成15年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。
3 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件各記事が名誉毀損に該当するか

 記事1は、原告が被告の基礎助手会結成を契機として執拗な嫌がらせを、公衆衛生学教室から追い出す目的で行ったことを断定的に摘示する等の内容のものであり、一般的に、ある人物がこのような執拗な嫌がらせ行為や組織からの追い出し工作をする者であるとすることは、当該人物に対する否定的評価を含むものであり、かかる事実が社会に認知されると、その者の社会からの評価は低下するから、上記事実の摘示は原告の名誉を毀損するというべきである。

 記事2も、原告が被告を疎ましく思っていたことから、助手会への恫喝や監視をするために被告の研究室等を監視したり行き先を管理するなどしたことを中心として、研究出張の妨害や研究室干渉、研究費配分などを不当に行ったり、誹謗中傷などを行ってきたという事実を摘示するものであり、このようなことは人格に対する否定的評価をするものであり、原告の名誉を毀損するものである。

2 本件記事が公共の利害に関し専ら公益を図る目的に出たものか、真実性ないし真実と信ずるにつき相当の理由があったか

 本件記事の摘示事実は、主として先行訴訟において争われている事実関係に関するものであるところ、先行訴訟は、N県立医大という公の教育機関内の、公務員間における紛争であって、これに関する事実については一応公共の利害に関する事実に該当する。これら先行訴訟の確定した事実関係によると、本件記事で摘示した事実のうち、嫌がらせと明確に判断されたのは、被告の兼業申請に対する原告の押印拒否行為のみであり、それ以外はいずれも嫌がらせに当たらないと認定されている。そうすると、被告が摘示しているところの原告が公衆衛生学教授に就任した平成5年4月1日以降の様々な嫌がらせ行為のうち、一部だけが真実と証明されたに過ぎず、しかもそれが根幹をなす部分ともいえないのであるから、被告の事実摘示の重要な部分について真実性の証明があったとは到底いえない。

3 被告の責任原因及び原告が被った損害

 記事2は被告自らが執筆したものであり、記事1は被告の情報提供によって執筆されたものと認められるところ、被告は記事1以外にも先行訴訟で主張した問題点を広く世間に知らしめる強い意欲を有していたことが認められ、また記事1の著者が事情を聞いた際、情報提供の趣旨に沿った表現となることを十分に予見していたというべきであり、被告の情報提供と記事1の公表による名誉毀損とには相当因果関係があるというべきである。したがって、被告は記事1及び2の双方について、民法709条による不法行為責任を負う。なお、被告は、本件記事がアカデミックハラスメント問題を啓発する役割を果たした正当なものである旨強調し、あたかもこのような目的でされた表現行為は内容の如何を問わず免責されるかのような主張をするが、そのような効果が生じたからといって原告に対する不法行為が免責されるいわれはいささかもないから、その主張は失当というほかない。
 本件各記事は、原告が被告に対し執拗に嫌がらせをして職場からの追い出しを図ったという虚偽の事実を摘示するものであり、大学教授職にある原告は大きな心痛を被ったと推察される。媒体も、少なくとも記事1は大手新聞社系の出版社で広範に販売されたものと推認されるから、記事の伝播性や存在期間等においてその被害が他の媒体よりも大きくなる傾向にあるということができる。記事1が、いわゆるセクシャルハラスメントを内容とする書籍の一部として掲載されたことも、原告に対する相当の屈辱感を与えたものというべきである。他方、原告にも、先行訴訟で認定された違法な嫌がらせを行ったことがあるほか、被告に対する素直ならざる感情を抱いていたことが窺われるところ、これら原告の被告に対する態度が本件記事に結びついた面がないではない。これら事情及び当裁判所に係属中の原被告の別件訴訟(平成13年(ワ)85号)が存在することも勘案すると、原告に生じた精神的苦痛を慰謝するには、30万円の支払いを要し、弁護士費用としては3万円が相当である。
適用法規・条文
02:民法709条、
収録文献(出典)
判例時報1982号93頁
その他特記事項
本件は控訴された。先行訴訟は2000年10月11日 大阪地裁-平成10(ワ)2808号、2001年1月29日 大阪高裁-平成12(ネ)3856号