判例データベース
S社賃金差別控訴事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- S社賃金差別控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 - 平成15年(ネ)第2100号、東京高裁 - 平成18年(ネ)第4794号
- 当事者
- 控訴人(附帯被控訴人) 株式会社
被控訴人(附帯控訴人) 個人1名 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2007年06月28日
- 判決決定区分
- 原判決変更(上告)
- 事件の概要
- 被控訴人(附帯控訴人・第1審原告)は昭和26年に合併前のS社に採用され、昭和60年1月のS社と控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)の合併後も控訴人に在籍したまま、平成4年5月に定年退職した女性である。
被控訴人は、控訴人が男女差別意思をもって被控訴人に対し賃金差別又は配置・昇進差別を行ったとして不法行為に基づく損害賠償請求を行った。これに対し控訴人は、原告は定型的業務に従事し業務内容の困難度が高くなかったこと、意欲や協調性に欠ける面があったことから昇格させることができなかったもので差別には当たらないと主張したほか、男女間に賃金格差が生じた理由について、女性は一般事務に限定される状況にあったこと、平均勤続年数が短かったことを挙げ、被控訴人の主張を否定した。
第1審では、控訴人においては男女間で同一ランクにおける定期昇給額、同一年齢者における本給額のいずれにおいても著しい格差があり、原告と同一学歴で年齢が数年若い男性との間で、ランク、定期昇給額、本給額において著しい格差があることを認定し、控訴人は被控訴人が女性であることを理由として男性と差別する取扱いをしたものと判断した。
その上で、控訴人に対し、合併時である昭和60年1月以降において差別的取扱いがなければ受けられたであろう賃金の差額として4500万円余の支払いを命じたが、慰謝料の請求については退けた。控訴人はこの判決を不服として控訴したが、他方被控訴人も第1審敗訴部分について附帯控訴した。 - 主文
- 1 控訴人の控訴及び被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
(1)控訴人は、被控訴人に対し、2051万6641円を支払え。
(2)控訴人は、被控訴人に対し、別紙一「裁判所認容額一覧表」の「月例賃金、賞与」の項の表の「平成3年分のうち3月1日以降の分(年金保険料20万円控除後)」欄、「平成4年分のうち5月までの分(年金保険料10万円控除後)」欄の各「差額相当額」欄記載の各金額に対する、対応する「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)控訴人は、被控訴人に対し、別紙一「裁判所認容額一覧表」の「退職金」の項の表のうち、「一時払分」、「年金分」欄の「平成4年分」欄ないし「平成18年分(9月まで)」欄の各「差額相当額」欄記載の各金額に対する、対応する「遅延損害金起算日」欄記載の日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)控訴人は、被控訴人に対し、別紙一「裁判所認容額一覧表」の「退職金」の項の表のうち、「平成18年10月分以降の分」欄の「差額相当額」欄記載の金額379万0500円に対する平成18年10月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(5)控訴人は、被控訴人に対し、別紙一「裁判所認容額一覧表」の「公的年金」の項の表の「年金分」欄の「平成4年分」欄ないし「平成18年分」欄の「差額相当額」欄記載の各金額に対する、対応する「遅延損害起算日」欄の記載の日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(6)控訴人は、被控訴人に対し、別紙一「裁判所認容額一覧表」の「公的年金」の項の表の「年金分」欄の「将来分」の「差額相当額」欄記載の金額69万2367円に対する平成18年10月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(7)控訴人は、被控訴人に対し、470万円に対する平成4年5月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(8)被控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第1、第2審を通じ、これを5分し、その3を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
3 この判決は、主文第1項(1)ないし(7)に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 S社及び控訴人における男女間の賃金に関する格差の有無
合併前のS社において、同一学歴者のランク、同一ランクにおける定期昇給額、同一年齢者における本給額のいずれにおいても、男女間に著しい格差が存在した。
