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都立F療育センター公務外認定処分取消請求控訴事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
都立F療育センター公務外認定処分取消請求控訴事件
事件番号
東京高裁 − 平成17年(行コ)第289号
当事者
控訴人 個人1名
被控訴人 地方公務員災害補償基金東京都支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年10月11日
判決決定区分
控訴棄却
事件の概要
 控訴人(第1審原告)は、昭和62年4月から都立療育センターで看護婦として勤務し、重症心身障害者の成人病棟を担当していた女性である。
 控訴人は、昭和63年10月、研究発表会の報告書作成のため深夜勤務の合間に清書や印刷の作業を行ったところ、激しい痛みを膝に感じ、平成元年3月には肝機能障害が見られ、全身エリテマトーデス(本件疾病)と診断され、同年8月末日に退職した。控訴人は本件疾病が公務に起因して発症したものであるとして、平成5年10月に被控訴人(第1審被告)に対し公務災害認定請求をしたところ、被控訴人は平成12年6月20日付けで本件疾病につき公務外災害であると認定した。控訴人はこれを不服として、審査請求、再審査請求を行ったが、いずれも棄却されたため、被控訴人の処分の取消しを求めて提訴した。しかし、第1審でも、本件疾病を公務外であるとして控訴人の請求を棄却したため、控訴人はその取消しを求めて控訴したものである。
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 訴訟費用は、控訴人の負担とする。
判決要旨
 本人の遺伝的素因を基礎としてこれに様々な環境的因子が複雑に絡み合い長年にわたり蓄積し複合的に作用して発症に至るといわれている全身性エリテマトーデスについて、その発症と公務との間の相当因果関係の有無(その発症が公務に内在し又は随伴する危険が現実化したものと評価し得るか否か)は、本人の遺伝的素因が、発症前の一定の期間又は発症直前における過重な公務による身体的負荷及び精神的ストレスが環境的因子として作用した結果、その自然の経過を超えて増悪したことによって発症に至ったと認められるか否かという観点から、他の発症原因となるべき因子の有無等を踏まえて判断すべきものと解される。
 
 全身性エリテマトーデスの発症の原因はいまだ特定されておらず、遺伝的素因は常に発症原因の基礎となっていると考えられるが、様々な環境的因子は複雑に絡み合い長年にわたり蓄積して複合的に作用するとされており、個々の環境的因子がどの程度に発症に影響しているのかも明らかではない。また身体的負荷及び精神的ストレスが環境的因子に含まれるとしても、その影響の機序・度合いは明らかでない上、これらは仕事以外の日常生活にごく普通に存在するものであるから、仕事を原因とする身体的負荷及び精神的ストレスが発症にどの程度の影響を与えたかを明確にすることもできない。本件疾病の発症についても、様々な環境的因子の長年にわたる蓄積と複合的な作用によるものであるのか、あるいは控訴人の公務に伴う身体的負荷及び精神的ストレスをも環境的因子としたものであるのかは必ずしも明らかではなく、控訴人の発症前の看護婦としての勤務歴が約1年半であることも踏まえ、発症前の一定の期間ないし発症の直前における控訴人の公務が、自然の経過を超えて遺伝的素因を増悪させる危険のある特に負荷の重いものであったか否かという観点から、控訴人の公務の態様等を検討すべきである。

 控訴人は、成人の重症心身障害者の看護を行い、昭和63年7月から平成元年3月まで月平均6.8回の深夜勤務及び準夜勤務につき、引き続き日勤勤務を行う場合等には労働時間と労働時間との間が短かった一方で、深夜勤務についてみれば、この間月平均3.6回であって、勤務後の時間が短いまま次の勤務に就いた場合には、翌日が休日とされるか、勤務開始時間が遅い準夜勤務を割り当てられるなど配慮されていた。また、控訴人が長時間の残業をし、又は長時間とはいえないが連日ないし頻繁に残業をしていた事実は認めることができないし、控訴人には毎月9日の休日があり、ほぼ予定通り取得していた。これらの事実に照らせば、控訴人には、公務による身体的負荷及び精神的ストレスを解消するに足りる休息時間が与えられていたと認めることができる。これらの勤務状況に加え、控訴人が他の同僚職員に比して特に負荷の重い公務に従事していたと認めることもできないことや、控訴人の発症前の看護婦としての勤務歴が約1年半と短いことを併せて考慮すれば、控訴人の公務が特に負荷の重いもので、それによって生じた疲労や精神的ストレスが蓄積していたと認めることはできない。
 以上のとおり、本件疾病の発症に関しては、看護婦となる以前に既に長年にわたり様々な環境的因子の作用の蓄積があったものと推認され、看護婦としての勤務開始の前後を含め、他に様々な発症原因となり得る環境的因子の介在が考えられる上、発症前の看護婦としての勤務歴は約1年半と短く、その間の公務も特に負荷の重いものと認めることができない以上、控訴人の遺伝的素因が過重な公務による身体的負荷及び精神的ストレスによって自然の経過を超えて増悪して発症に至ったものと認めるには足りず、したがって、本件疾病の発症は公務に内在し又は随伴する危険が現実化したものと評価することはできないというべきである。本件においては、昭和63年10月ないし12月頃の時点において、控訴人の遺伝的素因が、確たる発症因子がなくてもその自然の経過により本件疾病を発症させる寸前にまで増悪していなかったと推認するには足りず、むしろ控訴人の遺伝的素因が、特定の確たる発症因子がなくてもその自然の経過により本件疾病を発症させる寸前にまで増悪していたと推認する方が事実経過に即しているというべきである。以上によれば、本件疾病と控訴人の公務との間に相当因果関係を認めることはできないから、本件公務外認定処分に所論の違法はない。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法26条、28条、29条
収録文献(出典)
判例時報1955号156頁
その他特記事項
本件は上告された。