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医療法人S会いじめ自殺損害賠償請求事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
医療法人S会いじめ自殺損害賠償請求事件【うつ病・自殺】
事件番号
さいたま地裁 − 平成15年(ワ)第581号
当事者
原告 個人2名
被告 個人1名
被告 医療法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年09月24日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 T(昭和55年生)は、平成11年4月被告病院に就職し、平成13年に准看護師の資格を取得して同年4月から准看護師として勤務を始めた男性であり、被告M(昭和49年生)は、平成5年4月から被告病院に勤務する准看護師である。被告病院には、女性看護師が外来に十数名、病棟に約20名、男性の看護師がT及び被告Mを含め5名勤務していた。

 Tは、被告病院の男性看護師の中で最年少であり、被告Mを始め男性看護師から、Mのための買い物、肩もみ、家の掃除、洗車、長男の世話、風俗店やスナックへの送迎、パチンコ屋の順番待ち、馬券の購入、高等看護学校の女性の紹介、金銭の負担などをさせられた外、デートの妨害などの嫌がらせを受けた。平成13年12月の職員旅行の際、被告Mは2次会の後、Tに好意を持っている女性CとTと性的行為をさせて、それを撮影しようと企て、Tは焼酎を一気飲みして急性アルコール中毒で病院に運ばれた。また、同月の忘年会の際及びそれ以降、MはTに対し、何かあると「死ねよ」と言うようになった。被告Mらは、Tがミスをした時は罵倒したり、手を出したりし、平成14年1月18日の外来会議において、被告MはTにやる気がないと非難した。Tは同月21,22,23日と勤務し、23日夜Cのアルバイト先のカラオ店に行き、翌24日自宅で首を吊って自殺した。
Tの両親である原告らは、Tの自殺は、被告Mのいじめが原因であるとして、被告Mに対していじめ行為による不法行為責任(民法709条)を理由に、病院を経営する被告に対し雇用契約上の安全配慮義務違反による債務不履行責任(民法415条)を理由に、それぞれ1800万円の損害賠償を請求した。
主文
1 被告Mは、原告らに対し、2項の限度で被告医療法人誠昇会と連帯して、それぞれ500万円及びこれに対する平成15年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告医療法人誠昇会は、原告らに対し、被告Mと連帯して、それぞれ250万円及びこれに対する平成15年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は、これを3分し、その2を原告らの連帯負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
5 この判決は、1項及び2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告Mのいじめ行為の存在

 被告Mは、自ら又は他の男性看護師を通じて、Tに対し、冷やかし・からかい、嘲笑・悪口、他人の前で恥辱・屈辱を与える、叩くなどの暴力等の違法な本件いじめ行為を行ったものと認められるから、民法709条に基づき、Tが被った損害を賠償する不法行為責任がある。

2 被告法人の債務不履行の有無

 被告法人は、Tに対し、雇用契約に基づき、信義則上、労務を提供する過程において、Tの生命及び身体を危険から保護するように安全配慮義務を尽くす債務を負担していたと解され、具体的には、職場の上司及び同僚からのいじめ行為を防止して、Tの生命及び身体を危険から保護する安全配慮義務を負担していたと認められる。これを本件についてみれば、被告法人は、被告MらのTに対する本件いじめを認識することが可能であったにもかかわらず、これを認識していじめを防止する措置を採らなかった安全配慮義務違反の債務不履行があったと認めることができる。したがって、被告法人は、民法415条に基づき、上記安全配慮義務違反の債務不履行によって、Tが被った損害を賠償する責任がある。

3 本件いじめと本件自殺の因果関係

 被告MらのTに対するいじめは執拗、長期間にわたり、平成13年後半からはその態様も悪質になっていたこと、他にTが本件自殺を図るような原因は何ら見当たらないことに照らせば、本件いじめと本件自殺との間には事実的因果関係があると認めるのが相当である。

4 損害額

 いじめを原因とする自殺による死亡は、特別損害として予見可能性のある場合に、損害賠償義務者は、死亡との結果について損害賠償義務を負うと解すべきである。被告MらのTに対するいじめは、長期間にわたり、執拗に行われていたこと、Tに対し「死ねよ」との言葉が浴びせられていたこと、被告Mは、Tの勤務状態・心身の状況を認識していたことなどに照らせば、Tが自殺を図るかも知れないことを予見することは可能であったと認めるのが相当であるから、Tが本件自殺をしたことについて、損害賠償義務を負うと認められる。被告Mらのいじめの態様、特に執拗に長期に及んでいること、Tは21歳の若さで自殺に追い込まれたこと、他方、いじめに対する対処方法は自殺が唯一の解決方法ではなく、自殺を選択したのはTの内心的要因による意思的行動である面も否定できないこと、被告Mも「死ね」との発言はあるが、実際にTの自殺を予見していたとは認められないことなど諸般の事情を考慮すれば、Tに対する本件いじめ及びそれによってTが自殺したことによってTが被った精神的苦痛を慰謝する金額は、1000万円をもって相当と認める。
 被告法人が被告Mらの行った本件いじめの内容やその深刻さを具体的に認識していたとは認められないし、被告法人はTが自殺するかも知れないことについて予見可能であったとまでは認め難い。被告法人は、本件いじめを防止できなかったことによってTが被った損害について賠償する責任はあるが、Tが死亡したことによる損害については賠償責任がない。Tが本件いじめによって被った精神的苦痛を慰謝する金額は、諸般の事情を考慮して、500万円をもって相当と認める。
適用法規・条文
02:民法415条,709条
収録文献(出典)
労働判例883号38頁
その他特記事項
本件は控訴された。