合併後平成4年までの控訴人において、合併前のS社に在籍し、平成12年9月頃も控訴人に在籍した高卒又は中学卒の社員で管理職を除く者の職能等級をみると、男性は極く僅かの例外を除いて、G4からG1までは28歳頃までに年齢に応じて昇格し、S3Bには31歳頃から37歳頃までに昇格し、52歳以上では多くの者がS2以上に昇格し、標準年齢が50歳を超えると、S2あるいはそれに近い程度の資格になっているのに対し、女性は、G3までは年齢に応じて昇格するが、G3からG2への昇格年齢は定まっておらず、S3Bに昇格した1名を除けば、全員がG1以下に留まっており、職務職能定昇評価をみると、上位であるA評価を受ける男性は4分の1程度であるのに対し、女性は数パーセント程度であり、本給額をみると、高卒男性52歳以上の者の平均は40万円以上であるのに対し、女性52歳以上の者の平均は29ないし32万円くらいであることが認められ、職能資格等級、職務職能定昇評価、本給額のいずれにおいても、男女間で著しい格差が存在する。
2 格差の合理的理由の存否、不法行為の成否
被控訴人と同学歴(高卒)・同年齢の男性社員との間で、S社当時著しい格差が存し、合併後も本給額等において著しい格差が存したこと、S社及び控訴人において、合併時の職能等級格付け及び控訴人における職能資格等級やその昇格、定昇評価、これらを反映した本給額において著しい格差が存していたことは前述の通りである。このような場合、被控訴人について、男性社員との間に格差を生じたことにつき合理的な理由が認められない限り、その格差は男女間において存した上記格差と同質のものと推認され、またこの男女間格差を生じたことについて合理的な理由が認められない限り、その格差は性の違いによるものと推認するのが相当である。
被控訴人と同一学歴で、年齢が同じか数年若い男性と比較すると、ランク又は職能資格等級、定期昇級額、ひいては本給額において著しい格差が存在する。ただし上記の認定は、主に統計的な大量観察の手法によるもので、個別的な職務に関する考察を捨象したものであって、以下具体的に上記格差に合理的な理由が存したか否か、不法行為が成立するかなどについて判断する。
(1)昭和52年3月まで
昭和52年3月の時点において、被控訴人は21年間以上という長期間、和文タイプ業務を専門にしてきたこと、当時女性社員は特殊職、補助的・定型的業務に従事する者がほとんどであり、S社においても同様であったと推認されること、その当時の我が国における一般的な状況(賃金に関する男女間の格差の存在、同業他社の賃金状況など)等を総合すると、この期間においてS社の不法行為が成立するものとは認められない。
(2)昭和52年3月以降昭和59年12月(合併の直前)まで
大多数の高卒男性の場合、D2に留まる期間は精々3、4年程度とみられ、そのような男性の格付けとの比較において、約30年間D2のままで昇格することがなかった被控訴人は不利益を受けたものといえる。しかし、被控訴人が担当した国際テレックスの発信、コンピューター端末・パソコンによるデータ伝送などの仕事がタイピストの仕事と本質的な点で相違する仕事とは認められないこと、その頃S社において女性は未だ補助的・定型的業務又は特殊職に従事する者がほとんどであったと推認されること、その当時の我が国における一般的な賃金の状況等を総合すると、この期間についてS社の被控訴人に対する処遇が不法行為に該当するとまでは認められない。
(3)昭和60年1月(合併)以降退職まで
合併に伴い、S社におけるランクから控訴人における職能資格等級に移行するに当たり、D2であった被控訴人はG3に格付けされ、1ランク下のD3の男性全員がG1又はG2に格付けされると逆転され、女性の中でも特に不利益が大きかったと認められ、合併時及びその後の被控訴人に対する格付けに問題があったと推認される。控訴人の女性社員の平均勤続年数が伸び、合併の前後で女性の立場、役割はかなり変化したものと推認されるほか、均等法の制定・施行など国内法の整備に伴い、雇用の分野における男女差別の撤廃の必要性、男女の均等な機会及び待遇の確保を図ることについての意識が、一般企業・国民間において次第に高まっていったことは公知の事実である。
合併に伴い、S社における職能資格制度におけるランク付けを控訴人の職能資格等級に移行する際の取扱いも、何ら合理的な理由なく、男女間で著しい取扱いの相違があったものであり、移行に当たってS社の行った被控訴人の控訴人における職能資格等級G3への格付けをそのまま採用し、その後も昭和61年1月にG2に昇格させたのみでその状態を退職まで維持した控訴人の措置は、労働者が女性であることを理由として、賃金について男性と差別的取扱いをしたものと認められる。これにより被控訴人は、合併前のD2ランクであった男性と同じ職能資格等級G1に格付けされないのみか、S社では1ランク下のD3ランクの男性全員よりも低いG3に格付けされる損害を受けたものであり、S社及び控訴人の行為は故意による不法行為に該当する。
均等法8条は、配置及び昇進に関する男女労働者の均等取扱いを使用者の努力義務としたが、平成11年4月に施行された改正均等法6条は、配置及び昇進に関する男女労働者の平等取扱いを使用者の義務とした。改正前の均等法が配置及び昇進に関する男女労働者の均等取扱いを努力義務に止めたことの背景には、当時、多くの企業で終身雇用制を前提とした配置、昇進等の雇用管理が行われていたと共に、女子労働者の勤続年数が男子労働者に比べて短いという一般的状況が存したことは控訴人の指摘する通りであり、違法性の判断を行うに当たっては、このような社会的状況を考慮すべきではある。しかし、均等法8条が努力義務を定めているのは、「労働者の配置及び昇進について、女子労働者に対して男子労働者と均等な取扱いをする」という法の定めた実現されるべき目標が達成されていなくても、行政上の規制や罰則の対象となるものではなく、民事上もそのことのみで債務不履行や不法行為を構成するものではないが、他方法の趣旨を満たしていない状況にあれば、労働大臣あるいは婦人少年室長が事業者に対し、報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる(同法33条)という行政的措置をとることができるのであり、単なる訓示規定ではなく、実効性のある規定であることは均等法自体が予定しているのである。したがって上記目標を達成するための努力を何ら行わず、均等な取扱いが行われていない実態を積極的に維持すること、あるいは配置及び昇進についての男女差別を更に拡大するような措置をとることは、同条の趣旨に反するものであり、被控訴人主張の不法行為の成否についての違法性判断の基準とすべき雇用関係についての私法秩序には、上記のような同条の趣旨も含まれるというべきである。
控訴人は、職能資格等級の決定基準や昇格評価基準を公表していたものの、実際の運用においては、合併以降少なくとも平成5年まで、男性社員は学歴が高卒の者の場合G1までは年功に重きを置き、標準的な者でS2まで、優秀な者は少なくともM4A以上までの昇格を予定する昇格管理を行う一方、高卒女性社員については、G3までは男性と同じく年功で昇格するが、G2以上への昇格には同学歴男性より長い年限を必要とし、S2以上への昇格を想定しない昇格管理を行っていたとみることができる。このような取扱いは、まさしく、労働者の昇進について、女子労働者に対して男子労働者と均等な取扱いをしないことを積極的に維持していたということができる。
控訴人の企業規模、業種、均等法施行の時点における男女間における不均衡等の程度、社内での制度改正施行までの周知期間の必要性、一般企業・国民間における意識の変化、均等な取扱いをするために障害となる事由があったことの証明がないことなどを総合考慮すれば、均等法が施行されてから1年9ヶ月を経過した昭和63年1月以降、控訴人が男女の差別的取扱いを維持し、被控訴人をG2のままに据え置いた措置は雇用関係の私法秩序に反し違法であり、不法行為が成立すると認めるのが相当である。
平成4年に標準年齢52歳以上の高卒男子(管理職を除く)のうち、入社から一貫して事務職であった13名はいずれもS2以上に格付けされていたことを考慮すると、昭和63年1月以降、前記差別状態を解消するため、被控訴人に対し、少なくともS3A程度までの昇格を目標とする措置を講ずる努力をするべきであったのに、それが行われなかったと認められ、現実的な昇格措置すら行わないままの状態を維持し放置されたことにより被控訴人が損害を受けたことの限度で不法行為と認めるのが相当である。
4 損害
被控訴人は、合併に際しG1に格付けされるべきところG3に格付けされ、昭和63年1月の時点で3年を経過していたのであるから、S3Bに昇格されるべきであり、平成4年1月の時点においてS3Aに昇格されるべきであったのに、そのようにされなかったものとして損害を算定する。そして被控訴人の勤務成績又は勤務態度が他の社員より劣っていたことを認めるに足りる証拠がないことを併せ考えると、被控訴人の職務職能定昇評価は、合併時から退職時まで少なくともBであったと認めるのが相当である。
合併に伴う移行において男女間で著しい取扱いの相違が生じたことについて納得できる理由が見当たらないこと、合併に伴うS社におけるランクから控訴人における職能資格等級への移行という同一の機会に男女間で著しい取扱いの相違があったということは、組織的・意図的にされたものであることは明らかであり、その状態をその後も維持継続したこと、均等法施行後も、同法8条の趣旨を含む雇用関係についての私法秩序を基準として判断して違法な状態を維持継続したこと、これらにより被控訴人が受けた被害感情、不利益感が大きいと思料されることなど、本件記録に顕れた一切の事情を総合考慮した上、財産的損害の賠償によっては償うことのできない精神的苦痛に対する慰謝料の額を200万円と定めるのが相当である。
本訴が提起された平成6年3月8日から遡って3年より前の不法行為による損害賠償は、時効により消滅したから、一旦発生した昭和60年1月から平成3年2月までの賃金の差額相当の損害は、消滅時効の完成・援用により消滅した。したがって、賃金相当額は、平成3年3月1日から平成4年5月31日までの分だけを認容すべきである。消滅時効の問題は、退職金差額相当額の損害金の算定の問題には無関係であるが、公的年金は平均標準報酬月額を基礎として算出するから、平成3年3月分より前の報酬について消滅時効にかかり、消滅時効にかからない部分を前提として、その限度で公的年金差額相当額が認容される。 - 適用法規・条文
- 02:民法709条、07:労働基準法4条、男女雇用機会均等法8条(改正前)
- 収録文献(出典)
- 判例時報1981号101頁、労働判例946号76頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 平成6年(ワ)第4336号 | 一部認容、一部棄却(控訴) | 2003年01月29日 |
東京高裁 - 平成15年(ネ)第2100号、東京高裁 - 平成18年(ネ)第4794号 | 原判決変更(上告) | 2007年06月28日 |
最高裁-平成19年(オ)第1452号・第1453号、平成19年(受)第1682号・第1683号 | 棄却 | 2009年01月22日 |